限界への飽くなき挑戦から車椅子の未来は生まれる
石井 勝之

Opinion File

左側が子ども向けの競技用車椅子「WeeGo」。大人用の車椅子に比べてひと回り小さい車体は軽量で、子どもでも自由に操れる。

122個のメダルを支えた車椅子メーカー

世界中のパラアスリートが信頼を寄せる車椅子メーカーが千葉県にある。株式会社オーエックスエンジニアリングだ。車椅子テニスのレジェンド国枝慎吾選手、車椅子バスケットボールの新星古澤拓也選手、東京マラソン2019車いす男子優勝のマルセル・フグ選手など、超一流のプレイヤーを支えてきた、その強さの秘訣はどこにあるのだろう。
「私たちの一番の強みは、フィッティング力です。選手一人ひとりの細やかなニーズに応えるため、ミリ単位の精度で調整を繰り返します。その技術と情熱は誰にも負けません」
そう言って胸を張るのは同社の石井勝之社長だ。競技用車椅子には、十分なスピードを出すための「軽さ」と、激しいプレイに耐える「強さ」が求められる。その両立だけでも至難の業だが、選手一人ひとりに合わせてのフィッティングが肝となるという。
「選手の体格、障害の程度、プレイスタイルなどあらゆる条件を考慮し、選手と対話を重ねながらベストを追求していきます。これを限られた納期内で実現しなければなりません」
これは、確かな技術と経験に裏打ちされた「職人の勘」があってこそなせる業。乗り手の声に真摯に耳を傾ける姿勢は、選手用だけでなく、一般ユーザー向けの車椅子づくりにおいても同様だ。何をしている時に不便さを感じるのか。どんな間取りの家に住んでいるのか。自動車は運転するのか。一人ひとりの暮らしを想像しながら、車椅子を構成する各パーツ(モジュラー)の中から最適なものを選び出し、セミオーダーで1台1台を形にする。
「この製造方式を『モジュラー式』と呼んでいます。これを採用したことによって注文から3週間という短期間での納品が可能になりました。これも弊社の強みの1つです」
車椅子づくりのトップランナーとしての地位を確立している同社だが、今日までの道のりは決して平坦ではなかった。創業は1976年。オートバイのアフターパーツ(改造用の部品)を販売・製造するショップとして産声をあげると、取り扱う部品の性能の良さから瞬く間に人気店となった。転機が訪れたのは84年。前社長である石井重行さんがオートバイの試乗中の事故で脊椎を損傷したことだ。
「車椅子で生活をするようになった父は、乗りたい車椅子が見つからず愕然としました。格好いいバイクが好きな父は、巷の車椅子のデザインに満足できなかった。“それなら自分でつくってしまおう”と思ったことが、車椅子を製造するようになったきっかけです」
個人的なプロジェクトとして始まった車椅子づくりだったが、ドイツ・ケルンのオートバイの展示会で、現地の記者に車椅子を賞賛されたことから事業化を決意。一般販売目指して本格的な開発に乗り出した。
重行さんが車椅子の開発にのめり込むのを、中学生の石井さんが手伝ったこともあった。また既存のパーツメーカーの部品では仕様を満たすことがなかなかできず、満足のいく車椅子をつくることができなかったという。そんな逆風の中、オーエックスエンジニアングの独自性は磨かれていく。
「バイク事業で培った知見を活かして、ほとんどのパーツを自社開発に切り替えました。これこそが従来品とは一線を画す乗り心地とデザイン性につながったのだと思います」
92年には念願だった一般販売を開始。さらに93年、重行さんはオーエックスエンジニアリングの行く末を決定づける決断に踏み切る。パラリンピック(※1)への参入だ。
「父には革新的な車椅子をつくっているという手応えがありました。あとはそれをどう広めるか。悩んだ末に辿りついたのが、パラリンピックへの参加で注目を集めて、ブランドを構築する戦略でした」
これは自動車メーカーがF1に参加するようなもの。モーターサイクルレースに携わってきた重行さんらしい発想だ。本気だったのは重行さんだけではない。石井さんはじめ社員一同「やるからには金メダルを」と技術者魂に火がついた。93年にテニス用とバスケットボール用の車椅子、95年には陸上用のレース車を開発。さらにアトランタでのメダルが有望視されていた車椅子短距離ランナー、畝康弘選手を社員として招き、彼からの意見を糧に改良を重ねた。
「この努力が実を結んだのがアトランタパラリンピックです。弊社の車椅子に乗った畝選手と荒井のり子選手が金メダルを獲りました。それからはリオ大会まで、すべてのパラリンピックに弊社の車椅子を使用した選手が参加。これまでに弊社の車椅子に乗った選手がパラリンピックで獲得したメダルの数は122個にのぼります」

