持続可能な社会へのエネルギー新戦略
渡部 肇史×宮家 邦彦

Global Vision

J-POWER社長

渡部 肇史

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

宮家 邦彦

「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」――70年代に経験した石油危機の衝撃が外交や国際情勢の分析に辣腕を振るう戦略家の考察の原点になっているという。
さて今、エネルギー問題から見えてくるサステナビリティの俯瞰図とは……。

不安定さを増す世界で日本のエネルギー事情は?

渡部 古い話で恐縮ですが、私が入社した1977年当時の、この会社の総裁は両角良彦(もろずみよしひこ)でした。両角総裁は、通商産業省事務次官を務めた経歴もお持ちなのですが、のちに日本のエネルギー問題の本質について「離れたくても 離れられない中東の石油とどう向き合うか」という言葉を残しています。オイルショックを契機にその後のわが国は脱石油、脱中東依存への舵切りを余儀なくされ、電力業界もガス火力や石炭火力、原子力、再生可能エネルギーへのシフトなど、八方手を尽くして電源多様化に努めてきました。中東問題に精通する宮家さんからご覧になって、今日、かつてのような危機感は薄れたとお考えでしょうか。
宮家 1973年と79年の石油危機で原油価格が高騰し、その煽りで市井のトイレットペーパーの在庫までが底をつくという経済パニックに日本国民は晒されました。あんな経験は2度としたくないと誰もが思うでしょうが、エネルギー自給率が8%程度しかなく、微妙な需給バランスの上に成り立っているこの国では、エネルギー問題は常に国家存亡の危機を内に秘めていると知るべきです。ご質問の中東情勢について言えば、産油国側の影響力が相対的に低下する中で、地政学の観点からは今後状況はむしろ悪化していくだろうと私は見ています。
渡部 経済産業省のデータでは、一次エネルギーの国内供給に占める石油の割合は、73年に約75%あったのが近年は40%前後を推移しています。だいぶ減らしたとはいえ、まだ4割を占める基幹エネルギーであることに変わりはなく、しかも石油輸入量のほぼ9割が中東依存ですから「離れたくても離れられない」間柄は相変わらずです。
宮家 おっしゃる通りですね。日本が頼れる石油供給地は中東しかなく、それも中国や東アジア諸国との競合が避けられません。ヨーロッパには北海油田や北アフリカという供給地があり、北米の産油国はいざとなれば南米から調達することができるのに比べ、日本はシーレーン確保などの問題も含めて、資源調達の生命線がどうしても脆弱なのです。
渡部 中東の不安定要因と言いますと、具体的には……。
宮家 一番は湾岸地域における政治的パワーバランスの変化。70年頃までペルシャ湾、アラビア湾は英国が覇権を握っていました。その撤退後の間隙を突いてイランが湾岸の警察官となりましたが、イラン革命後はソ連のアフガニスタン侵攻、イラン・イラク戦争、湾岸戦争など混乱が続きました。その後も中東地域ではイラク戦争勃発、「イスラム国」樹立など、さらに不安定さを増しました。そんな矢先にトランプ政権が誕生して、米国は中東から手を引くとか引かないとか言い出すものだから、先行き不透明になるばかりです。
渡部 ただ、国際情勢がそうとわかってもなお、忍び寄る危機を肌身に感じにくいのが今の世の中なのでしょうか。
宮家 もっとわが身に引き寄せて言うと、いざ災害が発生して停電と断水が起きたら、途端に日常生活が困窮しますね。日本に石油やガスが入ってこなくなる事態がまさにそれで、災害時なら誰かの助けを期待できても、エネルギーが途絶えたら誰も助けてくれません。しかも路頭に迷うのは国民自身ですから、これを国難と呼ばずして何と呼べばよいのか。
渡部 喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざがありますが、1世代や2世代で消えてしまっては困る記憶もあるのですね。
宮家 文豪マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言ったそうです。私の場合、考察の原点は70年代の2度の石油危機体験にあると言っても過言ではありません。

