夜空に夢を描くためのプロジェクト
岡島 礼奈

Opinion File

「人工流れ星プロジェクトは、宇宙空間の楽しみ方や宇宙開発に貢献します」と語る岡島さん。

流れ星をつくるという夢プロジェクトが発進

神秘的な現象であるため、世界各国に伝説や逸話(※1)が多い“流れ星”。日本にも、「消えるまでに願い事を3回となえると叶う」というおまじないがあり、夜空を眺めながら、流れ星を待ったことのある人も多いだろう。
もし、人の手で流れ星をつくれたら? 特定の時間に特定の場所で確実に、しかもゆっくりと流れ星が見られるとしたら? 宇宙ベンチャー企業の代表取締役社長を務める岡島礼奈さんは、そんな夢のようなプロジェクトを実現すべく、株式会社ALEを起業し、開発に向けて試行錯誤を繰り返してきた。そして、2020年春、広島・瀬戸内地域において、いよいよ世界初の人工流れ星を夜空に描く。
「もともと流れ星とは、宇宙空間に漂う直径数ミリ程度の小さなチリが地球の大気に猛スピードで突入し、加熱されることで発光するという現象です。小さなチリが原因なら、人の手でもつくれるのではないかと思いました」
人の手で、流れ星をつくる――。近年、天文学の発展により、しし座流星群やふたご座流星群(※2)など、流れ星を見つけやすい日時を予測できるようになってきた。しかし、自然の営みの中で偶発的に発生する流れ星は、いつ現れ、いつ消えるかを正確に予測することはできない。しかも、流れ星が流れて消えるまでの時間は1秒ほどとかなり短く、運良く見られたとしても、それから願い事を考えるのでは間に合わないだろう。
「人工流れ星は、天然のものより、ゆっくり動きます。想定では、人工流れ星が見える時間は5~10秒くらい。早口なら、願い事を3回となえることも可能だと思います」
人工流れ星をつくるには、まず50cm四方という比較的小型の人工衛星を打ち上げる。そして、地上400kmの宇宙空間から流れ星の素となる直径1cmほどの粒をガスによって放出する。粒は地球を約6分の1周してから大気圏に突入し、天然の流れ星と同様に燃焼する。その時、地上からは明るい光として見える。これが人工流れ星である。
「人工流れ星は、北極と南極をぐるぐる回る極軌道上の人工衛星から“星”をポンと落としてあげるような感じなので、世界中どこにでもオンデマンドで届けることができます。流れ星の素となる粒は上空60~80kmで輝きながら燃え尽きていくため、地上まで落下することはなく安全です。地上では直径200kmという非常に広いエリアで鑑賞できます」
この200km圏内という数字。地上での日常的な距離感をもとに考えるととても広大に感じるが、宇宙空間や地球規模では極めて狭い範囲である。実際、開発の途上で特に頭を悩ませた問題は、粒を放出する装置の精度だったという。
「日本のある地域に流れ星を降らせるためには、流れ星の素の放出はおおよそオーストラリアの上空あたりになります。人工衛星は非常に速いスピードで地球の周りを回っているので、タイミングや入射角度などがほんの少しでもずれると、およそ1万kmもずれてしまうことにもなりかねません。九州地方に降らそうと思っていた流れ星がロシアに降ることになる……という失敗も起こり得るのです」
高い精度が求められる放出装置。その実現には、社内外を問わず、エンジニアや研究者など多くの人々が開発に加わり、ようやく完成にこぎつけた。

放出する粒のサンプル
人工衛星の模型
社内に展示されている説明プレート
人工流れ星の素を放出する装置

新しいアートや文化を生む人工流れ星の可能性

人工流れ星には、色をつけることも可能だという。
「流れ星の色は、流星源の素材で変わります。炎色反応のようなイメージです。様々な金属を試したり隕石を削って燃やしてみたり、試行錯誤を重ねた結果、ブルー、グリーン、オレンジの3色までは地上での実験に成功しています。さらに、ほかの色もできないか模索中です。また、形や動きについても、複数の流れ星を渦巻き状に配置すれば、らせんを描くような動きに見せられるのではないかなどいろいろと考えています」
華やかな色の流れ星、らせんを描く流れ星。そこには、壮大な夜空を舞台にした、新しいアート誕生の予感がする。実際、岡島さんは、空をキャンバスに見立てて人工流れ星で演出する「Sky Canvas」プロジェクトを立ち上げ、アーティストとのコラボやイベントでの展開を考えている。
「人工流れ星は東京に降らせると約3,000万人が一斉に見られるのですが、例えば、ラ イブや交響楽団などの演奏中に降らせることもできますし、プロジェクションマッピングやドローンなどと組み合わせて、テーマパークや街全体の演出をするという企画も考えられます。大勢の人々に流れ星を楽しんでもらうために、ぜひ様々なアートやスポーツイベント、フェスティバルなどで利用していただきたいですね」
野外の音楽フェスやスポーツの大会など人気のあるイベントに「人工流れ星を見る」という要素を組み込めば、イベントの参加者だけでなく、その地域全体の人々にも楽しんでもらえる。また流れ星は夜に見るものであることから、その地域に宿泊客を呼べるという利点もある。流れ星鑑賞エリア内での大規模なスタンプラリーを楽しむという方法もある。町おこしや地域活性化の手段にもなり得るのだ。
「夏の夜、浴衣を着て花火大会に出かけるように、いずれは人工流れ星を鑑賞して楽しむという文化をつくりたいと思っています」