限界に挑戦することで磨かれた技術力

94年から開発がスタートしたレース用車椅子「GPX」シリーズの最新モデル。
競技用の車椅子は1台1台、熟練の職人の手作業によるフルオーダー。

2020年に開催される東京パラリンピックでも、同社の車椅子に乗った選手の活躍が期待されている。現在、積極的に推し進めているのが新素材への移行だ。ロンドン大会以降は、レース用車椅子のメインフレームを金属よりも軽くて強度のあるCFRP(※2)へと置き換えたほか、テニス用車椅子のフレームもアルミニウムから、より軽量なマグネシウムへと転換する。
「マグネシウムの重さは、アルミニウムの3分の2程度。コンマ1秒を争う世界では、この差は大きい。弊社の車椅子に乗る選手にとって、大きなアドバンテージになるはずです」
一方で、バスケットボールのように選手同士の接触が当たり前の競技では、安定性を増すためにある程度の車体重量が求められる。車椅子の重さに対する選手一人ひとりのフィーリングも異なる。だからこそ選手の声に耳を傾けながらの細やかな微調整が続けられる。
ほかにも同社では、陸上レースで車椅子を漕ぐ際に使う、滑り止めのゴムが付いた特殊なグローブも手がける。グローブの形は、選手それぞれのフォームに合ったものを自ら成形するのが一般的だ。しかし中には、自分に合う形にグローブを成形できない選手もいるという。
「一度グローブが壊れてしまうと同じものがつくれないため、フォームが崩れる原因にもなりかねません。こうした問題を解決するために3Dプリンターを用いて、グローブをオーダーメイドする試みをスタートしました」
さらに東京都とタッグを組んで、東京パラリンピックから正式種目に採用されるバドミントン用の車椅子の開発もスタート。前後に激しく動くバドミントンにおいては、初動の動き出しやブレーキングも、車体の重さに大きく左右される。他の競技に比べても車体の軽量化が肝になるが、これまでは専用の車椅子を開発するメーカーが存在しなかった。そこでテニス用の車椅子の開発でノウハウがあるオーエックスエンジニアリングが手を挙げた。
「世界ランキング・トップクラスの山崎悠麻選手らのフィードバックを受けながら、開発を進めています。現行モデルは、弊社の他の競技用の車椅子に比べるとまだまだ重い。20年までには車体重量を30%以上軽量化するのが目標です。軽量素材への置き換えを進めていけば、決して不可能な数字ではありません」
最新の技術とコストを惜しげもなく投入してつくられる同社の競技用車椅子だが、1台当たりの価格は驚くほどに安い。パラリンピック用の最高級モデルであっても数十万円程度。国内他メーカーの同クラスのモデルが数百万円することを思うと破格といっていいだろう。これはパラスポーツの裾野を広げることにつながるという思いからだという。
「弊社が手がけた35万円の車椅子に乗った国枝選手が、3,500万円の車椅子に乗った選手を破った際には大きな話題にもなった。要望があれば選手が乗ったのと同じモデルを、一般のユーザーが購入することもできる。それも価格を抑えている理由の1つですね」
ただし、製造までに莫大なコストのかかる高品質なモデルを低価格で販売しているのだから、当然ながら利益は薄い。それでもパラリンピックへ挑み続けるのは、なぜなのか。
「何よりも、自分たちの技術が世界にどこまで通用するのかを試すためです。トップアスリートとともに限界へとチャレンジする中で磨いた技術力は、一般ユーザー向けの車椅子づくりにも確実に活かせます。徹底的に機能性を追求し、無駄を削ぎ落としてきたことで、デザインもスタイリッシュになりました」

