好きだからやる サラリーマンの宇宙開発
宮本 卓

Opinion File

JAXAのH-ⅡBロケット。先端部分の宇宙ステーション補給機「こうのとり」に人工衛星を搭載し、宇宙に運ぶ(写真提供:JAXA)。

趣味は「宇宙開発」 まずは人工衛星の打ち上げを

仕事とは一味違った、充足感や生きがいをもたらしてくれる趣味の時間。読書、ゴルフ、映画鑑賞など、多くの人々が楽しむ趣味を持つ人もいれば、特殊な分野に興味を持ち、熱意を傾ける人もいる。
一般社団法人リーマンサットスペーシズ(以下、リーマンサット)代表理事の宮本卓さんは後者で、趣味は、「宇宙開発」。昔から宇宙飛行士になりたくて、NASDA(宇宙開発事業団、現JAXA)を受験したこともある、根っからの宇宙好きである。
現在、実家の町工場を経営しながら、サラリーマンとして様々な企業で働く仲間とともに、「趣味としての宇宙開発」に取り組んでいる。
「もともとは、宇宙が好きだというサラリーマン3人が集まって、新橋の居酒屋で宇宙の 話で盛り上がったのが始まりでした。『宇宙っておもしろいよね』、『専門家ではないけど、自分たちの手で宇宙開発をやってみたいね』と夢を語り合ったんです」
夢を夢のままでは終わらせない――。宇宙への熱い思いを形にするべく、宮本さんは昨今の宇宙開発の事情について調べてみた。すると、突破口が見えてきた。
「宇宙開発には、大きく2つの柱があります。1つはロケット、もう1つは人工衛星の打ち上げです。ロケットの打ち上げには、もちろん高度な専門知識や技術力が必要ですし、何十億円というお金もかかります。私たちにはとても手が届きません。しかし、小型の人工衛星なら、私たちにも打ち上げ可能だと分かったんです」
かつて、人工衛星の打ち上げは国家プロジェクトだった。しかし2016年、それまでJAXA(宇宙航空研究開発機構)とJAXAが委託する三菱重工業株式会社にのみ認められていた人工衛星などの打ち上げを、一定の基準を満たした民間事業者にも開放する「宇宙活動法(※1)」が成立。民間事業者による衛星打ち上げへの道が開かれた。
しかも最近は、大学の研究機関や企業などが宇宙開発に関心を持ち、研究・打ち上げ計画も進んでいる。特に海外では、比較的簡単につくれる人工衛星の製造キットが開発されており、宇宙開発は「特別な知識や技術が必要なもの」ではなくなりつつある。
今や、大学生でも宇宙開発ができる時代だ。それならサラリーマンの自分たちにもできるんじゃないか――。宮本さんたちはそう考え、普通のサラリーマンによる宇宙開発プロジェクト「リーマンサット・プロジェクト(Ryman Sat Project=rsp.)を立ち上げた。
「専門知識も、技術も、経験も資金もない中、イベントにチラシを持参して、仲間を募集しました。私たちにあったのは『本気で宇宙を目指そう』という思いだけ。でも、それを共有したいと考える人は意外に大勢いて、しかもそれぞれが本業でいろんな能力を蓄えていました」
と、宮本さん。
仲間は、文系・理系に関係なく集まっている。専攻分野や所属研究室に縛られることなく、自らの知見を自由に活かす場所として高い関心を持つ大学生も多い。核であるサラリーマンで、宇宙や人工衛星を直接仕事としている人はごく一部。エンジニアや工業デザイナーとして働いている人も、本業では宇宙開発とは無縁の仕事をしている。