国全体の安全保障にエネルギーを位置づける

渡部 私は時折、IR活動で海外の投資家に会う機会がありまして、戦後日本の電力不足を克服するため、当社が大規模水力の電源開発を行う国策会社として設立された経緯から話します。その後、国内の石炭産業を支えるために石炭火力に挑戦し、その持ち味が、やがて石油危機後の電源多様化において強みとなったことや、石油と違って石炭は近場に供給地があり、調達価格も低く安定していることから、日本の「エネルギー安全保障」の面でも大いに貢献していると思うと、彼らに説明します。
宮家 事実その通りで、国家安全保障とエネルギー問題は表裏一体の関係にあります。ただし、1つだけ注文をつけさせていただくと、昨今、食料安全保障とかエネルギー安全保障、人間の安全保障などと、安全保障の前に枕をつけて呼ぶことが多いのですが、私に言わせれば安全保障はただ1つ、国の、国民の安全保障しかありません。エネルギー安全保障として独り歩きさせずに、国全体の安全保障の中でエネルギー問題をどう位置づけるかに帰着するのが本筋でしょう。
渡部 お説ごもっともです。安全保障とは本来そういうことですね。
宮家 平たく言えば、エネルギーをきちんと確保できないような国は国際社会で一人前と見なされないし、そもそも自国民の暮らしを豊かにできるはずもありません。安全保障の観点に立てば、エネルギー資源は常に戦略物資ですから、その確保や運用にあたる官庁も企業も、むろん電力会社も含めて、本来的な意味で「国策」を担う存在であるわけです。
渡部 そういう心構えは我々もずっと持ち続けています。J-POWER設立から60有余年、2004年の完全民営化以降も変わることなく。
宮家 国の安全保障に資するエネルギー産業を担っているという自負心――それを私が強く感じたのは、昨年1月、広島県の大崎上島に出向いて大崎クールジェンを見学した時です。あれはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業として、御社と中国電力株式会社が共同で「石炭ガス化技術」の実証試験に取り組んでおられるのでしたね。
渡部 はい。大崎クールジェンのプロジェクトは、当社で長く研究開発を重ねてきた「酸素吹石炭ガス化技術」がベースにあります。現在、その実用化に向けて第1段階(※1)として取り組んでいる石炭ガス化複合発電(IGCC)は、石炭に由来する可燃性ガスの燃焼と、その排熱を利用し、効率的な発電を実現するシステムです。さらには、第2段階(※2)として排出されるCO2を分離・回収する技術や、第3段階(※3)としてIGCCに燃料電池を組み合わせた石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)にも挑みます。
宮家 あのプラントを一目見て、これは近々すごいことが起きると直感しました。首尾よく実用化にこぎ着ければ、「日本の安全保障にまた1つ柱ができる」と期待させるに十分なチャレンジだと思います。

NEDO の助成事業としてJ-POWER が中国電力株式会社と共同で進める大崎クールジェンプロジェクト。

IGCC の実用化に向けた実証試験が続く。見学した宮家氏はエンジニアたちの矜持に感心したという。

石炭火力の枠を超えた究極的な技術革新へ

渡部 ありがとうございます。我々のこうした実践は、石炭の高度な活用により効率的かつクリーンに使うための究極的な技術革新につながるものです。エネルギー利用の高効率化を図るとともに、石炭由来のガスをCO2分離・回収設備に通して大幅な低炭素化を達成する。さらにCO2分離・回収の過程で水素ガスを取り出し、燃料電池による発電まで併せて行う。そういうものにすぐ手が届くところまで来ています。
宮家 こうなってくると既存の石炭火力発電の枠に収まり切らないものとして、新しい評価基準が必要になるかもしれませんね。
渡部 ちょうど今夏、国のエネルギー基本計画が見直され、2030年に向けて「再生可能エネルギーの主力電源化」と「効率的な火力発電の有効利用」が新たに盛り込まれました。さらに50年に向けては「より高度な3E+S」、すなわちエネルギーの安定供給(Energy Security)/経済性(Economic Efficiency)/環境保全(Environment Conservation)/安全性(Safety)の4要素と「非効率石炭火力のフェードアウト」がうたわれています。我々の立場にすれば、石炭エネルギー利用の高効率化を目指すことは国のエネルギー政策に合致すると同時に、生き残りをかけた真剣勝負でもあると認識を新たにしたところです。
宮家 基本計画をどれだけ杓子定規に読むべきかには議論の余地があります。例えば、エネルギー政策の視点を示す「3E+S」は、現場からみれば、それなくしては事業が成立しない自明の理かもしれません。ただ、この先さらに人口減少が進んだり、想定外の自然災害の頻発に備えてリスク管理に努め、資源自給率やエネルギー自給率を高める必要があることは頭に入れておいた方がよいでしょう。
渡部 まさしく電力会社にも降りかかってくる喫緊(きっきん)の検討課題であり、同時に今後長期にわたって対応策を練っていかねばならないテーマです。
宮家 電源構成を考える上で、エネルギーは国益を最大化するための一手段であることを忘れてはなりません。国際情勢の変動に起因する不測の事態をなくすために、特定の電源や資源供給地への依存過多を避けるべきなのは先刻申し上げた通りですし、基盤が整わない電源への過度な期待も慎むべきでしょう。石炭火力発電の現場での血の滲むような努力の積み重ねを見るにつけ、将来にわたって石炭は使われ続けると私は思います。
渡部 国益に関連して、電気事業者としての実感を述べさせていただくなら、日本中のどんな発電所も国のエネルギー政策に貢献していないところはありません。それぞれの持ち場で誇りを胸に抱きながら、需要家に電力を届け続けようと日々努力しています。
宮家 私が大崎クールジェンで出会ったエンジニアの皆さんは、確かにそういう矜持(きょうじ)を持っておられました。先々どんなエネルギーの地平を切り開いていってくれるか、とても楽しみです。

