「市民参加」で協働する持続可能な再エネ事業
竹内 彩乃
Opinion File
無作為の声を政策に活かす「市民参加」の世界的潮流
「デモクラシーR&D」という組織がある。無作為に選ばれた市民の声を、政治や行政の意思決定に取り入れる手法を世界各地で研究、実践している団体の国際ネットワークである。ヨーロッパを中心に、米国、カナダ、ブラジル、ボリビア、オーストラリア、日本を含む十数カ国・地域からの参加を集め、2018年1月にパリで年次総会が開かれた。
その発足当初より、調整会議の一員としてネットワークの運営に携わっているのが、東邦大学理学部生命圏環境科学科専任講師の竹内彩乃さんだ。「無作為抽出の市民」とは何か。竹内さんはこう説明する。
「自治体や事業者が何かを整備したり開発したりする時に、その地域で暮らす住民の声を無視することはできませんよね。説明会を開いて話し合ったり、世論調査のような形で意見を集めたりします。ただ、話し合いの場に参加するのは往々にして声の大きな一部の人で、その人の考えが必ずしも住民の総意であるとは限りません。また、一般的な世論調査の場合も、与えられる情報は少ないですし、誰かと話し合って熟考することもないので表面的な回答になりがちといえます。
そこで、年齢層や性別などの属性に偏りが出ないよう考慮しつつ、市民の母集団から対象となる人を無作為に抽出し、十分な情報を提供したうえで討論を交わしてもらい、そこから多様な意見を引き出して施策に反映させる、という手法が生まれたのです」
こうした無作為抽出法によって選ばれた市民がいわば「社会の縮図」を構成することから「ミニ・パブリックス(mini-publics)」の手法といわれることもある。
これを政策決定に活かす手段にもいくつかあるが、竹内さんが言うように、中立的な情報をもとにじっくりと腰を据えた熟議を踏まえて意見を募る調査法、すなわち「討論型世論調査(Deliberative Polling)」(※1)という市民参加の新しいあり方が、ここ20年ほどで世界的な拡がりを見せているという。
討論型世論調査の考案は1988年、米国スタンフォード大学のフィシュキン教授らによるものとされている。同大学のCenter for Deliberative Democracy(CDD)によれば、1994年に英国で「治安と犯罪」をテーマにこの手法を用いた最初の調査実験が行われて以来、これまでに28カ国で100回以上の実践例が報告されており、導入事例数は年を経るごとに伸びている。
最近、特にこの動きが加速して見える背景には、賛否両論が渦巻く英国のEU離脱問題、いわゆるブレグジット(Brexit)や、政府への庶民の怒りが爆発したフランスの黄色いベスト運動、米国トランプ大統領の誕生に象徴される排外的ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭など、民主主義を混乱させる事態への世界的な危機意識の高まりがあると竹内さんは見る。よりよい民主主義を目指そうとする潮流の現れだ。
「同じように日本でも、00年頃から各地の青年会議所や自治体で、無作為抽出型の市民会議や討論型世論調査の試みが少しずつ実践されてきました。先ほどのデモクラシーR&Dには、日本ミニ・パブリックス研究フォーラム(※2)という団体も参加しています。
特に、環境問題やエネルギー政策といった、人によって意見や考え方が大きく分かれる社会問題に関しては、市民参加の場がもっと必要だと思います。実際、環境・エネルギー問題を中心に議論を活性化させる活動を続けている環境政策対話研究所(※3)という組織もありますし、私自身、そのような活動に参加しているのは、これからの日本が分散型エネルギー社会(※4)を進めていくにあたって、地域の市民参加が絶対に欠かせないと思うからです」
その意味でモデルケースとなり得るのが、前述のスタンフォード大学CDDが96年から99年にかけてテキサス州で行った「エネルギー政策」をテーマとする討論型世論調査である。州内8つの電力会社を主体とする調査の結果、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への住民の関心がきわめて高いことが判明。これを受けて州のエネルギー政策は、風力発電を中心とする100万kW級の再エネプロジェクトへと大きく舵を切り、現在ではテキサス州の風力発電容量は全米最大規模を誇っている。
