「地上の太陽」をこの手に! 核融合エネルギーで変わる世界
菅野 等×長尾 昂

Global Vision

J-POWER社長

菅野 等

京都フュージョニアリング株式会社CEO

長尾 昂

究極的なエネルギーソリューション「核融合」の技術確立や社会実装を視野に収め、電力供給、脱炭素化、産業再生など地球規模の課題に挑む、京都フュージョニアリング株式会社。

この気鋭のスタートアップにJ-POWERも出資を決めたが、その創業者にしてForbes JAPAN主催の「今年の100人」(2021年)にも選出された長尾昂氏に、胸の内を尋ねた。

燃料1グラムから、石油8トン分のエネルギー

菅野  核融合といえば、海水から無尽蔵のエネルギーを取り出せる「夢のエネルギー」と期待されている革新的技術です。その夢を現実にするべく果敢にチャレンジしておられるのが長尾さんの会社・京都フュージョニアリング株式会社ですけれども、本題に入る前に核融合の技術面を説明していただけますか。

長尾 原理的には、超高圧・超高温の環境下で水素原子同士が結合する際に膨大なエネルギーが放出される反応を指し、太陽を輝かせているエネルギー源と同じなので、よく「地上の太陽」に例えられます。海水から燃料を取り出せるほか、「原理的に危険性が少ない」、「高レベル放射性廃棄物を生成しない」、「温室効果ガスを排出しない」など多くのメリットをもつ究極のエネルギー源として、今や世界的に注目を集め、名だたる実業家が投資している領域です。

菅野 「核融合」という文字面からか、核分裂のメカニズムを利用する「原子力」とよく混同されますが、技術的にはまったく別物ですね。

長尾 はい。核融合では燃料となる水素同位体を海水中から取り出し、それを核融合炉の中で1.5億℃まで熱するなどして、超高温のプラズマ核融合反応を引き起こします。これにより、燃料1グラムから石油8トン分に相当する熱エネルギーが生成可能とされています。そうした超高効率の核融合技術をいち早く確立し、社会実装するために各国の公的機関や民間企業などがしのぎを削っています。

菅野 公的な取り組みの代表格が国際熱核融合実験炉(ITER(イーター))ですね。今年7月、ITER機構がフランスに建設中の実験炉で2025年からの運転開始を予定していたものの、参加国が供出する部品の一部に不具合が見つかり、2年以上先送りされるというニュースが伝わりました。これを聞いて残念に思う半面、意外に実用化が近いと感じた人も少なくないと思います。

長尾 おっしゃる通り、ITER計画では2035年までに核融合発電にも着手する予定で、多少のずれ込みがあるにせよ、ITERの成功なくして核融合の未来はないと私は評価しています。その一方で、公的機関の場合はスピード感よりも着実な成果を積み上げていくことが求められます。その点、スタートアップ(先進的な技術やアイデアを強みにビジネスモデル創出に挑戦する企業)ではチャレンジングな行動原理が働き、むしろ達成時期を前倒ししようとする傾向があります。

菅野  公的機関のようなパブリックな推進者とスタートアップが両輪としてあり、その中間に我々のようなインフラを生業とする既存企業が位置するのだろうと思います。要はそれぞれの役割に応じて動き、互いに刺激し合って物事を推し進めていくことが大切なのでしょうね。

長尾 今まさにエネルギー業界を横断して、核融合の領域に多種多様なプレーヤーが参画し、協働したり競い合ったりするフェイズに入ったという実感があります。特に電気事業者の皆さんには、電力供給を通じて長く社会を支えてきた実績から得た経験値や技術的評価などを、我々にも授けてくださればと願っています。

核融合炉の内部にプラズマ状態をつくるのに必要なプラズマ加熱システム「ジャイロトロン」。世界に通用する日本発祥の技術の一つだ。

エネルギーミックスに核融合を取り込む意義

菅野 話は遡りますが、そもそも長尾さんが核融合の世界へ身を投じるに至った経緯はどのようなことだったのでしょう。

長尾 幼い頃からの科学好きが高じて、大学でロケットづくりや核融合のイロハを学んだものの、エンジニアのセンスは持ち合わせていないと悟りました。むしろ経営工学や品質工学に惹かれて、卒業後はコンサルティングファームとエネルギーのスタートアップに在籍しました。特に後者はスマートグリッドの普及促進など分散型エネルギー社会に貢献する業務が中心で、その仕事に打ち込む中で、自ら起業するならエネルギー供給の根幹を担う大規模電源にフォーカスしたいと思ったのです。

菅野 科学好きで好奇心旺盛な少年が夢を膨らませ、社会に目を向けつつ大志を抱いて、我々と同じエネルギー産業にプレーヤーとして参画した。実に素晴らしいことです。

長尾 そのエネルギー分野でこそ躍動するスタートアップとは何かと、自分の目指すべき世界観を思い描いた時期に、母校の京都大学つながりで核融合研究の第一人者である小西哲之教授の知己を得て、共同創業者に迎える幸運にも恵まれました。それが今から4年前のことです。

