主体的な家づくりで地域に根づく豊かな暮らしを
秋吉 浩気
Opinion File
豊かな暮らしを生むものづくり
家を建てたいと思ったら、どうするだろうか。設計事務所や工務店、ハウスメーカーなどの建築のプロを頼り、設計から素材の調達、組み立てなど、そのプロセスのほとんどを任せるのが一般的だ。
そんな既存の家づくりに対して、革新的なものづくりの仕組みと新しい価値観を生み出す新風を建築業界に巻き起こしているのが、VUILD 株式会社。最新のテクノロジーを駆使して、建築産業の変革を目指す設計者集団である。
彼らを率いる代表取締役CEOの秋吉浩気さんは、「デジタル・ファブリケーション(※1)で建築の民主化を進めたい」というビジョンを掲げる。
「専門的なスキルや、特別な資格がなくても、誰もが『こういうものをつくりたい』と描いたアイデアを表現できる『設計者』になれるように、技術やサービスを提供していくことが、我々の使命だと考えています」
かつて日本では、食べ物や台所道具、衣服など、暮らしに必要なものの多くを自分たちでつくるという伝統があった。家屋も同様に、施主が自分で大工などの職人を手配し、間取りや、地元で調達できる身近な木材の組み合わせについて相談しながら、主体的に家づくりをしていたという。
しかし今では、自分で「つくる」ことが減り、定型のものを選んで買うのが当たり前になっている。
「提供された枠組みを受動的に受け入れ、誰かによってつくられたものを買って消費する暮らし。それは、本当に豊かに生きることにつながるでしょうか。私は、身近にある素材を活かして、必要なものを自ら『つくる』暮らしこそ、より自分らしく、より豊かに『生きる』ことにつながると思います。それは、家や家具などの住環境においても同じだと感じます」
コロナ禍を経て、リモートワークを許容する企業が増え、働き方や暮らし方に多様性が広がっている中、自分らしく生きたいと考えるようになった人も増えている。できれば自分の手で居心地のいい家づくりをしたい、住環境を整えたいと願う人も多いだろう。
とはいえ、ものづくり、特に建築に関わる分野では、やはり専門的な知識やスキルが必要であり、素人が手を出すのはハードルが高い。
そんな人々の役に立つのが、秋吉さんが開発・提供しているEMARF(エマーフ ※2)だ。これは、オンラインでオーダーメイド家具や住まいを自由に設計して、木工用3D加工機で必要な部材を出力する技術。これを使えば、地元のホームセンターや製材所などで購入した木材を使って、素人でも家具や家がつくれるのだという。
これからの家づくりを根本から変えるかもしれない、秋吉さんの取り組み。今、その活動が広がりつつある。
投資家との出会いで創業を決意
秋吉さんは、大学時代に建築を、さらに大学院で3Dプリンターを扱う研究室で学んだ。大学院在学中、「ShopBot(※3)」を知り、自ら日本販売代理店を始めた。
「設計士は2次元の図面を描くことが仕事ですが、3Dプリンターを使えば、絵を描くだけでなく、実物をつくって届けられることに魅力を感じました」
「ShopBot」を使って、椅子やドアなど家具の製作に取り組む秋吉さんに、「自分でデザインしたものを実際に形にしたいが、どうしたらよいだろうか」という相談が舞い込むようになった。秋吉さんは専門家としてアドバイスすることも仕事にするようになった。
そんな時、投資家や起業家が集まるスタートアップ関連のイベントが開かれ、秋吉さんにメインステージをつくる仕事が舞い込んだ。
そこで、人生のターニングポイントを迎える。ある投資家と知り合い、「君も起業してみないか」と声をかけられたのだ。突然の言葉に、秋吉さんは驚いた。
「起業なんて考えたこともないから、無理だと思います」
「今まで考えたことがなくても、今、考えればいい」
「資金がないから、やはり難しいのでは……」
「では、資金を出すと言ったら?」
秋吉さんの言葉を、その投資家はことごとく論破していった。自分の中でできないと思いこんでいた理由が、どんどん剥がされていく。そして、投資家は秋吉さんを起業の道へと誘う決定的な一言を放った。
「君は一生をただの建築デザイナー、機械売りとして終えるのか。それよりも、世の中を変えることに挑戦してみないか」
専門知識がなくても、誰でも頭に思い描いたものを簡単につくれるような仕組みを生み出すことの意義。それが、社会に新しい価値観をもたらし、産業構造や人々の暮らし方を変えていくという大きな視点。投資家や起業家ならではの大きな発想力に刺激された秋吉さんは、創業を決意する。
会社を創業すると、これまでの経験を活かして家具類を販売しつつ、「ShopBot」を利用した家具づくりのノウハウを世の中に広めることにも注力した。と同時に、「ShopBot」よりもっと簡単にものづくりができるソフト開発(後のEMARF)にも着手した。
