仕事×遊び×勉強が独創性への大車輪
チーム白金鉱業

Opinion File

Maker Faire Tokyo 2017の展示ブースにて。中央の2人が着るフォントTシャツはオリジナルでなく、市販品だそうだ。

自分たちが楽しめて誰もが面白がるものを

ものづくり愛好家たちが自慢のアイデア作品を持ち寄る一大イベント「Maker Faire Tokyo」(※1)。昨年8月、東京ビッグサイトを舞台に約450件の展示作品が居並ぶ中で、ひときわ異彩を放って注視を浴びたブースがあった。
出展者名は「チーム白金鉱業」、作品は名づけて「MSゴシック絶対許さんマン」。第一印象は「いったい何のこと?」だが、なぜか妙に興味をそそられる。そこで、イベントの公式サイトを頼りに当事者を探り当て、コトの経緯を尋ねることにした。
訪問先は、東京の白金台にある株式会社ブレインパッド。ビッグデータ活用のリーディングカンパニーとして知られるこの会社でまず紹介されたのは、名刺の肩書きにデータサイエンティストとある吉田勇太さんだ。
「Maker Faire Tokyoに何度か足を運ぶうちに、自分もいつか出展したいとの思いが募りました。ものづくりといってもアイデアの奇抜さや技術の斬新さが重視され、作品の実用性とか商品価値などは二の次で構わない。ならば、業務外の活動として仲間を誘い、何よりも自分たちが楽しめて、誰もが面白がってくれる代物をつくってやろうと、私が『言い出しっぺ』になりました」
その思いを受けて、出展プロジェクトには吉田さん以下4人の技術系メンバーが集い、各々の得意分野を活かせること、来場者やネット世界で反響を呼べることなど、チームとしての活動方針を固めていった。そして肝心要の「何をつくるか」を絞り込む段になる。会社の主業務がビッグデータのデータ解析やソフトウェア開発であることから、その基幹技術を柱に据えつつも、ロボットなどの電子工作を取り入れたものづくりに徹しようと意見が一致した。
「昨今の世の中の趨勢であり、メンバー共通の関心事でもあるディープラーニング(深層学習、※2)をテーマに据えることは即決。ランチ中の雑談で、1人が『フォントのMSゴシックって許せないよね』と日頃の思いを打ち明けると、別の1人が『“フォントかるた”という市販品がある。それ、使えるかも』とアイデアをつないで、出展作品のアウトラインが徐々に定まっていきました」

