シェアライフを実践して手にした「家族」との幸せ
石山アンジュ

Opinion File

Ciftでは各戸にユニットバスやキッチンを備え、メンバーが集える共有スペースも充実。

拡張家族Ciftでともに暮らし、ともに働く

今年のゴールデンウィーク明け。Web会議システムを通じて「面会」がかなった石山アンジュさんは、大分県にある古民家風の拠点にいらした。間取りは8畳8間。近くに借りた菜園はご本人によれば「野球場ぐらい広い」。きっと里山のような環境なのだろう、静けさの中で燕のさえずりが際立っていた。
「こちらへ来て1カ月ほど経ちます。普段は東京8割、大分2割で行き来していますが、今はこの状況なので『3密』とは無縁の巣ごもり生活というか……でも、仕事のほとんどはリモートアクセスが可能ですから、番組収録やメディアの取材はもちろん、企業関係者とのアポイントメント、国の委員会への出席なども不自由なくこなせています」
石山さんは当代きってのシェアリングエコノミー実践者の1人。その生き方や暮らし向きを窺い知るには、もう少し説明が要る。
まずは住居について。今般のコロナ禍に見舞われるまで主軸だった東京の拠点は、渋谷駅から至近で、生活にも仕事にも至便な立地だ。渋谷区の旧宮下町都営住宅跡地に3年前、生活文化やクリエイティブ産業の発信基地をめざす「渋谷キャスト」が落成。多様なショップに加え、新しい働き方・住まい方を予感させるシェアオフィスやコレクティブハウスなどが集積するこの複合施設の上層階に、石山さんは、共同コミュニティー「Cift(シフト)」(※1)のメンバーたちと居を構える。
「Ciftでは1歳から60代まで、75人ほどが起居をともにしています。ミュージシャンや作家、画家、美容師、料理人から弁護士、政治家などメンバーは多士済々。血縁や地縁に捉われず、世界観や価値観を共有する人たちが集まり、これからの時代にふさわしい生活様式や家族のあり方を模索し、発信していこうと志したのです。ともに暮らし、ともに働き、意識でつながる家族――すなわち拡張家族(※2)の実践場と言ってよいかと思います」
  拡張家族Ciftは法人組織として自立している。コミュニティーの運営を支えつつ、メンバー個々のスキルを持ち寄って企業・自治体等とのコラボビジネスを創始し、実際の業務や収益をシェアするための起業などにも取り組む。同時にCiftは共同組合にもなっており、各人が部屋の賃料のほかに組合費を納め、家族会議を開いて共有部分の家賃や食費、誰かが困った時の救済費用まで使途を決めていくそうだ。
「Cift内での住まい方も様々で、19ある個室に実家族で常住している人もいれば、施設で出会った数人でシェアしている部屋もあります。後者の場合、各人がCift以外に実家や別のシェアハウスなどの拠点を持って多拠点生活を送っている人が多く、私もそのうちの1人。そういった各人が持つ家の合計は優に100を超えていて、メンバーであればその中のどの家に泊まってもよい『全国拡張家族拠点マップ』も共有しています」

家族のかたちに選択肢を持つ意義

子育ての面でもメンバーの誰もが我が子を愛しむように接し、手助けしてくれるという。

創設からの3年間でCiftのメンバーは2倍に増え、施設面でも渋谷キャストに次いで同じ渋谷区内に11LDKの「松濤ハウス」を増設。さらに現在、京都府内にも専用施設を開設準備中で、コミュニティー自体も拡張し続けている。拡張家族Ciftの実践場は、住居/職場にそれぞれ特化したシェアハウス/シェアオフィスとは位置づけや持ち味がだいぶ異なりそうだが、そこに暮らす当事者たちはどう受け止めているのだろうか。
「私自身、Ciftの一員として幸せに感じるのは、日常で何か壁にぶつかって自力では解決が困難な時でも、メンバーのいろいろなスキルや経験知を借りれば大概は乗り切れることです。あるいはプロの技で髪を切ってもらったり、料理をつくってもらったりできますし、身の回りのモノをシェアすることで暮らしの質や充足感も高められます。このような拡張家族ならではの好循環は、既存の家族の枠組みには望めないのではないでしょうか」
コミュニティーが熟度を増すにつれて、そうした職業的スキルだけでなく、各人の年代や適性に応じた役割意識もシェアされてきたという。例えば組合費の徴収額は自己申告制になっていて、月々3,000円の人もいれば、1万円かそれ以上の人もいる。拡張家族の中で自ら「お父さん」的役割を任じている人ほど進んで高額を納める傾向があるそうだ。
「メンバー間の役割意識の芽生えで感動的だったのは、スタート2年目の秋にコミュニティー初の赤ちゃんが誕生した時です。産声のあがる瞬間まで皆で付き添って喜びあい、以後も毎日の食事や身の回りの世話に、各自ができることを進んで手伝いました。また最近は、老親の介護ケアへのサポートが必要になるケースが出てきて、動ける人が交代でご飯をつくって親御さん宅に届けるような活動が、地味ながら根気よく行われています」
遠くの親戚より近くの他人と昔から言われるが、なまじの血縁よりも、意識でつながる家族の支え合いで、子育ても親の介護もシェアする時代が到来しているのか……。
「大事なのは、家族のかたちにも多様な選択肢があって然るべきだということ。『普通の家族』という固定観念が時に人を苦しめ、自由な暮らしを阻んでいる現実から目を逸らしてはなりません。その頸木(くびき)から逃れて、シェアという理念のもとに人と人がつながることで、孤独感や不安感、生き方や働き方への違和感といった今日的な家族問題の多くは解消できると、私は信じています」

