町工場の金属加工技術で世界に挑む
株式会社西川精機製作所

匠の新世紀

株式会社西川精機製作所
東京都江戸川区

同時5軸加工マシニングセンター。事前にプログラミングしておくと、工具を切り替えながら、自動的に金属の切削加工を行う。

日本メーカーが撤退し、長い間、日本製がなかったアーチェリーハンドルだが、下町の町工場が力を結集して、復活に成功。
その中心となった企業を訪ねた。

メイド・イン・ジャパンを復活 町工場社長の強い思い

株式会社西川精機製作所 代表取締役 西川喜久さん

オリンピックごとに日本選手の活躍で注目を集める競技の一つ、アーチェリー。「洋弓」と呼ばれ、日本の弓道とは異なる複雑な形状の金属製の弓具を使用するのが特徴だ。この形状は、命中精度をあげるための道具の工夫が生み出したもの。 「アーチェリーの弓具は、弓の両端、矢の位置、すべてが一直線上に並ぶようにすることがポイントなんです」 こう説明してくれるのは、株式会社西川精機製作所代表取締役の西川喜久さん。同社は長い間、日本メーカーが不在だったアーチェリーハンドル(弓の持ち手部分)を独自開発したが、その原動力は西川さんの「メイド・イン・ジャパンを復活させたい」という強い思いだった。

グローバル化で苦境に立った町工場を再生させた技術力

西川精機製作所は、1960年創業の金属加工メーカー。創業当時は、測量機器の部品を製造していたが、その後、主要アイテムはメッキ工場で使用される治具(メッキする製品をつり下げる道具)や医学関係の精密機器に移行していた。
西川さんは大学卒業後、創業者である父の急病により急遽同社に入社、以来同社を率いてきた。1990年代のバブル崩壊、その後のグローバル化により、主要クライアントであるメッキ工場も海外移転が続出し、長年難しい舵取りを続けてきた。
その経営を支えるのは「総合的な技術力」だと西川さんは語る。切削・板金・溶接などの基本的な金属加工技術に加え、組み立て、据え付けまで、広く様々な加工に対応できるのが同社の強み。最新の加工機器の導入にも積極的で、自動的に3次元の精密加工ができる5軸複合加工機なども導入されている。社員数7人の会社規模から想像できないほどの設備だが、こうした機械も使いこなす技術がなければ意味がないと西川さんは言う。
「同じ素材、同じ形状に加工しても、どの順で削るかによって、完成品の品質や強度は変わります。しかも、当社の場合、小ロットの特注品が多いため、何度も失敗する余裕はありません。どのような加工が最適か、瞬時に判断して納期に間に合わせる必要があります」
高品質を支えるのは機械ではなく、それを使いこなす技術なのだ。

強い思いが人を動かし製品に哲学を埋め込んだ

西川精機製作所が開発したNISHIKAWA SH-02。ハンドルにリムとストリングをセットした状態。
NISHIKAWA SH-02は、右から、漆黒・白金・瑠璃(るり)・臙脂(えんじ)・鶯(うぐいす)の5色。表面処理(アルマイト)が美しいと米国でも好評だった。

