原子力の技術基盤を蓄積することの重要性
寺島 実郎

Global Headline

8月末に開催された第43回中東協力現地会議で基調講演を行うために、ウィーンを訪問したが、その際にIAEA(国際原子力機関)の関係者と議論をし、そこで感じたことについて述べておきたい。
ウィーンでの原子力についての議論を通じて、印象的だったことが2つあった。
1つは、ロシアと中国の原子力分野における台頭である。ロシアでは現在31基(2,794万kW)の原子力発電所が稼働しており、今後原子力の比重を高め、2050年までに45~50%にすることを目標としている。一方、中国は37基(3,566万kW)が稼働中で、建設中21基、計画中24基があり、20年までに8,400万kWを目標としている。この2国は前のめりに原子力を推進しているのだ。
さらに、特筆すべきはロシアによる原子力の輸出で、エジプト、イランなど17カ国と受注契約を結んでいる。これはロシア経済が天然資源依存であることを憂慮したプーチン大統領が、外貨を稼ぐためのバイタル産業(優位産業)として原子力を育てようとしていることの証左である。
もう1つ印象的だったことは、米国では今、30万kW以下の小型モジュール炉(SMR)の開発を推進しており、SMRブームと呼んでもよいような状況にあることだ。ニュースケール社、ベクテル社など14社が企業連合を組み、投資も増やして開発を加速している。しかも、それが民間用発電のためというよりは、小型原子炉の機動力を利用して、海水の淡水化や水素の製造など、多様な目的のために使おうとしているということだ。
こうした世界の情勢を鑑みて、日本はこれからどうしていくべきなのか、日本の賢さが問われている。
福島で起こった原子力発電所の事故の記憶が新しい日本では、原子力は人智を超えたエネルギーであり、原子力発電はやめた方がいいという議論がしばしばなされる。福島の現実を見た時にはその気持ちはわからなくもない。だが、世界の原子力の情勢がどうなっているかも把握した上で、判断を下すべきで、そうしたことに目をつむってはいけない。
日本が最も懸念すべきは、原子力に真剣に向き合おうとする人材が減っていることだ。具体的に言うなら、大学で原子力を学ぼうという学生が激減している。ロシア、中国、米国はそれぞれの立場で、未来技術である原子力の技術開発に力を入れている中、日本は原子力の技術基盤を失うという危機の中にある。
今後、廃炉を進めていくためにも、あるいは安全な原子力を推進するためにも、原子力についての技術基盤が必要となる。技術基盤を蓄積することの重要性を今一度認識しておかねばならない。
(2018年9月3日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)、『ひとはなぜ戦争をするのか 脳力のレッスンV』(2018年、岩波書店)、『ユニオンジャックの矢 大英帝国のネットワーク戦略』(2017年、NHK出版)、『シルバー・デモクラシー―戦後世代の覚悟と責任』(2017年、岩波新書)など多数。
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