自力では解決困難なことにぶつかっても、様々なスキルや経験を持ったメンバーのサポートが頼りになる。

心の赴くままに拠点を移していく

家族のかたちに新たな選択肢を加えることの効用ーーシェアでつながる拡張家族の実践者の提案には、なるほどと頷ける説得力がある。それと同じぐらい、石山さんのお話に引き込まれたのは、Ciftでの暮らしと一対になっている「多拠点生活」が持つ効用だ。
「私が好んで多拠点生活をするようになった理由は、全国どこへ行っても『ただいま!』と言える家があるのが理想だからです。自分が隠れ家的に使っている家でも、メンバーの誰かの家に泊まりに行っても、それぞれが自分の大切な居場所であり、人とのつながりを感じて心から安らげます。自分の中でオン/オフの切り替えもしやすくなりますしね」
確かに、冒頭で触れた大分の拠点に漂う静かな安堵感と、先駆的でチャレンジングな渋谷の拠点との対比があまりに鮮烈で、そこにシェアライフの真髄を垣間見た気さえした。
「家というのは、暮らしを基礎づける重要なものですが、その一方で、人生の新しい局面に一歩踏み出したい時には、自由を阻む足かせともなり得ます。だからこそ最初から1つ所に限定することなく、その時々の生き方や興味関心の赴くままに活動拠点を定め、軽やかに移動できるようにしたいのです」
昨今は、終身雇用や年功序列といった前提が崩れ、旧来の家族制度なども通用しなくなって、マイホーム主義のような分かりやすい人生モデルばかりではなくなってきた。それでも家を「一生もの」と捉えてその場にとどまるのか、フリーハンドで選択の幅を広げておくか。そこがシェアリングエコノミーにおける所有か、シェアかの分かれ目になると……。
「もっとシンプルに、例えば費用対効果で考えてみてください。多拠点生活を送るとして、本宅のほかに別宅も所有したら、一体どれだけのお金が要ることか。私は、生まれてから一度も家を所有したことがなく、シェアですべてを賄っています。渋谷の家賃は場所相応にかかりますが、大分の家は畑の賃料込みでも月2万円の負担で済み、それとは別に熱海でも家をシェアして、第3の拠点として利用するぐらいのゆとりがあります」

パンデミックにも有効なシェアリング

もう一点、この機会にぜひとも尋ねておきたいことがある。
石山さんは昨年出版した自著(※3)の中で、度重なる自然災害への備えとして、住民自らに共助の理念や行動が欠かせないことに触れながら「災害時にこそ、シェアが活きる」と指摘。主には震災や豪雨被害を念頭に言及されたものだが、図らずも今、新型コロナウイルスの感染拡大という非常時にも「シェアが活きる」場面を見届けられるのではないか。
「何であれ大規模災害時には、被災した人を救い出す迅速な行動が求められます。そのうち行政機関などが行うのが“公助”、被災者自身が行うのが“自助”で、数々の災害事例を通じてどちらにも限界があると分かってきた。両者を仲立ちするかたちで、まさに人と人がつながる中で助け合い、支え合うのが共助の理念で、その実践を支える情報をシェアするシステムとか、人や物資の輸送を受け持つシェアリングサービスなどが現場に投入される実践例が増えてきています」
現下のパンデミックに有効なシェアリングとして、現に石山さんが東京から大分に軸足を移したように、多拠点生活は災害耐性に秀でているのでは?
「それはあると思います。Ciftのメンバーにも地方に移っている人が多く、それでもオンラインの家族会議で話し合う機会には事欠かないので不便は感じません。世界的に大変な状況下で先が見通しにくい中でも、互いに助け合える関係性やつながりの価値を再確認して、不安よりもむしろ心強く思うことの多い今日この頃です」
最後に、ご自身の発案で「#コロナを危機で終わらせない」とのコンセプトで世の中をアップデートするアイデアを一般公募するプロジェクトを立ち上げられたとか……。
「はい。4月の第1週に思い立って翌週から募集を始め、最初の1カ月で360件ものご応募をいただきました。私が代表理事を務める一般社団法人Public Meets Innovation(※4)で取りまとめ、社会実装を目指していく所存ですので、ご期待くだされば幸いです」

取材・文/内田 孝 写真提供/石山 アンジュ

KEYWORD

  1. ※1Cift(シフト)
    2017年春立ち上げの共同コミュニティーで、複合施設・渋谷キャストの1フロアほかに展開する。拡張家族というコンセプトで意識と生活の場を共有する人間集団。
  2. ※2拡張家族
    血縁や地縁によらず、世界観や価値観を共有する人たちがともに暮らし、ともに働くことで築かれていく、新しい家族のかたちを指したCift独自の名称ないし概念。
  3. ※3昨年出版した自著
    2019年2月刊行の『シェアライフ―新しい社会の新しい生き方』(クロスメディア・パブリッシング刊)。単行本とKindle版(電子書籍)がある。
  4. ※4Public Meets Innovation
    ミレニアル世代を中心に国家公務員、弁護士、イノベーターらがイノベーションに特化した政策を検討、社会への発信を目的とする一般社団法人。

PROFILE

石山アンジュ
内閣官房シェアリングエコノミー伝道師
一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局長

いしやま・あんじゅ
1989年生まれ。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育つ。2012年、国際基督教大学卒後、株式会社リクルート入社。その後株式会社クラウドワークス経営企画室を経てシェアリングエコノミー活動家に転身。シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動のほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進の提言にも従事。18年米国メディア「Shareable」で世界のスーパーシェアラー日本代表に選出。ネットTVのNewsPicks「WEEKLY OCHIAI」や「MOBILITY EVOLUTION 山里亮太と語る」でのMCなど幅広く活動。