人工流れ星を通じた交友の輪が可能性をさらに広げていく

国内外の企業など、多方面から注目を集めている人工流れ星プロジェクト。今、その実現を目前にして、岡島さんはたくさんの人々の応援や、人と人のつながりのありがたさを感じているという。
「最初のころは『人工流れ星をつくりたい』と言ったら、失笑されていました。確かに、資金や技術などの壁がたくさんありました。でも、『前例がないから』と否定的な人がいる一方で、『前例がないなら、一緒に考えましょう』と言ってくれる人もたくさんいました。アイデアや意見をいただいたり、人を紹介してもらったり、ご縁をいただいた方みんなに感謝しています」
新しいものを生み出す創造性、創意工夫に関して、岡島さんが心がけているのは、人の話にしっかり耳を傾けることだという。
「アートやイベント演出、商品開発、観光・サービス業など、自分とは違うバックグラウンドを持つ人の話をよく聞くようにしています。そもそも『Sky Canvas』の構想も、私が考えついたわけではありません。我々開発メンバーは『どうやって明るくするか』、『どうしたら多くの流れ星を降らせられるか』といった技術的な部分にしか考えがいっていなかったんですが、途中から参加したメンバーが『これを見た時に人はどう思うのか』という視点で考えてくれたのです。学術的な先入観がない人や、アートの感性がするどい人たちの発想は、とてもおもしろいなと思いました」
人が集まれば、新しいものが生まれる。誰かが出したアイデアに対して、別の誰かからまた違うアイデアが出てくる。新しいものづくりに挑戦する創造的な現場、創意工夫を重ねる人々の間には、そうした化学反応が起こり、可能性はどんどん広がっていく。そんな創造性の中心にいる岡島さんは、多くの人々をつないでいくために気をつけていることがある。
「様々な分野の方が加わっていらっしゃいますから、それぞれに話が伝わりやすいように工夫しています。例えば、クリエーターやアーティストの方にはイメージが伝わりやすい資料を用意したり、技術や学術系、国などの機関の方には、文章やグラフ、図解、数字などを使って説明をしたり。これからも、たくさんの人と人のつながりを大切にして、チームが有機的につながっていけたらいいなと思っています」

サイエンスとビジネスの両立を目指して

2020年東京オリンピック・パラリンピック開会式や閉会式などへの参加も模索中。

岡島さんの人工流れ星プロジェクトは、単に人工流れ星をつくるというだけではない。サイエンスとビジネスの両立を目指すという、これまでになかったモデルを創造するという点でも、新しい挑戦である。
「人工流れ星をつくる、つまり宇宙から大気圏に粒を流して加熱するのは、壮大な科学実験でもあります。なぜなら、人工流れ星が光を放つ高層大気については、高度や重力の関係から観測しにくいため、大気圏の中でも謎に包まれた場所(※3)のひとつとされているからです。その場所で人工流れ星を通じて高層大気の動きを観測することは、物理学の発展に貢献することにつながると思います」
これまで、日本の物理学や地球科学、天文学といった基礎科学の研究は、主に公的資金に頼っていた。民間からの参入はほとんどなく、国が分配する予算によって、各大学や研究機関で実験や研究が行われてきたのだ。しかし、公的資金だけに、政局面の変化の影響を受けて予算がカットされてしまったり、研究が滞ったりしてしまう恐れがある。
そこで、岡島さんは、多くの人が楽しめるエンターテインメントとしてのビジネスを展開し、その収益でプロジェクトや会社を運営しながら、同時に人工流れ星の観測データを活用することで、サイエンスの発展にも寄与したいと考えたのだ。
「赤字では事業が継続できないので、ちゃんと採算を合わせ、ビジネスとサイエンスの両輪を回していきたいと思っています。大学院で行っていた研究はもちろん、起業する前に金融界で働いていた経験や人脈もすべてが役に立っています」
宇宙を舞台にした新たなエンターテインメントとサイエンスへの貢献。世界中の人々にかつてない共有体験を提供する岡島さんのプロジェクトは、2019年夏から秋の間に、人工衛星を打ち上げることから本格的にスタートする。
創造的な未来の始まり。星を眺めるひとときに、新たな楽しみが加わる夜が待ち遠しい。

取材・文/ひだい ますみ 写真/斎藤 泉

KEYWORD

  1. ※1流れ星についての伝説や逸話
    キリスト教では、神は下界の様子を眺めるために天界の扉を開けることがあり、その際に扉から漏れた光が流れ星だと考えられている。
  2. ※2しし座流星群やふたご座流星群
    流星群とは、ある一点を中心に放射状に出現する一群の流れ星のこと。しし座流星群は、例年11月14日ごろから24日ごろにかけ出現がピークに、ふたご座流星群は12月5日ごろから20日ごろにかけてピークとなる。
  3. ※3謎に包まれた場所
    気球での観測は高度30kmが標準で、50kmが限界。一方、人工衛星での観察は、重力の関係から高度100km以下では行えない。そのため、その間の高度50~100kmの大気については観測が難しいとされている。

PROFILE

岡島 礼奈
株式会社ALE
代表取締役社長

おかじま・れな
株式会社ALE代表取締役社長。1979年、鳥取県生まれ。東京大学理学部天文学科卒業、同大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了理学博士。在学中に、サイエンスとエンターテインメントの会社を設立。ゲーム、産学連携のサービスなどを立ち上げる。JAXA宇宙オープンラボ採択。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部にて、債券投資事業、PE業務等に従事。2009年、新興国ビジネスコンサルティング会社を設立、取締役に。2011年、株式会社ALEを設立。