グローバリズムとナショナリズムの交錯と結節
寺島 実郎

Global Headline

コロナ禍の3年半とロシアによるウクライナ侵攻開始から550日が経過した今、世界をどのように捉えればよいのだろうか。

思えば、1989年の東西冷戦終結以降は、「グローバリズム」こそが世界の潮流だったといえる。ヒト、モノ、カネ、文化、情報が国境を越えて自由に行き交うことで世界は動くという認識で、新自由主義に代表される「マーケットメカニズムが物事を決める」という思想が根底にあった。この流れを大きく変えたのがコロナ禍とウクライナ戦争だ。

コロナ禍では、人が移動するとウイルスも一緒に移動するため、国境を封鎖するという力学が生まれ、県境を越える移動制限さえも行われた。

ウクライナ戦争では、プーチン大統領による大ロシア主義と民族宗教化したロシア正教が侵攻の背景にあり、これはロシアにおけるナショナリズムの台頭そのものだ。しかし、ナショナリズムの台頭はロシアだけに限ったことではない。ウクライナ戦争に反対する米国でも、トランプ元大統領に代表される「アメリカファースト」という主張があり、国民の約半数がこれを支持しているし、習近平国家主席の中国も「中華民族の偉大な復興」を掲げている。さらにはグローバルサウスの代表と自負するインドがヒンドゥー至上主義に傾倒していることにも注目しておかねばならない。

だが、これらナショナリズムの台頭の動きが昔のクローズドなナショナリズムに回帰しているのかといえば、そういうわけでもない。世界はグローバリズムという大きな潮流の中にありながら、各所で複雑骨折を起こしているのが実態だ。

複雑骨折の一つ、グローバリズムの影の部分といえるのが、「格差と貧困」が拡大していることだ。例えば、少年たちの憧れである大谷翔平選手のように、実力さえあれば自国を飛び出し、大リーグで日本のプロ野球選手の10倍、100倍という報酬を得ることができるという世界が存在すると同時に、グローバルな仕組みがまだ整っていないスポーツでは、生活苦の中で必死にそのスポーツを守っている人たちもいる。グローバリズムの影の部分が明らかとなり、新局面を迎えているといっていいだろう。

米国のビッグテック5社の時価総額が日本株全体の時価総額を上回るようなことが起こっており、日本は世界の成長から取り残されているのが現実だ。

戦後、米国追従で進んできた日本はこれからどうしていくべきなのか。単純な一極集中でも二極対立でもない全員参加型の世界秩序の中で、日本がどのような立ち位置を築いていくのか。その構想力が問われている。

(2023年8月29日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ダビデの星を見つめて 体験的ユダヤ・ネットワーク論』(2022年、NHK出版)、『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)など多数。メディア出演も多数。
TOKYO MXテレビ(地上波9ch)で毎月第3日曜日11:00〜11:55に『寺島実郎の世界を知る力』、隔月第4日曜日11:00〜11:55に『寺島実郎の世界を知る力ー対談篇 時代との対話』を放送中です(見逃し配信をご覧になりたい場合は、こちらにアクセスしてください)。