「テキサス州の成功事例にはもちろん、他の要因も関係していると思いますが、市民参加が引き金の1つとなったことは確かでしょう。再エネの導入拡大は日本にとっても、これからの大きな課題です。でも、ふだん私たちが地域の中でエネルギーについて考える機会はあまりありません。そこにこうした手法を取り入れ、地域の総意が明らかになれば、方向性を見出しやすくなると思うのです。研究者、研究機関としてそれにどう関わり、どのような役割を果たしていけるかということを今、私は考えています」
持続可能な事業の先にある地域への還元・貢献
再エネに関する事業は、地域のニーズと課題を十分に把握して全体像を構築すれば、その地域により多くを還元することができる。それには事業者だけではなく、研究者だからできることもあるはずだ――。竹内さんがそう考えるようになったのは、バイオマス発電(※5)や風力発電などを手掛けるドイツのエンジニアリング会社で約2年半、プロジェクトマネージャーとして働いた経験が大きく影響しているという。
11年3月、大学院で博士論文を執筆中だった竹内さんは、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を目の当たりにして、二者択一の進路選択を迫られることになる。社会的課題を実地に調査し、解決法を探る社会工学という学問を修めた身として、東北復興に直接的に関与する道へ進むか。あるいは、前年まで留学生として学んでいたドイツに戻り、環境・エネルギー政策の先進国で日本の将来に役立つ経験を積むか。
「悩んだ末に選んだのは、後者です。社会工学の中でも環境政策や環境行動に関する分野を専門としていましたので、その先進事例に学びたいという気持ちもありました」
最初は省エネ住宅などの環境コンサルタントを経験し、そこでの接点からエンジニアリング会社への転身が決まる。それはドイツで初めて洋上風力発電の認可を取得した実績のある企業で、固定価格買取制度(FIT、※6)の導入で活気づく日本市場で新たな再エネ事業を進めるにあたり、地元関係者や行政との調整役を担える専門人材を求めていた。
「私が主に担当したのは大規模なバイオマス発電事業です。港湾エリアを拠点に最初は輸入材を使って事業を興し、軌道に乗ったら日本材に切り替えて、地域の林業活性化に貢献するという構想でした」
行政と市民の協働をテーマに博士論文を書いた竹内さんにとっても、絶好の機会。だが、ビジネスの現実は厳しかった。当初から地域との連携、地域資源の活用を主張する竹内さんに対し、エンジニアリング会社の社長費用対効果と設備効率を優先して譲らない。対立の溝はなかなか埋まらなかった。
「考えてみれば、事業者が効率性を重視するのは当然のことですが、その当時はそれだけのように見えてしまったのです。社長の本当の意図に気づいたのはずっと後。日本とドイツを往復する生活が2年も続いた頃でした。発電所の効率というのは、発電設備のレイアウトや電子機器の仕様といった要素の1つひとつによって左右されます。そこを疎かにすればコストに跳ね返るし、利益が上がらなければ地域への還元も絵空事に終わります。その事業が持続可能に発展していくことが、地域の活性化や環境保全につながるのだということがようやく理解できました」
地域への還元は重要だ。しかし、それだけに目を奪われては事業が回らないし、採算性だけでも地元はついてこない。長期的かつトータルな視点から、その地域に最も適したものを設計する姿勢を教えられたと、竹内さんは言う。そこに中立的に介在する、社会の現場を知る研究者の役割もまた大きいと。
再エネ事業の成否を分ける早期のコミュニケーション
ドイツでの経験をさらに日本での実践に活かすべく、竹内さんが次に足を踏み入れたテーマが「洋上風力発電事業と地域の共発展」だ。現場は新潟県村上市。課題は地元漁業者をはじめとする、多様なステークホルダーの利害の調整。竹内さんの立場は、名古屋大学大学院環境学研究科の研究者である。
「事業計画が動きだす前の初期段階から、『漁業協調』を前提に、洋上風力発電事業と漁業の発展を一体に進めていけるスキームをどう組み立てるかという研究です。事業者と漁業者、行政、研究機関による協議の場を立ち上げましたが、関係者はそれだけではありません。汽船会社や観光業、温泉組合の方々なども巻き込む必要がありました」
洋上風力の発電設備は沖合に建設するため、漁場や海洋生態系への影響を心配する声は当然ある。観光フェリーの航路や安全性への配慮も必要だ。その一方で、洋上風車の基礎部分などを利用した人工魚礁や養殖施設の設置など、洋上風力がもたらすメリットも少なくない。海上に映える風車が新たな観光資源となる可能性もあり、企業誘致による雇用の創出、地域経済への波及効果も期待できる。
そうした種々の利害、立場の違いをどう調整するか。竹内さんは次のポイントを挙げる。