フォント選びの妙技にポイ捨てのギミック

同一文面が48種の書体で印刷された「フォントかるた」。
卓上カメラで画像データを取り込み、ニューラルネットでフォントの分類を行い、正解の札を選び出す。

さて、なにやら謎めいた出展者名と作品名について、そろそろ察しを付けていただけただろうか。メンバー各人はブレインパッドに所属するものの、このものづくりは業務外の「遊び」である点は明示しておきたい。そこで、同社の社外活動における名乗りとして社内に受け継がれる「チーム白金鉱業」を採用したのが前者の出展者名。ちなみに「白金」は本社の所在地名であり、「鉱業」は本業のデータマイニング(※3)に由来するあたりに、そこはかとない愛社精神が感じられなくもない。
後者の作品名「MSゴシック絶対許さんマン」に関しては、さらなる謎解きが求められよう。MSゴシックは、ウィンドウズの標準フォントとして圧倒的に高い認知度と汎用性を誇る一方、近年多様なフォントが普及する中では、草創期から使われた歴史の長いフォントだけに、書体のデザイン面で見劣りがするとの声が少なくない。そんなユーザーの思いを映してか、一時期「MSゴシックはダサい、イケてない」といったジョークがインターネット上などで囁かれもした。
「今回の我々の出展作品は、数あるフォントの中から任意の1つを自動的に選び出してみせるロボットの試作機です。同じ文面が様々な書体で印刷された『フォントかるた』を本体の前に置くと、指定されたフォント(=MSゴシック)の札だけをロボットアームで拾い上げるという仕掛け。この動作を真面目に来場者にお見せしても面白みに欠けるので、フォントの美醜にこだわりを持つ人々の『許せない感』をフックにして、MSゴシックの札を見つけてはポイ捨てするというギミックで、デモンストレーションに味付けを施しました。作品名に他意はなく、見る人が楽しんでくれるだけで本望です」
このロボットの動作を映像で眺めていると、どこかユーモラスな動きの中にも、なぜそんな芸当ができるのかという不思議感がこみ上げてくる。この点を吉田さんに質すと、ゲーム感覚の「遊び心」を前面に出しつつも、開発の技術基盤として随所に「見せ場」を施してあるとの回答だった。例えば、各フォントの特徴を正しく認識・識別するためのディープラーニングの手法にせよ、また、選んだ札をピックアップするためのロボット制御技術にしても、チーム一丸の結束力がもたらした「本気」の創造性にほかならないのだ。
「我々が達成したかったのは、すごい技術でくだらないことをする『技術の無駄遣い感』です。本業にもつながるディープラーニングで手抜きをするわけにはいかないので、まずは、『フォントかるた』に収録された48書体について、1書体あたり1千枚の写真を撮影し、それらすべての画像データを記憶させました。札の角度を少しずつずらしたり、光の当て方を微妙に変えたりしながら、あらゆる条件下でロボットが自力で、正しくフォントを判別するのに十分なデータ量を収集・蓄積する必要があったのです」

ディープラーニングをより深くする隠し味とは

合計で5万枚近い画像データを覚え込ませる作業がどれほどの難儀か想像もつかないが、本気の遊びが決して容易でないのは伝わってくる。さらに、今回の試作機の内に秘めたイノベーションであるディープラーニング技術の「CNN(※4)」や「Grad-CAM(※5)」などについても尋ねた。応じてくれたのは菅原洋平さん。機械学習が専門のエンジニアとしてチームを支える1人だ。
「ディープラーニングとは、人間の脳の働きを計算機上で再現するための数学モデル(NN:Neural Network)を応用した機械学習のことです。人間の学習行動にならって、情報を抽象化して分類し、特徴付けを行うように学習する。そのNNに『畳み込み処理』を加えて情報の抽象化をより高度にしたのがCNNで、試作機では特定のフォントを認識させる際に、文字のデザインや太さ、配置などの局所情報を抽出し、特徴を際立たせてから認識させることで学習効率を高めています」
かくしてディープラーニング技術を使ったチーム白金鉱業のロボットは、衆人環視のも とで見事、MSゴシックのフォントを違わず選り分けてみせた。だが、その達成を事実として提示したことと、なぜそれが可能となったかを説明することは別の問題で、従来、その部分はブラックボックスに閉じられてきたのだという。
「そこで我々が目をつけたのがGrad-CAMです。これは人間の脳が、フォントごとの特徴を抽象化して記憶し、言葉に表現することもできるのと同様に、画像データのどの部分に注目し、どんな根拠で認識・識別するに至ったのかを可視化してくれるものです。フォントの形状のどこを見て、どんな特徴を重視したかが、Grad-CAMを通すことでカラー画像化されて一目瞭然にわかります」

