伝統と革新の技術で日本の美を未来に伝える
株式会社修美

匠の新世紀

株式会社修美
京都府京都市中京区

重要文化財である、京都・大覚寺宸殿「牡丹の間」の襖絵のレプリカを修理する市宮景子さんと、彼女を指導するベテランの田畔徳一さん。

寺社が所蔵する掛軸や襖、屏風などの美術工芸品。
国宝や重要文化財にも指定されるような文化財には、奈良や平安時代から伝わってきたものが存在する。
それを我々が見ることができるのは、良好な状態で保守管理する技術者たちの努力があったからだ。
文化財修理を専門にする若き工房を訪ねた。

オリジナルの美しさをありのままに修理する

株式会社修美代表取締役 宇都宮正紀さん

株式会社修美は、国宝や重要文化財などの指定文化財をはじめとする美術工芸品を保存修理する工房だ。その対象は絵画や書跡・典籍・古文書・歴史資料など。紙や絹が素材で、その修理は「装こう」と呼ばれ、1000年以上前から行われてきたメンテナンス技術である。
同社の代表取締役の宇都宮正紀さんは、「我々の仕事は、掛軸や屏風、襖、障壁画、書跡などの文化財を日本古来の伝統的手法を用いて、100年後の人々も見ることができるように修理し、保存すること」だと語る。
「絵画や書跡は絹や紙などの脆弱な材料でできているため、大切に保管しても時間が経てば劣化していきます。貴重な文化財が現在まで遺っているのは、昔の人たちが裏打紙を貼り替えたり、クリーニングするなどの適切な修理を適切な間隔で行ってきたからです。
このようなメンテナンスは、江戸時代までは、それを所蔵する藩や寺社がそれぞれ職人を抱えて行っていました。ところが、明治維新によって藩が消滅し、また廃仏毀釈(※1)によって、寺院の余力がなくなり、修理が十分に行われなくなりました。明治以降は民間の表具屋などが中心となって、文化財の修理技術を伝えていたのです」
明治政府も文化財が守られないことを危惧し、1871年(明治4年)に「古器旧物保存方」、1897年(明治30年)に「古社寺保存法」がつくられた。また、昭和になってからは、1950年(昭和25年)に「文化財保護法」ができ、この法律が現在の文化財保護のベースになっている。
修美は、文化財を所蔵する博物館や寺社などからの依頼で、保存修理を行っている。
「文化財修理の基本は、傷んだ部分を取り除いて、それ以上損傷が広がらないようにしながら、文化財の持つオリジナルの美しさを維持し、次の世代に伝えることです」
過去には、新品のようにきれいにすることや見栄えをよくする修理が行われたことがあったが、現在はそうした修理は行わない。過去の修理が適切なものでなかった場合には、それを取り除くこともあるのだという。
文化財の保存修理は、「調査」、「修理方針」、「修理工程」という流れで進められる。「調査」では肉眼での確認以外に、顕微鏡やX線分析、赤外線分析などによる科学的調査によって、損傷の状態を正確に把握する。これによって、汚れ、絵具層の剥落、欠失、そして後世の修理の状態などを正確に割り出す。「修理方針」では、どのような修理を行うかを決定。例えば掛軸の場合には、汚れの除去、絵具層の剥離をどのような方法で止めるか、補紙や裏打紙などを取り換えるか否かや、装丁も新調するかなどを決定する。その後、実際の「修理工程」に進むが、作品の制作された当時と同じ製法の紙や顔料などを使用し、道具もできるだけ当時と同じものが使われる。この修理には1作品につき約1~3年を要するという。

京都・大覚寺の宸殿は、後水尾天皇より下賜された、寝殿造りの建物。「牡丹の間」は33畳の大広間だ(写真提供:大覚寺)。

新しい技術の開発と伝統的技術の継承

津波で被災した陸前高田市の地籍図。固まっているため、1枚ずつ取り外す作業からスタートする。
掛軸の本紙(作品そのものを本紙と呼ぶ)に霧吹きで濾過水を噴霧し、汚れを取り除く。
クリーニングにより汚れを吸収した紙。

実際の修理には、制作当時の材料や道具、制作方法などの専門知識に加え、人文科学や自然科学などの幅広い知識、そして保存修理のための技能が必要となる。
「一人前になるには最低でも10年はかかる仕事です。以前は丁稚奉公のように工房で修業しており、各工房で技術内容にも差がありました」
現在は、文化財の保存修理を行う12社が加盟する一般社団法人国宝修理装こう師連盟が組織され、技術の共有化、標準化が図られるとともに、資格試験の制度も整えて、報酬についての基準も決められている。
宇都宮さんは、老舗の工房で修業後、2004年(平成16年)に独立、修美を創業した。業界の中では歴史の浅い工房だが、積極的に技術革新や環境の整備を進め、若手の育成にも力を注いでいる。同社は、東京文化財研究所や奈良文化財研究所などと共同研究を行ったり、30年間業界を牽引し、多くの技術者を育ててきた田畔徳一さんに相談役として在籍してもらうなど、新しい技術の導入や、伝統的な技術の継承、より安全な保存技術の研究・開発にも力を入れている。
宇都宮さんが田畔さんと一緒に開発し、実用新案を取ったのが、穴が空いた古文書を、漉嵌(すきばめ)の技術を応用して効率よく穴埋め補修するツールだ。料紙(りょうし)(※2)の原料液の量を計算することなどで、補修部分を古文書と同じ厚さにすることができる。
「修理を待っている文化財は膨大で、効率よく進めていかないと、どんどん劣化が進んでしまいます。それを防ぐためにもこうしたツールの開発が必要になるのです」
最後に、修理作業をしながら文化財に夢中になってしまうことはないのかと宇都宮さんに聞いてみた。
「職人が作品に夢中になっていたら仕事になりません。ですが、私も文化財が好きでこの道に入ったので、国宝などを修理している時は、どうしても見入ってしまうことがあります」
そう言って笑う宇都宮さんからは文化財への深い愛情が感じられた。

ハケや刃物などの道具。使用する道具の多くは、昔から使用されてきたもの。
実用新案を取得した虫食いを穴埋めする自動紙漉機。
欠失部分を穴埋めした古文書。白い部分が補修箇所。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1廃仏毀釈
    明治政府が神仏習合を廃し、神仏分離政策をとったため、日本中で仏教寺院を破壊する動きが起きた。
  2. ※2料紙
    作品が描(書)かれる基の紙を示す。

PROFILE

株式会社修美

京都市中京区にある文化財の保存修理事業者。2004年(平成16年)創業。男性職人が多い同業界にあって、積極的に女性を雇用、全社員23人のうち、16人が女性。掛軸、屏風、襖などの障壁画、巻子、冊子、古文書、歴史資料(近現代紙資料、絵図、写真乾板)などの保存修理を行っている。