奥只見の自然から学ぶ水力発電と森の繫がり
~新潟県魚沼市・福島県檜枝岐村と奥只見発電所を訪ねて~
藤岡 陽子

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奥只見ダム。ダムの高さ157m は重力式コンクリートダムでは日本一。発電所の最大発電出力56万kW も一般水力発電では日本一の規模。

J-POWER主催の「エコ×エネ体験ツアー水力編@奥只見学生ツアー2023」に参加するため、新潟県魚沼市を訪れた。全国から集まった27名の大学生たちと、環境とエネルギーの繋がりを学ぶ旅に出た。

作家 藤岡陽子/ 写真家 竹本 りか

エコ×エネ体験プロジェクト 27名の学生たちと学ぶ

夏の陽射しはまだまだ強く、蝉の鳴き声も旺盛な8月29日。27名の学生たちとともに、新潟県南魚沼市にある浦佐駅に集合した。「エコ×エネ体験ツアー水力編」のツアーは2009年に始まり、コロナ禍の影響で中止された2020年を除き、毎年開催されてきたという。2021年と2022年はオンラインで実施され、今年は4年ぶりの対面、14回目の開催となった。
まず目指したのは、銀山平キャンプ場。銀山平は阿賀野川水系の只見川、北ノ又川の上流に位置し、これから3日間、活動の拠点となる。
標高約800mの銀山平までは奥只見シルバーラインを抜けていくのだが、この道路は全長22kmのうち18kmがトンネルで、どこか異世界へ続くような幽玄的な空気感が旅への期待を募らせる。
銀山平キャンプ場の管理棟で弁当を食べた後は、遊覧船に乗って奥只見ダムへと移動した。
船のエンジン音、波しぶき、そして学生たちの楽しげな話し声……。
深緑色の奥只見湖を照らす太陽は眩しく、でも船上に届く風は涼やかで、ほんの少しだけ秋の訪れを感じさせる。
遊覧船の船長が「今回だけ特別に」とダムに接近してくれて、満水の位置を示す白線を確認した。

日本一の規模を誇る巨大施設 奥只見発電所とダムを見学

学生たちに水力発電の仕組みを説明する伊藤館長。
発電機が設置された発電所内の様子。
ダムの下から高さ157m の天端を見上げる。巨大ダムの迫力に圧倒された。

ツアー1日目は奥只見発電所と奥只見ダムを訪れ、川内功所長と伊藤俊樹電力館長に案内していただいた。
「ダムの高さは157mあって、重力式コンクリートダムでは日本一です。貯水量は約6億m3で日本で2番目になります。そのうち、発電に使用できる有効貯水量は4億6000m3。発電所の最大発電出力は56万kW、こちらも一般水力発電では日本一の規模となります」
巨大なダムを目前に眺めながら聞く伊藤館長の説明に、学生たちは真剣な表情を浮かべ、目を見開きながら頷く。発電所もダムもいまから63年前、1960年につくられたものだが、当時の技術の高さに圧倒される。
ダムの頂上にあたる天端からエレベーターに乗って、139m降り、連絡通路に到達した。外はあれほど暑かったのに、ここまでくると気温はぐっと低くなる。連絡通路はダムの水深150m付近となり、一年を通して10℃から12℃を保っているという。
伊藤館長が連絡通路の端にある水路の蓋を外し、中を流れる水に触れるよう促すと、
「うわっ。冷たい!」
という歓声が薄暗い通路内に響きわたった。
発電所内では発電機の外側に手を当てて振動を確認したり、普段は入ることができない機材の搬入路や搬入口をすぐ近くで見たり、貴重な体験をさせていただく。
「水力発電の現状はいま見学した通りです。でもこれがベストだとは限らない。この先みなさんがよりよい水力発電の方法を発明してくれることを期待しています」
と話す伊藤館長の言葉に、その場にいた学生たちの眼差しに力がこもる。
搬入路から外に出て、ダムの真下に立ってはるか上方に目をやれば、天端を歩く人々の姿が空を飛ぶ鳥よりも小さく見えた。

奥只見シルバーライン。全長22kmのうち18kmを19のトンネルで繫ぐ。
約6億m3の貯水容量を誇る奥只見ダム。
奥只見発電所とダムを見学する学生たち。
ダムの出入口に続く階段。
発電機カバーに触れて振動を確かめる著者。
ダムの天端から枯葉を落とし、上昇気流を感じる。
発電所の開閉所に設置された遮断器。家庭の漏電ブレーカーのような役割をしている。
開閉所を見学する著者(右)と川内所長。