サボるための努力と次の1歩への動機づけ

チーム白金鉱業の(左から)菅原洋平さん、吉田勇太さん、長南翔さん、武井俊祐さん。

ふだん彼らは、山と積まれたデータの中から価値ある鉱脈を見つけ出すことなどに頭脳の大半を傾けている。そこにMaker Faire Tokyoのような、手も足も動かして行うものづくりのチャンスが訪れたら、エンジニアとしての遊び心に火がつかないほうが不自然ではないか。実際、余暇時間に趣味的なものづくりに勤しむ社員は多く、ごく私的に好きが高じて「麻雀の点数自動計算システム」を考案中の人もいるという。
「私の場合はスマートホーム化を視野に入れていて、とりあえず室温が下がったらオイルヒーターの温度を上げる仕掛けを自作し、長期にわたって室温変化のログを残し続けています。とにかく『サボるための努力は惜しまない』のがエンジニア気質なのです」
チームのソフトウェア開発担当、長南翔さんが鷹揚にそう言った。居住空間のスマート化は技術者の間でブームらしく、AIスピーカー(※6)に命じて家電製品を操作するなどはまだ序の口。前出の菅原さんは毎朝定時に窓のカーテンが自動的に開く装置をつくり、一人暮しの朝一番の面倒から解放された。チーム内の兄貴分、R&Dエンジニアの肩書を持つ武井俊祐さんは趣味のエアプランツ(※7)の水遣りのために、室内の湿度を保つスプレー式噴射システムまで自作した。
本気で遊ぶというのも並大抵のことではない。が、しかし、彼ら若きITエンジニアたちは、楽と苦の境界概念まで深層化していると見えて、好きなことや興味のある対象であれば寝食も忘れて没頭できるのだ。
「我々の業界が日進月歩、秒進分歩で進化していくので、キャッチアップのための勉強が際限なく必要です。だから、公私の別なく学び続けることが習い性になっている人が多い。裏返して言うと、それが好きで、楽しいと思えてこそ仕事が続けられるし、勉強を重ねる気にもなる。何か新しい技術に触れるたびに『え、こんなこともできちゃうの!?』と好奇心を揺すぶられ、次の1歩を踏み出す動機づけになります」
そう答えてくれたのは武井さん。だからといって彼が、ひたすら仕事と勉強漬けの日課に追い立てられている気配もなく、むしろ遊びを含めた3大要素が境目のない円を描き、大きな車輪を駆動させているように見受けられた。そしてその回転運動が、彼らの日々発揮する独創性にエネルギーを補給しているのに相違ない。
「言い出しっぺ」の吉田さんが、最後に話をこう引き取ってくれた。
「全員が心底楽しめ、偉そうなものを面白おかしく見せるものづくりのネタを見つけたら、またイベント出展も考えたいと思います」

取材・文/内田 孝 写真/斎藤 泉

KEYWORD

  1. ※1Maker Faire Tokyo
    ものづくりを愛するMakerたちが、技術力・発想力にあふれたユニークな作品を展示する国際的イベント。日本では前身を含めて2008年から開かれている。
  2. ※2ディープラーニング(深層学習)
    脳機能の特性を計算機上のシミュレーションによって表現した数学モデルがニューラルネットワーク(NN)で、ディープラーニングは多層のNNを用いた機械学習の手法のこと。
  3. ※3データマイニング
    大量のデータを解析し、そこから有用な情報を抽出して利用できるようにすること。マイニングの元の意味(採掘・採鉱)から「鉱業」と名づけた。
  4. ※4CNN
    Convolutional Neural Networkの略。入力情報に「畳み込み処理」を加え、入力情報の抽象化や特徴づけを行う機械学習手法のこと。
  5. ※5Grad-CAM
    ディープラーニングがどんな根拠で、入力情報のどの部分に注目して認識・識別するに至ったかなどを可視化して説明する手法を指す。
  6. ※6AIスピーカー
    対話型の音声操作に対応したAIアシスタントが利用可能なスピーカー。スマートスピーカーとも呼ぶ。
  7. ※7エアプランツ
    土壌や水中でなくても生育する着生植物。パイナップル科チランジア属の植物の総称。

PROFILE

チーム白金鉱業

株式会社ブレインパッド(東京都港区白金台)内で、代々使用されている社外活動の時に用いるプロジェクト名。ブレインパッドは、日本国内最大規模の80名を超えるデータサイエンティストを有し、データ解析技術やAIを用いたビッグデータ活用と、デジタルマーケティングを主業とするIT企業。
(写真は吉田勇太さん)