次世代太陽電池で街全体を発電所に
宮坂 力

Opinion File

中国製のペロブスカイト太陽電池を手にする宮坂教授。実用化と量産体制では中国が一歩先を行く。

全世界が注目するペロブスカイト太陽電池

「ペロブスカイト太陽電池について日本が強みを持つ技術や材料を活かし、2030年までに社会実装を目指します」

4月4日の関係閣僚会議で岸田文雄首相はそう発言し、政府として次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」の実用化を後押しする姿勢を明らかにした。その翌週、札幌で開かれたG7気候・エネルギー・環境大臣会合(西村康稔経済産業大臣らが参加)の共同声明においてもペロブスカイト太陽電池について言及され、浮体式洋上風力発電や波力発電(※1)と並ぶ革新技術として、「国際協調のもとで開発を推進する」などと記された。

ペロブスカイト太陽電池は、現在普及しているパネル型の太陽電池よりも格段に薄くて軽く、フイルム状にして曲げられるなどの特長を持つことから広範囲に及ぶ用途が期待され、次世代エネルギーの担い手として世界的に注目されている存在だ。

マーケット調査会社・株式会社富士経済の調べによると、すでに一部で商用化されているものの、参入メーカーの大半が実証段階にあり、量産が本格化するのは2020年代半ばとみられるとのこと。ペロブスカイト太陽電池の市場規模は現状、世界で300億円を超える程度だが、2035年には1兆円に達すると目されている。

そうとわかってニュースを見ると、関連する話題が最近になってよく報じられていることに気づく。例えば、8月の日本経済新聞の見出しから拾ってみた。

・積水化学「曲がる太陽電池」30年までに量産 中国勢追う(17日)

・中国新興、曲げられるペロブスカイト太陽電池を量産化(24日)

・窓や壁と一体の太陽光発電 環境省が設置補助導入へ(29日)

・パナHD、貼る太陽電池に参入 窓ガラス向け28年までに(31日)

一体どんなお宝なのか。ペロブスカイト太陽電池の生みの親として知られ、将来のノーベル化学賞候補ともささやかれる桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授(東京大学先端科学技術研究センター・フェロー)のもとを訪ねた。

薄くて軽くて曲げられる雨の日でも発電可能

「温度・湿度・濃度など微妙な調整技術を要する化学プロセスは日本のお家芸。原料のヨウ素も純国産で賄えるので、ペロブスカイト太陽電池の社会実装における日本の優位性は高い」と宮坂教授は話す。

「ペロブスカイトというのは、物質名ではなく、結晶構造の名前です。もともとは1839年にロシアで発見された鉱石の名が由来で、それを分析したところ強誘電性を持つ特殊な構造をしていることがわかりました。帯電する性質を持つため、ある種の金属酸化物を使って人工的にこの結晶を合成し、いろいろな電子デバイスで利用することができます。電子回路に使われるコンデンサや、医療用の超音波受信機、インクジェットプリンターの印刷ヘッドなど。リニアモーターカーの超電導材料にも使います」

というわけで、ペロブスカイト材料それ自体は別に珍しいものではないという。ただ、光を吸収して電気に換える性質があることには、誰も気がつかなかった。宮坂教授の研究室がそれを実証し、2009年に論文として発表するまでは。

「当時は光電変換効率(※2)が悪すぎて3%台に過ぎなかったため、ほとんど見向きもされませんでした。それでもいくつかの偶然や出合いが重なり、あるとき英国の研究者が変換効率10%の大台に乗せたのを機に、世界的な研究ムーブメントに火がつきます。そして今、既存のシリコン太陽電池の最高効率(26%)と同程度の変換効率が出せるようになったので、これだけ脚光を浴びているわけです」

だが、変換効率が同じであるだけなら、こうまで話題にはならない。今までの太陽電池と決定的に異なるのは、薄く軽く柔軟性があり、低コストで簡単につくれて、なおかつ弱い光でも発電できることにある。それはとりもなおさず、現状の太陽電池が持つ欠点の裏返しでもあるのだ。

「そもそも太陽電池は、材料や製造方法の違いによって軽く2桁台に乗るほど種類が多くあるんです。主な材料で見ると、シリコン系、化合物系、有機系の3つに分かれ、このうち最も普及しているのが、シリコン(ケイ素)の結晶を素材とするタイプ。1954年に米国のベル研究所が発明して、人工衛星に使われるなど宇宙分野を中心に発達してきたものが民間利用に広がりました。現在、家庭用に使われる一般的な太陽電池の9割以上がこの流れを汲んでいます」

