日本再生に向けて考慮すべき日本社会の現状認識
寺島 実郎
Global Headline
『21世紀未来圏 日本再生の構想――全体知と時代認識』を岩波書店から上梓した。日本再生のためにどうすればよいかを考察した書籍であり、詳しくは本書を読んでいただきたいが、今回はその前提となる現代日本をどのように認識すべきかについて触れておきたい。
今世紀の始まる前年2000年と昨年2023年を比較したデータによると、新聞発行部数や書店数、書籍や雑誌の販売金額が激減している。新聞(一般紙)が4,740万部→2,667万部と4割以上の減少、書店数は2万1,495店→8,169店と半分以下に、書籍の販売金額は4割減、雑誌に至っては7割減となっている。部数や売り上げが減少しただけではなく、記事内容も写真やイラストに簡単な文章が添えられただけのような安易なものが増え、活字文化の衰退を印象づけられる。いうまでもなく、活字を読むことは思考回路の錬磨であり、知の基盤の構築には必要不可欠のことだ。
活字だけではない。テレビ文化もまた劣化の道を歩んでいる。お笑い、街歩き、食レポ、クイズといったお金を掛けずに視聴率を稼ごうとするような番組が増え、問題意識や議論を深めるような番組は少ない。「思考の外部化」に拍車をかけるもので、考えずに生きることへの傾斜が見られる。活字やテレビに見られるこうした現象は、日本人が思考を錬磨する機会を急激に失っていることを意味する。
一方でAIの登場によって、人は非人間的労働から解放され、もっと創造的な作業に従事できるとされてきた。だが、そのような苦役から解放された人がその時間を何に使っているのかを調べてみると、多くの人がゲームやアニメ、漫画というコンテンツに使っているという事実もある。いわば、フェイクと言われる世界に時間を使っているのだ。クリエイティブな活動に使えるとされ、人間の創造性をサポートすると期待される生成AIは、それを使いこなすには課題設定力が必要であり、課題解決のための「疑問」を組み立てるプロセスが重要だ。
今、我々はフェイクとリアルの交錯する世界にいる。人間を「苦役としての労働」から解放するために開発されたコンピューター、冷戦後の軍事技術を民生転換して生まれたインターネット、それを活用したIT革命やDX時代へと社会は進化してきたはずだが、人類の生活は本当に創造性の高いものになっているだろうか。人間としての価値は守られているだろうか。
明治維新以降、富国強兵の掛け声のもと、教育に力を入れ、「坂の上の雲」を目指して、輝かしい未来に希望を持って歩んできた日本。そして今、あらためて戦後日本人の叡智が問われている。
(2024年6月3日取材)
PROFILE
寺島 実郎
てらしま・じつろう
一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『21世紀未来圏 日本再生の構想──全体知と時代認識』(2024年、岩波書店)、『ダビデの星を見つめて 体験的ユダヤ・ネットワーク論』(2022年、NHK出版)、『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)など多数。メディア出演も多数。
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