前列右から宮本卓さん、成田由佳さん、後列右から加藤学さん、菅田朋樹さん。営業マン、エンジニア、工業デザイナーなど、メンバーの本業は様々。

サラリーマンの強みを組織づくりと運営に活かす

「団体名の『リーマン』は、『サラリーマン』の『リーマン』です。専門家ではない自分たち、他業種で働くサラリーマンである自分たちを揶揄している、ある意味、自虐的なネーミングです(笑)。それでも、サラリーマンだからこそ、できることもあるんですよ」
そう語るのは、プロジェクト・マネジャー(進行管理担当)をサポートする加藤学さん。別業種のエンジニアとして働く経験から、人工衛星をつくる各パーツの制作班に「製作状況はどうか」と問い合わせたり、「全体の進行を考えると、〇日頃までに仕上げてもらいたい」といった要望を出したりする。そうした全体管理・進行の能力は、サラリーマンとして働くうちに培ったものである。
人事分野を担当している菅田朋樹さんも、本業を通じて得た「組織運営には調整とコミュニケーションが必要」という教訓が活きているという。
広報を担当する成田由佳さんもまた、各種イベントを通じた広報活動や、内部の調整などでコミュニケーション力を発揮している。
最初は集まる場所すらなく、カラオケ店で作業することもあったという。今は、平日は班ごとにメールやスカイプで打ち合わせをし、休日にはコワーキングスペース(レンタルスペース)で定例会を行ったり活動拠点に集まって作業したりしている。
専門的な技術はなくとも、みんなサラリーマンとしての経験は豊富。一人ひとりが1つのプロジェクトを成功に導くための何らかのノウハウや特技を持っている。しかも、サラリーマンの「趣味」であるから、企業のように営業利益や採算を気にする必要もない。
それぞれの得意分野で貢献し、各々がやりたいことを追求するリーマンサットの活動は、まさにそうしたサラリーマンの強みによって支えられているのである。

超小型の手づくり人工衛星 試験機をいよいよ打ち上げ

リーマンサットが打ち上げを目指す人工衛星は、Cube SAT(キューブサット)と呼ばれる超小型人工衛星である。縦、横、高さ10cmの立方体。内部には、ぎっしりと基板と配線が詰まっている。
「外側の6面は、太陽光電池の基板で組み立てています。箱の中には電源、センサー、通信機器といったシステムを組み込んでいます」
1号機の打ち上げは2019年の予定だが、その前段階として今年、試験機として0号機の打ち上げを計画している。
「まずは、0号機で様々な知見を得て、そのデータをもとに1号機を上げるのが現実的な選択だと考えました。いずれもJAXAの宇宙ステーション補給機『こうのとり』(HTV)に国際宇宙ステーション(ISS)まで運んでもらう予定です。そこから、宇宙飛行士の方々に協力していただき、高度400kmの宇宙へ放出してもらいます」
夢の実現への課題は、いくつも存在する。まずは筐体(きょうたい)。「こうのとり」打ち上げ時に必要な耐振動性を確保しなくてはならない。さらに過酷な温度差(※2)に耐える仕組み、常に降り注ぐ放射線から機器を守る仕組みも必要となる。そうした基本の仕様を維持しつつ、さらに無線による通信機能を搭載し、デザイン性も追求したいと、各制作班が試行錯誤を繰り返してきた。そのほか、人工衛星の追尾のためにコマンドを送り、データを受信するための地上局の設置も難関ポイントのひとつ。
「人工衛星である以上、軌道を回るだけでなく、ミッションが必要です。私たちは、全国に設置した『宇宙ポスト』に寄せられた多くの方々の“願いごと”をデジタル化して、宇宙へと運ぶことを企画しています。皆さんの願いごとは、無線を通じていつでも聞けるようにします。運用後、私たちの人工衛星は地球へと落下し、流れ星となります。その時、きっと皆さんの願いは叶うと思いますよ」
地球の姿を撮影することも、大切なミッションのひとつである。0号機にもカメラを搭載するが、後継機(1号機)では、「自撮り」も目標にしている。
「現在の課題は、自撮りのためのアーム部分の設計・製作です。また、新しい機能もどんどん搭載する予定です」
計画が広がる一方、頭を悩ませているのは、資金面である。今までのところ手弁当で進めてきたが、継続的に打ち上げるとなると、今後は外部からの資金調達や人工衛星ビジネスも必要になってくる。
「0号機の打ち上げは、クラウドファンディング(※3)で必要な資金が集まりました。私たちの活動に賛同してお金を出してくださった方、お金は出せないけど自分も活動に加わりたいという方、多くの人に支えられていると実感しています。本当にありがたいです」

