ひとはなぜ戦争をするのか 知の巨人たちの往復書簡からの考察
寺島 実郎
Global Headline
年頭にあたり、昨年をふり返るならば「2023年は戦争の年だった」と総括せざるを得ない。東ヨーロッパでウクライナ戦争が続く中、中東ではハマスとイスラエルの戦闘が起き、世界は2つの戦争に直面することになった。
そこで今回取り上げたいのは、今から90年以上も前の1932年夏に、アインシュタインとフロイトが「ひとはなぜ戦争をするのか」というテーマで往復書簡を交わしていたことだ。
相対性理論で有名な物理学者アインシュタインと、精神分析で有名な心理学者フロイト――この20世紀を代表する2つの知性(2人ともユダヤ人)が、なぜ、このようなテーマで往復書簡を交わしたのか。それは第1次世界大戦後に発足した国際連盟が、アインシュタインに対し、「最も大事だと思う問題について、最も意見交換したい相手と書簡を交わす」ことを要請したからだ。そして、アインシュタインが提起したテーマが「人間を戦争というくびきから解き放つことができるのか」であり、相手として選んだのがフロイトだった。
この往復書簡において、アインシュタインは平和を実現するために国家を規制する制度設計の必要性を語っている。一方のフロイトは、人間には2つの欲望が潜在・対立していると語る。一つは愛(エロス)であり、もう一つは攻撃本能だ。その上で、攻撃本能を抑制するものとして、フロイトは「文化力」をあげ、知性によって文化の発展を促せば、人間の付加価値に対するリスペクトが生まれ、他者に対する共感や配慮が高まり、戦争の終焉に歩み出すことができると語る。このフロイトの結論には「そんな夢物語のようなことで問題は解決しない」と違和感を覚える人も多いかもしれない。
実は、この書簡が交わされた翌年にはヒトラーによるナチス政権がドイツに誕生し、その後アインシュタインは米国に、フロイトは英国に亡命することになる。
ユダヤ人は、ローマ帝国時代に中東から追放され、世界各地に離散した民族だ。ナチスドイツによるホロコーストが有名だが、移住した世界各地でユダヤ人は迫害に遭い、多くの辛酸をなめてきた。そのユダヤ人が第2次世界大戦後の1948年に、当時英国が委任統治していたパレスチナに「ユダヤ人の国」として建国したのがイスラエルだ。2000年近くもの間、苦難の道を歩みながら、その知性と合理性によって生き延びてきた民族が、自分たちが力を持ち、圧倒的優位に立った時に、先住民であるパレスチナ人たちに対し、あれほどまでに残酷で残虐な行為を行えるのはなぜなのか。フロイトのいう「文化力」について、もう一度噛みしめてみる必要があるだろう。
(2023年11月29日取材)
PROFILE
寺島 実郎
てらしま・じつろう
一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ダビデの星を見つめて 体験的ユダヤ・ネットワーク論』(2022年、NHK出版)、『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)など多数。メディア出演も多数。
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