アーチェリーハンドル開発のきっかけは、西川さんが10年ほど前に江戸川区アーチェリー協会主催の初心者向けアーチェリー教室に参加したことだった。その魅力にはまってしまった西川さんは、アーチェリーハンドルが日本ではつくられていないことを知る。「日本製品がないなら、自分でつくろう」と思ったのが西川さんらしいところ。
米国製品の3次元の数値データをもとに、自分でアルミを削り出してみた。
「単につくってみただけで、そこには思想も技術もありません。なぜ、そういう形状になっているのかという理由もわかりませんでした」
だが、この西川さんの行動が周りの人を動かし始める。どうやら、あいつは本気らしいぞ……。
アーチェリー協会の関係者や知人の大学教授などの人づてに、西川さんは日本メーカーでアーチェリーハンドルを開発していた元エンジニアと巡りあうことになる。
エンジニアの助言に従って、デザインしなおし、再度つくってみると、単なるアルミの物体だったハンドルに“哲学”が注ぎ込まれた。デザインの意味が明確になり、どこをどう変更すればよいかがわかるようになる。
エンジニアの教えを受け、試作品をつくり、試行錯誤すること4世代目。やっとの思いで完成したのが本年2月発表の「NISHIKAWA SH-02」だ。
「SH-02」の特徴は大きく3つある。1つは、アーチェリー弓具の調整のしやすさ。2つ目は、ハンドルを構えた時にしっかり安定する形状のグリップ。そして、3つ目がリム接合部のブレ振動を最小限に抑えたこと。アーチェリーの弓は、大きく「ハンドル」と、その上下に接続される「リム(板バネ)」、そして「ストリング(弦)」の3つで構成される。ハンドルとリムの接合部は、リム本体をリムボルトで締める仕組みだが、従来の構造ではリムボルトとリム間の隙間があり、弓を射った時にブレが生じていた。「SH-02」の接合システム(特許取得済み)では独自の構造で、この隙間をなくし、ブレを抑制したのだ。

日本人アスリートの手形を取りハンドルを構えた時にしっかり安定する形状に仕上げたグリップ。
リムとハンドルを接続する新機構の接合システム。ゴールドは米国の展示会用の特別色。
同社が開発した車椅子用のボウリング投球機。障がい者のボウリング大会に貸し出している。
同社の主力商品の1つ、医学研究用のオートクライオトーム。試料を自動でスライスして標本をつくる機器。

夢の実現には まだ入り口に立ったばかり

本年2月に米国ラスベガスで開催されたアーチェリー関連の展示会に「SH-02」を出品すると、多くの関係者に注目されたという。年配の来場者からは「日本からの出展は久しぶりだね」と喜ばれたというが、本体のデザイン以上に好評だったのはカラーリングだった。
「表面処理(アルマイト)のカラーリングをほめてくれた人が多かったですね。漆黒(黒)も色の深さが違うとか言われて。我々には通常の表面処理ですが、海外では品質が高いと好評でした」
こうしたカラーリングやデザインの際に、西川さんが相談したのが、普段から交流のあるアーティストや芸術系大学の学生たちだ。
実は同社は2011年に始まった東京都の「産学連携デザイン開発プロジェクト」に参加。工場の一部を美術系大学の学生に提供するとともに、彼らの卒業制作をバックアップしている。卒業生の中にはアーティストとして活躍する人も出てきた。
西川精機のこれまでの製品は、消費者向けではないので、デザインが大きなウエイトを占めることはなかった。だが、西川さんの進取の精神によって、趣味のアーチェリーや芸術系大学とのコラボ、そして精密加工技術などが、アーチェリーハンドルで結びついた。
西川さんの夢は、オリンピックで自社のアーチェリーハンドルを使って、メダルを取る選手が出てくること。
「実際にオリンピックで選手に使ってもらうには、まだ何年もかかると思いますが、それまでがんばっていきたい」
「SH-02」を発表したばかりだというのに、すでに次の製品開発も始まっている。
西川さんは今も夢の途中にいる。

芸術系大学の学生やアーティストに開放されているアーティスト工房。取材時に作業をしていた三木瑛子さんは、金属で造形する気鋭のアーティスト。
マシニングセンターにプログラムを入力するところ。プログラムの組み方にもノウハウがある。
5軸複合加工機。医療分野などの複雑形状部品の高精度加工に適している。
削り出しが終了したアーチェリーハンドル本体。約11kgのアルミが約1kgになるまで削り込む。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

株式会社西川精機製作所

1960年創業の金属加工メーカー。多品種少量生産に対応し、金属・樹脂材のレーザー加工や切削・板金・溶接から組み立て、据え付けまでを総合的に行うが、特に精密加工が得意。