菅野 今後のエネルギー問題を見通して、核分裂型の原子力利用にとどまらず、核融合技術を確立してエネルギーミックスの一翼を担わせるべきだと判断されたのでしょうか。

長尾 先々、長い時間軸の中で日本のエネルギーミックスは状況に応じて少しずつ変えていく必要があると思います。とはいえ現状、我々が保持しているエネルギーソリューションの何はよくて、何はだめなどと軽々には決められません。そうした局面で、究極的なエネルギーソリューションとして期待される核融合を新たな選択肢の一つに加えておくことで、エネルギー問題の解決に貢献できると考えるに至ったのです。

菅野 電気事業においても新しいテクノロジーが社会実装される際には、世間の認知との間にある種の乖離が生じがちです。多種多様な電源を確保する上で不可欠な火力や原子力のみならず、風力や太陽光といった再生可能エネルギーでさえ賛否両論がわき起こります。ことに福島での原子力発電所の事故以降、原子力への反対が強まっていますが、保持しておく必要があると事業者の一員として考えています。

長尾 なかなか難しい問題ではありますけれども、仮に将来、核融合発電が電源の一つに組み込まれるに際して私が利点として感じているのは、こと安全性に関して、危険性が少ない点です。冒頭にも述べたように、発電時に高レベル放射性廃棄物が発生しないうえ、万一の場合にも構造上、メルトダウンを引き起こす心配がありません。そのうえ、温室効果ガスも排出しないのですから、低炭素社会への移行や気候変動問題の解決に直接的に寄与する、いわゆる「気候テック」の重要なオプションにもなり得ると期待しています。

核融合発電の統合試験プラント「UNITY」。2024年中にも世界初となる試験運転に挑む。

ファーストペンギンに徹し核融合産業を築きたい

菅野 つまり核融合技術の社会実装によって、人類は安全面での優位性に加え、環境面でもカーボンニュートラルをぐっと引き寄せる技術を手に入れることになると。その実現へ向けて、長尾さんの会社では具体的にどんなアプローチをしていますか。

長尾 大学発のスタートアップなので基礎的な研究・開発は当然として、核融合炉などのプラントエンジニアリング技術を突き詰めるとともに、生成された熱エネルギーの利用法として核融合発電の早期実現、空気中のCO2の回収や固定化、水素ガス生成といった技術の開発にも取り組んでいるところです。さらには、そうした技術的成果の商用化、産業化にも強いこだわりを持っています。

菅野 それらは我々J-POWERがカーボンニュートラルと水素社会の実現に向けて掲げた「J-POWER “BLUE MISSION 2050”」とも重なります。CO2の分離回収・貯留技術や、CO2フリーの水素の活用などを目標達成へのキーテクノロジーに位置づけています。

長尾 J-POWERのような歴史も実績もある企業と同じ方向性を持ち、ビジョンや戦略を共有できるのはスタートアップにとって幸甚であり、極めて重要でもあります。しかも今回、我々の事業に出資していただけたこともあり、この先10年、20年と、より深いパートナーシップを築いていけたらと願うばかりです。

菅野 正直に言いますと、電力の世界では「核融合の実現はずっと先」という見方が一般的で、その殻を破ってくれた一つが長尾さんのプロジェクトだったのです。我々も大いに刺激を受け、核融合に関する時間軸が変わったのだと気づかされました。

長尾 私が「核融合の商用化、産業化」にこだわる理由がそこにあって、どう逆立ちしても自分の会社だけで産業をつくり出せるわけがありません。ならば、自らファーストペンギンになって衆目を集め、志を同じくする理解者と出会い、サポーターの輪を大きく広げることで初めて「核融合産業」の基盤ができる。ときには無茶なことを言ったり、無謀な部分があったりするかもしれないが、成果を信じて動き続けようと覚悟を決めたつもりです。

菅野 確かにある種、無謀と思われる行動をしないと突破できない局面というのがありますね。特に若い世代の人たちに突破してほしいと期待をかけていますが、せめて我々の世代は勇気ある突破者の邪魔をしないよう心掛けねばなりません。

変わらぬ企業理念と更新される企業文化

長尾 ひとつ提案がありまして、ここでスイッチを切り替え、私から質問させていただいてもよろしいですか。
ここ最近、J-POWERはエネルギー分野に限らず、様々な領域のスタートアップを積極的に支援しておられます。そうした投資先や提携先を見つける選定基準はあるのでしょうか。

菅野 確かに水資源開発とかごみ処理、宇宙ロボットといった投資先は、J-POWERの本業とは縁が薄そうに映るかもしれません。しかし、そこが目の付けどころで、スタートアップとのネットワーク拡大を通じて業容を拡張し、新事業の創出につなげることを目標に、「社会インフラ」という大きな括りに帰着する案件を選んでいるつもりです。言い方を換えると、J-POWERの経営資源が生かせて、企業文化にも親和性があることが条件になるかと思います。