奥只見発電所
発電出力:56万kW
運転開始:1960年12月
所在地:福島県檜枝岐村

健全な森が地下水を生む水力発電との深い繋がり

森の体験プログラムに参加するため、尾瀬三郎像の前に集合する。尾瀬三郎は魚沼地方に残る物語の主人公。

ツアー2日目は、銀山平キャンプ場から続くブナの森へと入る、森の体験プログラムに参加した。
触ってはいけない漆の葉についての注意を受けた後は、いよいよ森の中へ。葉の匂いを嗅ぎ、倒木の幹にモグラが開けた穴を見つけ、未来の森をつくるブナの若木を踏まないように歩く。
「みなさん、好きなブナを見つけて寝転んでみてください」
というガイドの声を合図に、学生たちが森の中へと散っていった。
その場にいた全員が自分のお気に入りの一本を見つけ、静かにその身をゆだねる。
気温は高いけれど樹木の影は涼しくて、目を閉じると川のせせらぎが聞こえてくる。
ブナを抱いての休息の後は、スタッフの指導のもとで「健全な森」と「荒れた森」の違いを知る実験を行った。
「健全な森」の豊かな土壌は、降った雨をゆっくりと滲み込ませ、清らかな地下水をつくる。一方「荒れた森」には雨を受け止める力がなく、土砂を削るようにして水が流れてしまう。
ダムの周りに「健全な森」があることで、雨水は清らかな地下水となって川に注いでいく。そしてその川が水力発電の源になっていることを学ぶ。
「水力発電は、人工のダムと森のダムによって成り立っています。電気を大事に使うことは、森を大切にすることでもあるんですよ」
講師の言葉に、1日目に見学した奥只見ダムと森とが深く関係していることを知る。
木漏れ日の中で車座になって行われたディスカッションでは、学生たちがいまこの瞬間に感じている気持ちを漢字一字で表現した。快、聴、生、陽、穏、活、共、家、清、楽……。なんとも心地の良い文字が口々に告げられ、タイから来た留学生は「Fresh」と微笑んだ。
私はというと、頭の中に「然」という漢字を浮かべていた。
「その通り」という意味の「然」。私たちの暮らしの源であるエネルギーは、自然から生まれている。自然を守ることは人の暮らしを守ること、然り。

葉をちぎってモビールをつくる。
太陽の光に透かして一番きれいな葉で勝負する。
3種類の葉を集めて葉っぱじゃんけんをする。
講師による「健全な森」と「荒れた森」の実験で、多くの学びを得た。
ブナの幹は水分をたくさん含んでいるのでひんやりとしている。
ブナは根本が曲がっているので、それに沿って横になる。
いまこの瞬間に感じていることを漢字一文字で発表する。
学生たちと一緒に著者も雨乞いダンス。

持続可能な社会の実現へ 自分たちは何をすべきか

最終日となる3日目は、エコ×エネ体験ツアーのまとめとして、「持続可能な社会を実現するため、自分たちができること」について意見を出し合う時間を持った。
難しいテーマなので答えを出すのは大変だろうと心配していたのだが、学生たちは怯むことなく真剣に話し合う。そしてそれぞれ似た考えを持つ者同士がグループになり、意見をまとめて発表した。
「教育が一つの解。必要なのは意識改革」
「自分の専門性を極め、環境に関する考えを持つ」
「思いを人に伝えていくことで、その先が繫がる」
「問題が起こった時に正せる力が必要。問題意識を共有して、自分ごととして行動する」
「環境に関心を持つ人が増えれば、それが当たり前になるのではないか。森人間を増やしたい」
「エコフレンドリー。環境問題に国境をつくらず、外国と協力し合う」
環境とエネルギー。
どちらも果てしなく大きなテーマであり、いまある課題を解決する策など、そうたやすく見つかるものではない。でもだからこそ模索し続けなくてはいけないのだと、全力で討論する学生たちを見ていて考えさせられた。
実はスケジュールの合間に、私だけ単独で奥只見発電所を訪れ、ツアーでは回らなかった開閉所の見学をさせてもらった。その際に今回のツアーに懸ける思いを川内所長に尋ねたところ、
「奥只見のすばらしい大自然、シルバーラインのトンネルを抜けてぱっと広がる景色を見てほしい。次の世代に、自然と触れ合う機会を持ってもらいたいんです」
という答えをいただいた。
環境を守りたいという気持ちは、自然を好きになることから生まれる。それが「持続可能な社会を実現する」ためのスタート地点だということを川内所長の言葉に気づかされた。
私たち大人がいまできることは、森に生まれた若木を敬意をもって育むこと。今回のプロジェクトは未来を担う若者たちを育成する企画であると同時に、私たち世代が自身の役割を見つめ直す場でもあると感じた。
大切なことを改めて教えてくれたツアーに、心から感謝をしたい。
3日間、ありがとうございました――。

それぞれの今後の目標を葉の形の紙に書いて掲げる。
持続可能な社会をつくるためには、と真剣な眼差し。
限られた時間内で行われたグループ発表。
グループごとに考えをまとめ、プレゼンの資料をつくる。
自分たちの目指す社会を限られた時間内で討議。
光る山々を背景に、奥只見電力館の前で記念撮影。
またいつか会おう! 最終日も和気あいあい。
みんなで食べる最後の食事は、名物ダムカレー。
発表会は笑いあり、学びあり、感動あり。

Focus on SCENE 秘境にたたずむ人造湖

銀山湖(奥只見湖)がある只見川は、尾瀬沼を源流とし、新潟県、福島県を流れて阿賀川に合流し、その後日本海に注ぐ。1960年に完成した奥只見ダムによって川がせき止められてできた人造湖で、貯水量は約6億m3、そのうち発電に使用できる有効貯水量は4億6000m3で、日本で2番目。発電所の最大発電出力56万kW は、一般水力発電としては現在でも日本一だ。湖周辺の山々にはブナの原生林が広がり、秋には、ブナやモミジが色づいて、湖面に美しく映える。「日本紅葉の名所100選」(日本観光協会選定)に選ばれている紅葉スポットだ。

文/豊岡 昭彦

写真 / 竹本りか

PROFILE

藤岡 陽子 ふじおか ようこ

報知新聞社にスポーツ記者として勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年、『いつまでも白い羽根』で作家に。最新刊は『リラの花咲くけものみち』。その他の著書に『満天のゴール』、『おしょりん』など。京都在住。