地元産素材を活用して安全と環境に配慮した商品を
木村 尚子

Opinion File

「親子の時間をぜひ楽しんでほしい」と語る木村さん。

藍染の色に魅せられて描画材開発がスタート

仕事上の着想、特にまだ世の中にない、まったく新しいものを生み出す創造的なアイデアは、どのようにして生まれるのだろうか。
子ども向けの文具として異例のヒット商品である「おやさいクレヨン」をプロデュースし、ユニークなものづくりに取り組んでいるmizuiro株式会社の代表木村尚子さん。彼女の場合は、たまたま見に行った藍染の展示会がきっかけだった。
「藍色の美しさに目を見張りました。デザイン関係の仕事をしていたので、パソコン上で色を操作したり、色味のチェックをしたりすることが多かったせいか、目に迫ってくる『生の色』には、衝撃を受けました。そして、こんな色のインクができないかな、もしできたら、地元青森の藍染をアピールする特産品になるかもしれない……と想像が膨らみました」
最初は、開発の方法も資金調達もまったくわからない状態からのスタート。それでも、木村さんがふと思いついたアイデアは、多くの人々を引き寄せ、少しずつ形を成していった。
まずは地元の産業を支援する県の担当者や様々な支援団体のアドバイスをもとに、新規事業の計画を練り上げた。「青森県の産物(廃棄される野菜くず)を利用した描画材の開発」である。次に、県の緊急雇用助成金を申請。審査を無事に通過し、従業員を2人雇用することとなった。その2人との出会いが、さらに事業を推し進めたという。
「1人は、大手メーカーの営業の経験者でした。商品開発にはまったく素人の私にとって、大変頼りになる、ありがたい存在でした。もう1人は、福島から移住してきた男性です。私たち3人に共通していたのは、子どもがいることでした」
子どもには、できるだけ安全なものを与えたい――。そんな親としての思いを、青森県産の新しい素材の描画材、文具開発というキーワードで考えた結果、「地元の素材を活用した、口に入っても安全な食べ物由来のクレヨン」という案が浮かび上がった。
「私自身、子どもが小さい頃、仕事と子育ての両立に悩み、ワーク・ライフ・バランスを整えたいという思いで独立しました。お絵かきは多くの子が大好きで、しかも、家で気軽に楽しめます。親子や家族と一緒にお絵かきを楽しむ時間は、子どもの心に楽しくて温かな記憶を残してくれるはず。暮らしの中で心を豊かに育むもの、幸せな時間を彩るものをつくりたいという、会社のコンセプトや起業の理念などを考え合わせると、何をつくりたいのか、だんだんはっきりしてきました」
目指す新商品はクレヨン。しかし、他社製品との違いをどう打ち出すか。地元の産物をどう活用するか。まだまだクリアすべき課題は山積みだった。

工夫とアイデアが魅力の「おやさいクレヨン」

ねぎ、とうもろこし、りんごなどやさしい色合いが揃う「おやさいクレヨン」。全10色、2000円(+税)。
野菜でできた安心素材の「おやさいねんど(5色入り1500円(+税))」も大好評。
「安全かつ鮮やかな色のクレヨンが欲しい」という要望に応えて製作した「おこめくれよん」16色入り、2500円(+税)。顔料には玩具の安全に関する欧州規格に適合した有機顔料と無機顔料を使用。

