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Project Story

再生可能エネルギーを掘り当てる
地下2,000mへの挑戦

プロジェクト概要
地熱発電での発電出力(kW)
国内4位の山葵沢地熱発電所

「5、4、3、2、1…運開!」カウントダウンが終わると、大きな拍手とともに歓声が響き渡った。2019年5月20日深夜0時――秋田県湯沢市にある山葵沢地熱発電所(以下、山葵沢)は待ちに待った運転開始の瞬間を迎え、関係者たちは喜びに包まれた。約4年にわたって建設工事全体を手掛けていたJ-POWER地熱技術室の阿島秀司も、仲間とともに沸き上がる喜びをかみしめていた。

火山国日本には2,300万kW相当の地熱資源量があるとされているが、使用されているのは50万kW程度に過ぎない。山葵沢の出力は46,199kWで、出力1万kWを超える大規模地熱発電所の稼働は国内では23年ぶりとなった。CO2排出量が少ない再生可能エネルギーであり、ベースロード電源として安定的な発電が可能な地熱発電への期待は今後もますます高まっていくはずだ。

地熱発電は、火山などの熱源で加温され、地下深くの岩盤の割れ目の中を流れている高温の地熱流体(蒸気と熱水)を井戸を通じて取り出し、蒸気でタービンを回して発電する。発電に使い温度が下がった熱水は地下に戻し、時間をかけて地下を循環する間に再び高温の地熱流体になるため、地熱発電は再生可能エネルギーと言われている。地熱開発は、有望地の選定から運転開始まで最低でも10年程度を要する長丁場になる。地上で行う物理探査などの結果で地下の地質構造を可視化し、有望域(ターゲット)を絞りこんで、そこに向けて調査井(試し掘りの細い井戸)を掘るが、事前に設定したターゲット付近まで掘っても「当たり」の兆候がない、あるいは的中しても発電に資する高温の蒸気を得られない場合もあり、事業撤退のリスクと隣り合わせとなる。山葵沢は既に国が調査を終えて有望と評価しており、事業用の井戸の掘削と発電所建設が同時並行で進められた。「計画出力に必要な蒸気(井戸)が確保されていない中での掘削で、井戸の失敗は運転開始の遅延と直結する。プレッシャーとの戦いでした」と阿島は振り返る。

地熱発電所の運転開始までの工程
●調査(有望地の解析・評価、調査井の掘削、噴気試験や出力規模の検討)
●建設(生産井や還元井の掘削、能力評価、運用計画策定、配管・蒸気生産設備の設置、タービン・発電機の据付け)

国の意志を引き継ぎ、失敗できない重責を負って始動

国の意志を引き継ぎ、失敗できない重責を負って始動

阿島が山葵沢の担当を任されたのは2014年に遡る。最初の2年半は本店勤務、残り2年は現地に赴任して合計約4年間、地下関係を主としつつも建設現場全体のハンドリングに携わった。1994年に入社した阿島は、地熱発電の申し子のような人物だ。大学の研究室では地熱発電所の岩石サンプルを使った研究が卒論のテーマだった。その流れでJ-POWERに入社し、宮城県の鬼首地熱発電所における坑井などの地下設備に係る技術検討、新たな地熱発電所の候補地探しなどを手掛けてきた。大学の勉強や研究をそのまま活かせる場も多かったが、山葵沢の立ち上げで「研究と実践では天と地ほどの差がある」と思い知らされることになる。

最初の2年半は本店での勤務であったため、何が起きているか常に電話やメールで確認し、何か起きればすぐデータを送ってもらっていた。しかし、言葉や数字、画像での伝達には限界がある。不明確なことがあれば、すぐに秋田新幹線に飛び乗って現地に向かった。「新幹線の大曲駅から奥羽本線に乗り継ぎ、行くだけでも半日がかり。しかし、現地を実際に見て、関係者を集めてディスカッションすることで、信頼関係を築くことができ、チームとしての一体感も生まれる。地下関係のみならず、土木や財務など私の専門外の部分も横断的に手掛けていたので、自分の立場や主張だけを述べるのでなく、相手が何に困っているのかを丁寧に聞き取り、相手の土俵に乗って話すことを心掛けていました。」

常に前向きに業務に邁進していた阿島だが、最初の冬を前に大きな壁に突き当たった。「見えない地下の2,000m先を相手にしているので、全部の井戸で計画通り的中とはなかなかいきません。的中せず、計画の練り直しを余儀なくされることもあります。さらに、山葵沢地熱発電所がある地域では冬場は4~5mの積雪があるため、11月から5月上旬までは屋外の工事ができない。正直、これはきつかったです。」

思い通りの成果を得られないまま冬に入った阿島は、心穏やかではいられなかった。しかし、どんなに悩んでも雪の中で工事はできないためリカバリーに向けて戦略を練るしかない。次の工事が始まる翌年5月のGW明けまで、それぞれの専門分野の仲間を集めて何度もケーススタディを重ねて対策を講じた。「まず地下のデータを見直して、より確度の高い方策や次善の策を練り直しました。しかし、1,500m~2,000m先にある僅か数十センチ程度の岩盤の割れ目をターゲットとして狙っているため、失敗の確率は絶対にゼロにはなりません。予見される失敗を洗い出し、リカバリーのフローチャートを作りました。トラブルが起きれば工程がより厳しくなるため、並行して別の作業を進めるアプローチも考えました。」

意見を出し合う中では、色んな声が出てくる。井戸が的中しない場合のリカバリーにはいくつかの方策があり、途中まで埋め戻して別のターゲットに向けて掘り直す「サイドトラック」という工法や諦めて別の井戸を一から掘り始める方法もある。一方で、的中しない井戸があり、少ない本数の井戸になったとしても、最終的に計画出力に必要な蒸気量を確保することが重要だ。失敗してから場当たり的に対応していると手詰まりになるため、それぞれの立場の意見を集約し、フローチャートであらゆる事態を予測して、目的を達成するための判断基準を決めることで、春からの作業に備えた。