「大切なのは早期のコミュニケーションです。例えば、発電設備の設置場所を決めてしまってから調整したのでは、難航する可能性が増えるかもしれません。事業者と自然保護団体のように相反する関係に見える場合でも、具体的な事案で対立する前に、再エネで持続可能な発展を目指すというような共通のビジョンを持って話を進めることが大切です。
もう1つ、調整役として国や自治体が積極的な役割を果たすことも重要でしょう」
その意味で、関係者による早期の合意形成を目的として風力発電などの立地候補を選定する「ゾーニング(適地抽出)」(※7)や、事業実施に至るまでの意思形成過程で行う「戦略的環境アセスメント(SEA)」(※8)といった、欧米で先行する政策の導入にも期待がかかる。いずれも環境省がすでにガイドラインを発表しているが、定着させるのはこれからだ。
社会連携で次代をつくる実践主義の教育研究
「商店街の今昔を比較 東邦大生 写真アプリを開発へ」。今年2月、大学キャンパスのある千葉県船橋市の地元紙に、竹内さんの教え子らの活動が紹介された。地元の歴史を後世に伝えるため、住民が持つ写真をデジタル化して取材記事とともに記録に残す。竹内さんが学生と立ち上げた環境団体「東邦エコリューション」の活動の一環だ。学内での古紙回収運動や、地元企業と連携する環境マネジメント事業なども成果を上げる。
「研究もそうですが、教育も実社会との連携がとても大切。そうした仕組みをつくって、これまでの知識や知恵や人の輪を、学生たちにつなげていきたいですね」
再エネの未来を拓くため、その現場に深く関わり、市民とともに活動する研究者でありたい。竹内さんのその姿を見て、次の世代も動き始めている。
取材・文/松岡 一郎(エスクリプト) 写真/竹見 脩吾
KEYWORD
- ※1討論型世論調査(Deliberative Polling)
日本では2012年の夏、当時の民主党政権が行った「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」が知られている。政府による「革新的エネルギー・環境戦略」の参考とされた。 - ※2日本ミニ・パブリックス研究フォーラム
無作為抽出された市民(ミニ・パブリックス)の可能性を引き出すための理論と実践について総合的に研究し、その手法を日本社会に広めることを目的に2015年12月に発足。 - ※3環境政策対話研究所
環境・エネルギー問題に関する議論・対話の場の創出、調査・研究、人材育成などの活動を通じて持続可能な社会の実現に取り組む一般社団法人。2015年7月設立。 - ※4分散型エネルギー
従来の大規模・集中型エネルギーに加え、再生可能エネルギーやコージェネレーションなど、各地に分散する比較的小さな発電設備や熱源機器を組み合わせて活用することで、エネルギー供給のリスク分散や温室効果ガス削減を図る。 - ※5バイオマス発電
動植物などから生まれた生物資源を燃料とする発電方式。林地残材やもみがらなどの未利用資源、下水汚泥や食品廃棄物、家畜排せつ物などの廃棄物系資源など、資源の種類は様々。 - ※6固定価格買取制度(FIT)
再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度。電力会社が買い取る費用の一部を電気の利用者から賦課金として徴収する。 - ※7ゾーニング(敵地抽出)
環境省は2017年7月、「風力発電に係る地域主導による適地抽出手法に関するガイド~地方公共団体による適地抽出のための合意形成と環境調査~」を公表した。ゾーニングの本来の意味は、都市計画などで空間を用途別に分けて配置すること。 - ※8戦略的環境アセスメント(SEA)
Strategic Environmental Assessment。個別の事業実施に先立つ戦略的な意思決定段階において、政策、計画、プログラムの3つを対象とする環境アセスメント。2017年4月に環境省が「戦略的環境アセスメント導入ガイドライン」を策定。
PROFILE
竹内 彩乃
東邦大学理学部環境ビジネス研究室講師
たけうち・あやの
東邦大学理学部生命圏環境科学科環境ビジネス研究室専任講師。2007年、早稲田大学理工学部環境資源工学科卒業。2012年、東京工業大学大学院総合理工学研究科環境理工学創造専攻博士後期課程修了。独PNパワープランツ社プロジェクトマネージャー、名古屋大学大学院環境学研究科特任助教などを経て、2016年4月より現職。専門は再生可能エネルギー、地域協働。「港湾整備における環境補償の現状と課題 ドイツ・ブレーマーハーフェンを事例に」で第12回環境情報科学ポスターセッション学術委員長賞受賞(2015年)。