車椅子をファッションにまで高めたい

石井さんはパラリンピックへの意気込みを力強く語る一方で、「今後はもっとカジュアルにスポーツを楽しみたい人のためにも、車椅子をつくっていく必要がある」とのビジョンを示す。その背景にはパラスポーツの競技人口が減っているという現実への危機感がある。
「パラスポーツの裾野を広げるのも、私たちの大切な役割。スポーツを楽しみたいと思った時に、誰もが気軽に乗れる高性能な車椅子が求められます」
そうした取り組みを象徴するのが、3~15歳向けの競技用車椅子「WeeGo(ウィーゴー)」だ。最大の特徴は、バンパーの付け替えなど簡易なカスタマイズで、複数の競技に対応できること。子どもたちに、様々なスポーツに関心を持ってもらうための工夫だ。また従来の子ども用車椅子は、パーツが小さくなる分、加工の難易度が上がることから高額になりがちだったが、WeeGoは15万円を切るリーズナブルな価格に抑えこんだ。
「フレームなどの素材には、パラリンピック用モデルと変わらない上質なものを使用しています。正直に言えば、売れても利益はトントンといったところです。けれども車椅子の値段を理由に、子どもたちからスポーツをする機会を奪うわけにはいきませんから」
売り上げは好調で、予想を大きく上回るペースで販売数が伸びているという。車体のカラーを選べることも人気の秘密だ。仙台市では選手全員がWeeGoに乗った、“カラフルズ”というジュニアテニスのチームも結成された。
消費者の隠れたニーズを掘り起こし、先進的な製品を開発していく姿勢は、スポーツ分野以外でも一貫している。歩けなくなった犬をサポートするウィルモグ、砂浜などでも走行できる太いタイヤを持った車椅子など、ユニークな製品づくりに取り組んできた。
「新しい市場を開拓することは、私たちの使命の1つ。他社が思いつかないものを次々に形にしていけば〝オーエックスエンジニアリング=常に新しいものに挑戦し続ける?というブランドイメージの構築にもつながります」
父から受け継いだフロンティアスピリットを胸に、車椅子づくりの先駆として活躍してきた石井さん。最後に、車椅子を取り巻く未来がどうなっているのか尋ねてみた。
「健常者の方でも乗ってみたいと思えるくらいスタイリッシュな車椅子をつくりたい。車椅子がまるでファッションアイテムの1つであるかのように、ポジティブで明るいイメージを持った乗り物になっていったら最高ですね」

取材・文/立古 和智(フリッジ) 写真/竹見 脩吾

「まるでテーラーメイドのスーツのように、一人ひとりの身体にぴったりとフィットする車椅子が理想」と語る石井さん。

KEYWORD

  1. ※1パラリンピック
    障がいのあるアスリートが参加する、4年に一度のスポーツの祭典。オリンピックの終了後に同じ都市で開催される。2020年の東京大会では、新たにテコンドーとバドミントンを加えた22競技が実施される。
  2. ※2CFRP
    Carbon Fiber Reinforced Plastics(炭素繊維強化プラスチック)の略。プラスチックを炭素繊維で強化した素材。鉄やアルミなどと同程度の強度と剛性を持ちながら、はるかに軽量。様々な分野での利用が進んでいる。

PROFILE

石井 勝之
株式会社オーエックスエンジニアリング
代表取締役社長

いしい・かつゆき
株式会社オーエックスエンジニアリング代表取締役社長。
1980年、千葉県生まれ。2002年にオーエックスエンジニアリングへ入社。国内直営店舗で車椅子販売などを担当する。2012年にオーエックスエンジニアリング取締役に就任。2013年1月、父、石井重行さんの後を継ぎ代表取締役社長に就任。同社は競技用車椅子メーカーの草分け的存在であり、車椅子テニスでグランドスラムを達成した国枝慎吾選手など、多くのアスリートの活躍を支えてきた。2015年には内閣府「平成27年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰」で「内閣総理大臣表彰」を受賞するなど、その取り組みが高く評価されている。