このシリコン系太陽電池は、シリコンの結晶を薄くスライスしてつくる半導体ウエハー(基板)をプラス・マイナスの電極で挟むことによって発電する。このウエハーの厚みが約100μm(0.1mm)。宮坂教授によれば、太陽光を吸収するにはその10分の1の厚みがあれば十分だが、薄くしすぎると素材が割れてしまうので限度があるという。

これに対してペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイトの結晶の原料溶液を電極の上に薄く塗って乾かし、表面にもう片方の電極を被覆する。この薄膜の厚さが最大1μmというから、シリコンウエハーの100分の1に過ぎない。あまりに薄いので、プラスチック製の極薄フイルムで支えて基板にするという。

「薄いから軽い、そして簡単に曲げたり貼ったりできるのです。シリコン系太陽電池は重量があるので、例えば高層ビルなどに設置するのに手間がかかり、地震などで落下しないかと心配にもなる。また、シリコン系は天候に左右されるのが難点ですが、ペロブスカイトは室内照明ほどの光でも十分に発電するので、曇りや雨の日でも安定供給が可能です」

もっと言えば、主原料であるヨウ素(※3)は国内生産が可能で安価。製造工程では、原料を塗布するのに印刷技術が応用できて簡便。さらに、シリコン系のように高温処理を必要としないため経済性にも環境性にも優れるなど、いいことずくめである。

「量産体制が進んで電極の部材のコストが下がれば、製造費はシリコン系太陽電池の半分程度に抑えられるはず」

と宮坂教授は胸を張る。

大発明をもたらした偶然の出会いと若い力

ペロブスカイト太陽電池の開発物語は2006年に始まった。当時、宮坂教授が立ち上げた大学発ベンチャー企業(※4)が採用した若手研究者のつてで、太陽電池に興味があるという他大学の大学院生が宮坂教授の研究室に加わったことがきっかけだ。

「小島陽広くんといいます。彼は東京工芸大学でペロブスカイト材料の発光について研究していたのですが、私が取り組んでいた色素増感太陽電池(※5)に自分の研究が使えないかと考えたんですね。ペロブスカイトの結晶構造は金属酸化物だけでなく、電気エネルギーを光に換える性質を持つハロゲン化物(※6)の合成によってもつくれます。これを応用したのがディスプレイなどに使われるLEDで、電圧をかけると発光する。ならば逆に、光を当てれば電気を生み出す可能性もあるのではないかと思いついたんです」

まさに逆転の発想だった。色素増感太陽電池には、感度を高める色素を吸着させた電極と電解液が使われる。この色素の膜をペロブスカイトの膜に置き換えようという試みだ。

「ただ、彼が最初に試作したペロブスカイト太陽電池の変換効率は1%以下。これでは色素増感法にも遠く及ばないし、大半の物質は光を当てれば何らかのエネルギーを発することはわかっているので、私としては成果そのものには期待していませんでした。それよりも、誰もまだ手を着けていないことに挑戦する。その姿勢と、若い人がそれをきっかけに研究の世界を広げていくことが何よりもうれしくて、後押しすることにしたのです」

宮坂教授と小島さんは実験を重ねながら数々の学会で発表し、変換効率が3.8%に達したところで『米国化学会誌』に共著の論文が掲載され(2009年)、小島さんは博士号を取得する。

では、ブレイクした引き金は何か。そこにはまた別の若者の挑戦があった。

「私の下で色素増感太陽電池を研究していた桐蔭横浜大学の大学院生を、この分野の権威で私の研究仲間でもあるスイスのマイケル・グレッツェル教授のもとに送り出したのが発端です。そこで出会った英国の若手研究者ヘンリー・スネイスくんに、雑談がてらペロブスカイト太陽電池のことを話したところ、いたく興味を引いたのです。この電池の変換効率が悪いのは、電解液にペロブスカイトの膜が溶け出してしまうことに一因がある。であれば、電解液を固体化して、ペロブスカイトも厚い固体膜にしたらどうか。物理学者のスネイス君はそう考えたのですね」

オックスフォード大学の教員となったスネイス氏はその後、教え子の大学院生を宮坂教授の研究室に派遣。ペロブスカイト太陽電池の作製方法を英国に持ち帰らせ、固体化の研究に着手する。そして2012年、最大効率10.9%の結果を記した論文を宮坂教授との共著で発表。世界的な科学誌『サイエンス』に載ったことで事態が一変した。