長尾 その企業文化を、端的に表現するとどんな感じになりますか。

菅野 J-POWERは社会貢献がしたくて入社した人間の集まりであると、私は感じています。これは元々当社が、日本の高度成長期の電力不足を補うために設立された特殊法人であったことに由来して、元来、パブリック志向の強さを持ち味にしていました。それが20年ほど前に民営化され、近年の電力自由化の中で、意図して営利企業志向を強化する必要に迫られてきました。さきほどの長尾さんの言葉を借りれば、エネルギー業界の垣根を越えて企業間で協働したり競い合ったりするフェイズに我々も身を投じ、企業文化を更新していくのだと思います。

長尾 その決意表明ともとれる「企業理念」を、御社は掲げられておられますね。

菅野 ええ。「わたしたちは人々の求めるエネルギーを不断に提供し、日本と世界の持続可能な発展に貢献する」という理念です。社会に対する我々の責務はいつの世も変わらない。しかし、その方法は時代の変化をとらえて柔軟に、かつ大胆にアップデートしていく必要があるということです。
と同時に、私は経営者の責任として、金融市場や資本市場から評価してもらうべく、自社が社会インフラとしてのエネルギー供給を行う企業として前進している姿をアピールすることも重要だと考えます。長尾さんの気宇壮大なプロジェクトに少し顔を出させていただくこと自体、そうした試みの一つであるのも事実です。

地球規模の課題解決に核融合が大きく貢献しうる

長尾 実は今、我々の会社が取り組んでいるのは、海水から膨大な熱エネルギーを取り出すのに必要な核融合プラント機器の開発です。このプラントが完成すれば、CO2フリーの熱源を無尽蔵に手に入れられますから、それで電気を起こし、水素や液体燃料をつくり、大気中のCO2を回収・固定するのも実現へのハードルが下がる。つまり、限りある資源に依存せずとも、技術でエネルギーをつくり出せるというパラダイムシフトを私は起こしたいのです。

菅野 核融合発電の実現見通しのみならず、資源、エネルギー、環境といった地球規模の課題解決に、核融合技術が多大に貢献しうるという目算を立てておられるのですね。

長尾 もう少し人間生活に引き寄せて言うと、核融合でエネルギー価格を格段に引き下げられれば、電気代などが安くなります。それによって貧困や格差を是正し、植物工場をたくさんつくって食糧難を解消し、海水を淡水に変えて水不足に終止符も打てる……そんなユートピアを思い描いています。

菅野 長尾さんが構想される核融合産業の裾野の広さを、現実感をもってイメージできる気がします。

長尾 もはや核融合実現への機は熟しています。日本の核融合に関する研究・開発力は世界でもトップレベルですし、今まさに「地上の太陽」を現実のものにする開発競争が世界で、官民をあげて激しさを増す中、この好機を逃せば日本は瞬く間に置き去りにされかねません。

菅野 国策として本腰を入れたら、大きな推進力になるでしょうね。

長尾 資源に乏しい日本だからこそ「地上の太陽」を手に入れるべきだし、長い時間軸で見て、持続可能な産業をつくることも必須事項です。核融合産業を創出すればその2つが同時にかないます。ぜひ日本の技術産業基盤をベースにして、この分野に集中投資する体力があるうちに国策化することを切に願っています。
私から最後に申し添えたいのは、そう遠くない将来、核融合パイロットプラントの第1号機が世界のどこの国で稼働するにせよ、その中にしっかりと日本の技術や製品が組み込まれている。そういう業界環境を整えておくことが、私自身のミッションと心得ています。

菅野 お話を伺ってきて、核融合技術の持つ可能性の大きさと、思った以上に時間軸が進んでいることを再認識しました。

長尾 単独で実現できるプロジェクトではありませんので、ぜひ今後ともご助力を賜りたいと思います。

菅野 こちらこそ、大いに期待していますし、首尾よく突破してくれたら真っ先についていく所存です。

(2023年8月17日実施)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

核融合炉のイメージと京都フュージョニアリングの事業領域

京都フュージョニアリングは核融合プラント関連装置・システムの研究開発およびプラントエンジニアリングを事業とする。核融合反応を起こすために必要不可欠なプラズマを加熱するジャイロトロンシステムをはじめ、核融合反応により発生するエネルギーから熱を取り出し発電につなげていく熱サイクルシステム、炉心プラズマへの安定かつ安全な燃料供給を行う燃料サイクルシステムの開発、そしてそれらの全体設計を行うプラントエンジニアリングに高い技術力を保有している。

中央に円で表示されている「DT Plasma」で核融合反応が起こり、燃料1グラムを注ぎ入れると石油8トン分に相当する熱エネルギーが取り出せると言われる。

PROFILE

長尾 昂(ながお・たか)

京都フュージョニアリング株式会社CEO。2007年、京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を修了後、コンサルティングファームのArthur D. Little Japanに入社。製造業やインフラ企業に対する新規事業創出、イノベーション戦略策定などに従事。2010年、エネルギースタートアップの株式会社エナリスに移り、主に資本業務提携や中期経営計画立案などを担当。2013年には同社のマザーズ上場を牽引する。2019年、京都フュージョニアリング株式会社を設立。ラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立ち上げ、戦略立案、資金調達、人材採用などを通じて世界規模の「核融合産業」の確立を目指している。