「おやさいクレヨン」には、従来のクレヨンとは違う、様々な特徴がある。まずは、原料。色の原料に使うのは、収穫の際、畑で取り除かれる野菜の外皮や、食品加工会社で出る野菜くずなど。それらをパウダー状に加工し、米ぬかを搾った際に出る米油を使ったワックスと混ぜ合わせて成型している。
「色もワックスも、原料はすべて食べ物由来なので、万が一、子どもが口に入れることがあっても安全です。米油は、一般的なクレヨンに使われる石油系ワックスに代わる安全な素材として、利用することにしたのです」
野菜は、すべて地元のものを使用。しかも、これまで廃棄されていた野菜くずを活用しているため、サステナビリティ(※1)の面でも優れている。
「野菜くずを活用することで、食品をわざわざ文具に使うことへの抵抗感が解消されました。もちろん、コストも抑えられます」
ユニークな色合いも、特徴の1つだ。野菜そのものといった、やさしいパステル調の自然な色は、表現の幅を広げてくれる。さらに、ねぎ、とうもろこし、きゃべつ……など、素材となった野菜の名前をそのまま使ったネーミングも、新鮮でおもしろいと評判だ。
「不思議なことに、たいていの子どもは『おやさいクレヨン』を手にとると、描く前に匂いを嗅ぐんです。匂いを添付する特別な加工はしていないのですが、香りの強い野菜である『ねぎ』などは、描いていくうちに、やはり香りがします。子どもたちが、視覚だけでなく嗅覚も使って、お絵かきを楽しんでくれていると思うと、とてもうれしいです」
このように、様々な工夫が施され、新しい魅力たっぷりの「おやさいクレヨン」だが、実は弱点もある。それは、一般のクレヨンセットに必ず含まれる「青」がないこと。自然界には緑色、黄色、赤色の野菜や果物はあっても、「青色」の野菜は存在しないため、どうしても「青」のクレヨンがつくれないのだ。
「葱から『ねぎ』色、雪人参から『ゆきにんじん』色のクレヨンができるように、素材もネーミングも、野菜ありきです。だから、青色をつくるために顔料や添加物を混ぜるわけにはいきません。とはいえ、ふるさとの空や海の色である青色はもともと好きですし、県名の青森にも『青』の字が入っているので、悩みました。最終的には、『おやさいクレヨン』の個性であり、特徴だと思い定めて『青』系の色はなしでいこうと決めました。その代わり、会社の法人化の際に、足りない『青』を補完する意味も込めて、社名を『mizuiro』としたのです」

またたく間に国内外へ販路が拡大してゆく

ふとした思いつきから企画を立ち上げ、様々な試行錯誤を繰り返し、アイデアを形にして、ようやく完成にこぎつけた「おやさいクレヨン」。木村さんは、それを2014年、「東京インターナショナル・ギフト・ショー(※2)」に出展した。
「初めての出展で、商品は『おやさいクレヨン』のみ。チャレンジブースのような、本当に小さな、ひっそりしたスペースでのお披露目でした。そのため、名刺や資料などは1日100組くらいで足りるだろうと考えていたら、予想を上回るお問い合わせがあり、ビックリしました」
開始直後から、どんどん人が集まってくる。テレビ番組からの取材もあった。すぐに用意した資料や名刺がなくなり、うれしい悲鳴を上げた木村さん。急遽、その対応に追われつつも、反響の大きさに正直、何が起こったかわからなかったという。
人生の歯車は、大きく回り始めた。14年度は2万セット、翌年度は3万セットと売り上げを伸ばし、販売開始から3年で、約10万セットを売り上げたのだ。
大型量販店など国内のお店はもちろん、海外のバイヤーからの問い合わせも多く、中国、台湾、シンガポール、リトアニアなど、販路はどんどん広がっていった。現在、ヨーロッパの大手ネット通販での出店を準備中だという。
「海外では、電気製品をはじめ、多くの日本製品が安全性、機能性などにおいて大変高く評価されています。そうした伝統が培われてきたからこそ、『おやさいクレヨン』も信頼されて、流通が広がっているのでしょう。また、どこの国でもどんな文化でも、子どもには安全なものを与えたいという親の思いも、『おやさいクレヨン』に関心を持ってもらえる理由だと思います」
大手メーカーのような販売戦略は取れないが、小さい企業ならではのニッチ(隙間的)な戦略でビジネスを展開させていく方法はあるはずという木村さん。地方からの発信をハンデとは考えず、むしろ、地元の様々な人々の支援やつながりを大きな強みにして、次なる展開を考えている。