「太陽電池の世界は、効率10%を超えると大騒ぎ。世界中の研究者がこぞって追試に乗り出し、一挙に研究が進みます。その意味でスネイスくんの功績は大ですが、その少し前に韓国の朴南圭教授が固体化に気づき、効率9%の結果を出していたことを考えると、遅かれ早かれ誰かの手でなされていたのでしょう。いずれにしろ、人と人との出会いが発明の端緒となり、研究成果を進んで外に出したことで交流が加速したことは間違いありません。その仕掛けと基盤をつくることも、私たち学者の大事な仕事だと思っています」

太陽電池で拓くエネルギーの新世界

2022年7月、英国ランク財団の光エレクトロニクス委員会はペロブスカイト太陽電池開発の功績を称え、7人の研究者にランク賞(※7)を授与した。そこには宮坂教授と小島さんのほか、グレッツェル教授やスネイス教授、朴教授の名も刻まれている。宮坂研究室をハブのようにして広がった、研究交流の世界的ネットワークが結実した格好だ。

「人的交流が引き起こすミラクルで、新しい世界が拓かれる」

そう考える宮坂流の研究哲学は、自身の生き方にも投影されているようだ。宮坂教授は東大大学院で博士号を取得後、富士写真フイルム株式会社(現富士フイルムホールディングス株式会社)に入社。研究者として人工網膜や色素増感太陽電池の開発に取り組んだ後、47歳で学者の道を選択した。その理由は、気候変動問題でエネルギーの新しいあり方や使い方が模索される中、長く続けてきた太陽電池の研究が、その解決につながるかもしれないと思えたからだという。若い人たちも集まる、より自由な場で、新しい世界を拓きたいと考えた。

「ペロブスカイト太陽電池が社会に実装されると、太陽のエネルギーをより多く効率的に電気に換えることができます。ビルの壁や窓、家庭のベランダ、室内、車の屋根。フイルム状で柔軟性に富み、半透明にもできるから、どこにでも貼って発電できる。帽子や洋服に貼れるウェアラブル発電機があれば、災害時にも役立つでしょう。街の至るところに太陽電池。都市全体が発電所になるのです」

そうなれば、日本のエネルギー自給率100%も夢ではないと、宮坂教授は言う。耐久性の向上と量産体制の確立が課題だが、積水化学工業株式会社をはじめ、トヨタ自動車株式会社、株式会社東芝など多くの企業が開発を進め、日本でも実用化(※8)は目前だ。

人と人、化学と物理の接点から生まれた次世代技術を日本から世界へ。宮坂流開発スタイルが、軽々と境界線を越えていく。


取材・文/松岡 一郎(エスクリプト) 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1波力発電
    海流などの波のエネルギーを利用して発電する方式。
  2. ※2光電変換効率
    光エネルギーをどれくらいの比率で電気に換えられるかを示した値。太陽光のエネルギーは1m2で約1000W。光電変換効率10%で100Wの電力を生む。
  3. ※3ヨウ素
    ヨードとも呼ばれるハロゲン元素の1つ。海底堆積物などから採取され、日本の生産量は世界2位。
  4. ※4大学発ベンチャー企業
    宮坂教授は産学連携の推進組織として、2004年にペクセル・テクノロジーズ株式会社を設立した。
  5. ※5色素増感太陽電池
    光触媒として知られている酸化チタン材料を電極として用いる太陽電池。有機系太陽電池の一種で、最高変換効率は約14%。
  6. ※6ハロゲン化物
    ハロゲン(ヨウ素、臭素、塩素などの電気陰性度の高い元素の総称)が結合した化合物。塩化ナトリウム(塩)など。
  7. ※7ランク賞(Rank Prize)
    英国ランク財団が1972年に開設。光エレクトロニクスと栄養学の2分野で優れた業績を上げた研究者を対象とする。
  8. ※8実用化
    積水化学工業がJR西日本の「うめきた(大阪)駅」にフィルム型ペロブスカイト太陽電池を提供。トヨタ自動車も2030年までに電気自動車の屋根に搭載予定。

PROFILE

宮坂 力
桐蔭横浜大学医用工学部特任教授
東京大学先端科学技術研究センター・フェロー

みやさか・つとむ
桐蔭横浜大学医用工学部特任教授、東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。1953年、神奈川県生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了(工学博士)。富士写真フイルム株式会社足柄研究所主任研究員を経て、2001年より桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授。2004年、ペクセル・テクノロジーズ株式会社設立。2005年~10年、東京大学大学院総合文化研究科客員教授。2017年より現職。専門は光電気化学。クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞、市村学術賞功績賞、英国ランク賞など受賞。近著に『大発見の舞台裏で!』(2023年、さくら舎)がある。