メンバーの私物である、真空状態をつくり出す機械。宇宙空間での耐久性や、正常に作動するかなどの確認実験を繰り返してきた。
人工衛星からのデータを受信するための試験用アンテナ。
今年中に打ち上げ予定の0号機。0号機、1号機いずれも人工衛星とは思えないほど、スタイリッシュで美しい。
現在、制作中の自撮り用のアームを搭載した1号機。
内部の基盤を守るカバー。メンバーが知恵を持ち寄って、つくり上げる。

創造性を広げるためのルールと今後

「活動のエネルギーの源は100%、個人のモチベーションです。お金を得る『仕事』ではなく、みんな好きでやっている『趣味』ですから、みんな自由に、自分のしたい活動をしています。ルールは1つだけ。他人の意見を尊重することです。決して、他人をけなしたり、否定したりしないことです」
宮本さんが語る通り、リーマンサットでは来る者拒まず、去る者追わず。ライフステージの変化(結婚、子育てなど)による一時的な離脱もOKだし、出戻りも歓迎する。本人の意思に反して活動内容を強制することは一切ない。リーマンサットでの活動歴や年齢による差別もない。上下関係のない、実にフラットな組織なのである。その組織のありかたこそが、創造性を育み、新しいものを生み出す力になっている。
「やりたいことがある場合は、みんなの前でプレゼンして、グループへの参加者を募ります。入ったばかりの人がリーダーとなり、活動を始めることもあります。人工衛星だけでなく、宇宙服や宇宙食を研究・開発したいという人もいます」
リーマンサットの活動から得た知識や体験が、本業に活かされることもある。例えば、同じエンジニアという仕事でも、業種や企業ごとに、仕事の進め方、道具の扱い方、コミュニケーションのとり方などは微妙に違う。そのため、他企業のメンバー、他業種の人の取り組み方に接するうちに、「へえ、そんなふうに仕事を進めるのか」、「うちの会社とは違うやり方だけど、参考になるな」というように、個人の視野が広がるのだ。
「部活動のように楽しむだけでもいいし、もし何かビジネスチャンスを見つけたら、起業してもいい。志を同じくする他の宇宙関連プロジェクトとのコラボ企画も、積極的に行っていきたいですね」
身近で、誰でも参加できる宇宙開発。ユニークな試みに本気で取り組むリーマンサットの存在は、日本の宇宙開発ベンチャーの未来を切り拓いていくに違いない。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1宇宙活動法
    人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律。2016年11月に成立。宇宙ビジネスにおいて、国際競争が激化する中、民間企業の参入を促す環境を整えたことは、日本の宇宙開発に弾みをつけ、経済成長の寄与に期待できるなど、大きな意義があると見られている。
  2. ※2過酷な温度差
    太陽光が当たる「日なた」と、そうでない「日かげ」の温度差は、200度以上になる。
  3. ※3クラウドファンディング
    不特定多数の人がインターネットを通じて、アイデアを持つ起案者に資金を提供する方法。

PROFILE

宮本 卓
一般社団法人リーマンサットスペーシズ
代表理事

みやもと・たく
1972年、京都府生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。同大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程・博士課程修了。博士(1978年、東京都生まれ。2014年、宇宙開発を身近なものにすることを目的に活動する団体「リーマンサット・プロジェクト」を立ち上げる。現在、実家の町工場を受け継ぎ、金属加工業に携わる一方で、人工衛星の部品の溶接や加工なども手掛ける。2016年12月、リーマンサット・プロジェクトの法人格を取得。「一般社団法人リーマンサットスペーシズ」代表理事としても活動中。