11本の井戸の掘削すべてに思い出が詰まっている

11本の井戸の掘削すべてに思い出が詰まっている

雪で工事ができない期間、阿島や仲間たちはいかにしてモチベーションを保っていたのだろう。「どうしたらいいか分からないと悩んでいる社員には、アドバイスするというよりは声をかけて話を聞き、一緒に方向性を探りました。皆で気晴らしに飲みに誘ったりすることもあり、仕事が進められないストレスを発散できるように気配りもしていました。ただ、あらゆるケースを想定して事前準備し、“これだけやってダメだったらしょうがないよね”というところまで詰めきっていたので、いい意味で開き直りもありました。そもそも建設には、多様な職種の社員が“運転開始”という同じベクトルに向けて協業します。われわれ地質職だけでなくほかの職種の人も、トラブルが起きても常に“じゃあ、どうすればいい?”“遅れた分を何とか取り戻そう”と誰もが同じ方向を見て進んでいた。誰一人諦める人はいなかったのは、チームの力なのでしょう。」

そうして春に再開した井戸の掘削では、最終的には3年で11本の坑井(生産井・還元井)を掘り、それまでに掘削されていた坑井(生産井・還元井)5本とあわせてトータルで予定通りの蒸気量・還元能力などの計画性能を確保することができた。すべてが順調で成功裏に終わったわけではないが、1本1本の坑井に阿島の思い出が詰まっている。「ターゲット付近を通過しても手ごたえがなかったのに100m先で的中した時は“わーっ”と歓声が上がったし、本店勤務時に的中の電話をうけたときは思わずガッツポーズが出ました。来客と昼食中に“サイドトラック中の井戸が的中した”と連絡が入り、顧客と喜びを分かち合ったこともいい思い出です(笑)。」

皆の力を結集し、約束期限通りの運転開始を実現

皆の力を結集し、約束期限通りの
運転開始を実現

地熱発電所建設は地下の評価や井戸の掘削が肝だが、土木・建築工事、配管設置、タービン・発電機の据付けなどの工事のため各分野の技術者が関わるほか、資金調達や地元対応も必要だ。阿島は建設現場全体をハンドリングする立場として各分野の業務内容や進捗状況を知る必要があり、「専門は深く、外縁も広く」を心掛けた。それぞれの専門家に話を聞き、対応方針をともに練っていく。各部門の作業が期限内に収斂できるようにコミュニケーションを取り、へこんでいるスタッフを励まし、困った時はすぐに相談に来られるような雰囲気作りにも注力した。そうした目配りが奏功して、トラブルや失敗が続いても職場は明るいムードに終始していた。「チーム一体となって業務にあたり、一丸となって難題に取り組む一体感、充実感は何ものにも代えがたい貴重な経験でした。」と阿島は言う。

山葵沢のプロジェクトはJ-POWER単体ではなく、三菱マテリアル株式会社、三菱ガス化学株式会社との共同出資で設立した「湯沢地熱株式会社」による事業だ。銀行から融資を受けるため、阿島は財務についても学んだ。「自分は素人だから一から教えて」と懐に飛び込んで財務や事務担当者に質問し、資金調達時の銀行との折衝法、銀行に提出する資料のまとめ方などを教えてもらった。

地熱発電には地元の温泉対応もつきものだ。温泉が枯れないか、温泉に悪影響が出ないかと不安に思われることも多いため、工事中も運転開始後も温泉のモニタリングを行う。「常に“お変わりありませんか”と地元の方とコミュニケーションをとり、濁りや温度低下など、発電所の建設・操業と関わりがないと思われても、少しでも不安だという声を聞いたら、ほかのどんな仕事も差し置いて私がすぐに駆けつけました。」地元との関係が良好であればこそ、安心して事業を継続することができる。不安の声が出たときは温泉を持ち帰り、成分分析して報告するなど、一つ一つの積み重ねで地元との信頼関係を築けたことも阿島の財産であり大切な思い出になっている。

「皆の力を結集し、ベストを尽くした結果、無事に計画通りのスケジュールで運転開始を迎えることができました」と阿島は晴れやかな表情で当時に思いをはせる。

次代に引き継ぎながら息長く事業を拡げていきたい

山葵沢は運転開始後も運転データを元にした現状評価や課題への対応を検討しながら、順調に運用を続けている。そしてJ-POWERは現在、鬼首地熱発電所のリプレースに向けた工事の真っ最中だ。

「地熱発電は、成功が約束されたプロジェクトではなく、開発期間も長いため、チャレンジングな事業。しかし、CO2排出量が少ない純国産の再生可能エネルギーであり、エネルギーのベストミックスの一翼を担うものとしてJ-POWER内でも期待が高まっています。開発が軌道に乗れば、会社の利益になるだけでなく、地球環境にも社会にも貢献できる。地熱の灯を次代以降にも引き継ぎながら、息長く事業を続け、少しずつでも拡げていきたいですね。」

阿島 秀司
阿島 秀司
火力エネルギー部地熱技術室
理学部地学科
1994年卒業

地熱発電所の岩石サンプルを使った地熱発電の研究が大学時代の卒論テーマだった。入社後はJ-POWER本店での勤務や他機関への出向を経験。2014年より再び地熱技術室に配属になり、山葵沢地熱発電所の立ち上げ・建設に携わる。現在は山葵沢地熱発電所の地下設備の運用管理、トラブル時の分析や対応、鬼首地熱発電所のリプレース工事の推進などにあたっている。