エネルギー分野における持続可能社会への挑戦

渡部 宮家さんがそれほどまでに大崎クールジェンを認めてくださるのは身に余る光栄です。J-POWERは水力と石炭火力に加えて風力、地熱など多様な電源を開発・運用し、送変電のネットワークを全国に展開しています。また会社の成り立ちから、地域電力各社と連携しながら全体として最も望ましい電源構成の実現に寄与していく責務があると考えています。いわゆる資源や電源の「ベストミックス」は、国の安全保障の前提であり、持続可能社会のために不可欠な条件ではないでしょうか。
宮家 そうした見方もできようかと思います。純然たる国策会社という出自を持つ御社の場合、他の10電力とは異なる成長・発展過程をたどる中で、国の電気事業を隅々まで見通す視野なり、一歩引いた目で業界全体を俯瞰する視点なりが身についたとしても不思議はありません。例えて言うならサッカーのゴールキーパーのような視野と視点を持つからこそ、システムの不備を発見したり、足りない部分を補ったりすることに大変機敏であるという、サステナビリティにとって死活的に重要な資質が、会社の中に蓄えられたのではないかと推察します。
渡部 勇気がふつふつと湧き出てくる、本当にありがたいご指摘です。当社は企業理念として「人々の求めるエネルギーを不断に提供し、日本と世界の持続可能な発展に貢献する」を掲げております。その使命を粛々と果たしていくためにも、昨今話題に上ることの多い「SDGs(持続可能な開発目標)」について、何かしらご示唆を頂戴できればと思うのですが。
宮家 15年の国連サミットで加盟各国が今後15年間で達成しようと掲げた目標のことですが、実はSDGsに盛られた中身も、各国・各企業で受け止めが異なって然るべき行動指針のようなものですから、国情や企業の置かれた状況に応じてサステナビリティに配慮する以外にないのではないかと思います。
渡部 具体的に17の目標と169のターゲットが書かれていて、エネルギー関連では省エネ・再エネ、気候変動対応、循環型社会などが目に留まります。それらの目標については諸手を挙げて賛同しますが、よくよく考えてみると、エネルギーの開発や安定供給を通じて我々の本業そのものがSDGsを目指しているとも言えます。
宮家 繰り返しになりますが、御社の手がける事業はあまねく国益に、人々の利益にかなっていますし、国の安全保障に直結する重要な仕事であることに疑いの余地はありません。その誇りを胸に、社員の皆さんは日々精進されたらいいと思います。
渡部 そのお言葉が何よりの励みになります。本日はありがとうございました。
宮家 こちらこそ、ありがとうございました。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1第1段階
    石炭ガス化ガスの燃焼でガスタービンとその排熱による蒸気タービンの2つを組み合わせた石炭ガス化複合発電。実証試験を2016年度から実施。
  2. ※2第2段階
    排出されるCO2を分離・回収する技術。IGCCと組み合わせた実証試験を2019年度から実施予定。
  3. ※3第3段階
    IGCCに燃料電池を組み込んだ石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)。NEDOの公募に向け準備中。国の次世代火力発電に係る技術ロードマップでは2025年度頃に技術確立予定。

PROFILE

宮家 邦彦(みやけ・くにひこ)

1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。中近東1課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、2005年退職。第1次安倍内閣で総理公邸連絡調査官を務める。近著に『「力の大真空」が世界史を変える』(PHP研究所)、『トランプ大統領とダークサイドの逆襲』(時事通信社)、『ハイブリッド外交官の仕事術』(PHP文庫)など。