さらに、家具だけでなく、家屋建築にも挑戦。「ShopBot」を活用して、富山県南砺市に第1号となる「まれびとの家」を建築した。
「私たちが手掛けた『まれびとの家』は、『ShopBot』と地元の木材を使っています。家づくりを地域で完結させることは、これまでの建築業界では避けられなかった木材などの長距離輸送や環境負荷の問題、時間やコストの削減にもつながります」
「まれびとの家」プロジェクトのため、地域の製材所を訪れた秋吉さんは、土木工事の際に切り倒され、使い道もないままに放置されている欅(けやき)の巨木があることに驚き、思わず「これ、使ってもいいですか?」と尋ねたという。
「一般的に、住宅用には杉や檜などが使われます。それは、まっすぐ育つ木で、人が管理しやすく、植林によって安定供給しやすいからです。しかし、富山では、曲がった木材を大事な住宅用木材として扱う文化がありました」
地産地消の家づくり。秋吉さんは、それが地域の林業の活性化にもつながり、ひいては山林の管理が行き届くことによって、土砂災害などの予防にも役に立つはずだと考えた。
「まれびとの家」は、2020年度「グッドデザイン金賞(※4)」を受賞。現在は、短期滞在型シェア別荘として運営されており、「観光以上、移住未満」の家の在り方を提案し、「都市」と「地方」を結ぶ役割も担っている。
この「まれびとの家」で培ったものを、どう世の中に広めていくか。秋吉さんは、その思いを胸に、2022年から住宅事業への取り組みを本格的に始めている。
楽しく、自由に、かつ粘り強く
「ShopBot」の販売、家具製作の経緯に見られるように、秋吉さんは、まず自らの手で取り組み、ノウハウを蓄積し、その経験を踏まえて専門家でなくても使いやすいツールを開発し、公開してきた。
秋吉さんにとって大切なのは、「PLAY・VENTURE(START UP)・FESTA」の3つだと言う。
「頭でどうこう考えるより、まずは手を動かすことが大切だと思います。おもしろそうだなと思ったら、とにかくやってみるフットワークの軽さというか、無邪気に遊ぶ(=PLAY)姿勢が必要だと思っています。それは『FESTA(=祭り)』のように、盛り上がって楽しいということにもつながります」
「VENTURE(START UP)」については、実際にスタートアップ企業として歩んできた秋吉さん自身が実感してきたことだ。
何か新しいことをしようとするときは、必ずといっていいほど、障壁にぶち当たる。既存のやり方、業界の慣習、法律……。そんな困難を乗り越えるには、しぶとく、諦めない姿勢から突破口を見出す姿勢がものを言うのだ。
同時に、新しいものを社会に広めていくためには、誰か一人の力、一社単独では力が足りないことも多い。当然、目的達成のために、いかに周りの人と協力するか、つながっていくかも大切になってくる。
「それぞれの強みや能力を引き出すような良い関係、お互いを高め合うような関係を築くことが大切だと思います」
誰もが主体的に家づくりをできるような世の中を当たり前にするために。地域のものづくりの伝統を絶やさないために。
遠いゴールに対して、武器となるもの、切り札はそろってきた。それを用いて、社会に対してどう実践していくのか。秋吉さん率いるテック系プロ集団の動向から目が離せない。
取材・文/ひだい ますみ、写真/竹見 脩吾
※ J-POWERは、2020年4月よりVUILD株式会社に出資しています。
KEYWORD
- ※1デジタル・ファブリケーション
デジタルデータをもとに、3Dプリンターやレーザーカッターなどを使い、ものをつくる技術。 - ※2EMARF
建築系デジタル・ファブリケーションの核となる木工用ソフト。 - ※3ShopBot
DIYが盛んな米国をはじめ、世界で1万台以上愛用されている3D木材加工機。 - ※4グッドデザイン金賞
公益財団法人日本デザイン振興会による賞。「グッドデザイン金賞」は、「ベスト100」の中から選出される20件の経済産業大臣賞に該当。
PROFILE
秋吉 浩気
VUILD株式会社
代表取締役CEO
あきよし・こうき
VUILD株式会社代表取締役CEO、建築家、メタアーキテクト。2017年に建築テック系スタートアップVUILD株式会社を創業し、「建築の民主化」を目指す。デジタルファブリケーションやソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。主な受賞歴にUnder 35 Architects exhibition Gold Medal 賞(2019年)、グッドデザイン金賞(2020年)、Archi-Neering Design AWARD 最優秀賞(2022年)。主な著書に、『メタアーキテクトー次世代のための建築』(2022年、スペルプラーツ)。