暮らしを豊かにする新しいものをつくりたい

青森県に生まれ育ち、今もふるさとに住み続ける木村さん。一日のうち、好きな時間は朝、愛犬とともに、自然を感じながら散歩する時間だという。そんなライフ・ワーク・バランスのとれた生活と自然豊かな地元をこよなく愛する気持ちは創造性の源となり、仕事のクオリティーを押し上げている。それを証明しているのが「おやさいクレヨン」の「カシス(※3)色」だ。
「あまり知られていませんが、カシスの収穫量は、青森県が全国1位です。ですから、基本の10色セットにカシス色を入れることで、青森県とその特産品を全国にアピールできればいいなと思っています」
そんな地元愛が込められた「おやさいクレヨン」は、16年、内閣府などが後援する「ふるさと名品オブザイヤー 地方創生賞」を受賞。地域活性化につながる事例として、注目を集めている。
仕事を通じて知り合いになった農家の方から「次は、どんなものをつくるの? ぜひ青森を活性化するものをつくってほしい」、「野菜だったら、いくらでも提供するよ」と応援してもらっているという木村さん。その声援に応えて、今後も青森を盛り立てるものづくりに取り組みたいと考えている。
「身の回りには、ホタテの貝殻など単に捨てられるだけで見向きもされなかったものが、まだまだたくさんあると思います。そうした素材を活用して暮らしに役立つものをつくりたいですね。私にとって『おやさいクレヨン』は名刺のようなもの。今後、新しいライフスタイルを提案できるような商品をつくっていきたいと思っています」
今、気になっているのは、ストローをはじめとするプラスチック製品の問題。海の環境汚染につながっており、世界的に問題となっていることを知り、何か身近なものでプラスチック製品に代わるものがつくれないかと考えている。
そうした新しいものづくりに取り組む一方で、地元の人々が暮らしやすいように環境を整える活動にも興味があるという。例えば、オフィスがある商店街に保育所や子どもの預かり所を設ければ、自社のスタッフだけでなく近くのお店で働くお母さんの助けにもなり、地域の活性化につながるのではないかと考えている。
暮らしを豊かに彩るもの、持続可能な社会のために必要なものをつくるために、身の回りのものを活用する知恵を絞る――。ビジネスパーソンとして、子育てや暮らしを大切にする家庭人の強い味方として、奮闘する木村さんの活躍に期待したい。

取材・文/ひだい ますみ 写真/斎藤 泉

KEYWORD

  1. ※1サステナビリティ
    環境・社会・経済の3つの観点から、社会を持続可能にしていくという考え方。
  2. ※2東京インターナショナル・ギフト・ショー
    日本最大のパーソナルギフトと生活雑貨の国際見本市。国内のメーカー・輸入商社・欧米メーカーなど、約3,500社が出展。生活者のライフスタイルに対応する新製品を主体に展示。
  3. ※3カシス
    ストロベリーやブルーベリーなどと同じ仲間のベリー系のフルーツ。「黒すぐり」とも呼ばれている。直径1cmほどの黒っぽい紫の果実で、原産地はヨーロッパ。世界中で親しまれており、日本でも近年、普及している。

PROFILE

木村 尚子
mizuiro株式会社
代表取締役社長

きむら・なおこ
1979年、青森県生まれ。弘前市の専門学校にてデザインソフトを習得。県内の情報誌会社、デザイン会社勤務を経て2012年に独立し、同市にデザイン事務所「デザインワークスSTmind」を開設。野菜のパウダーを原料にした、「おやさいクレヨン」を発売。2014年9月に法人化し、「mizuiro株式会社」を設立。平成27年度第9回キッズデザイン賞受賞、平成29年度東北地方発明表彰「東北経済産業局長賞」など、受賞多数。