再生可能エネルギー拡大へ地域とともに拓く新たな道
菅野 等 × 髙村 ゆかり

Global Vision

J-POWER社長

菅野 等

東京大学未来ビジョン研究センター教授

髙村 ゆかり

気候変動問題が待ったなしの切迫度を高める中、再生可能エネルギーの拡大が国際社会の喫緊の課題であることは間違いない。だが、エネルギー安全保障との両立はどうするのか。開発コストや市場価格は。問題山積の再生可能エネルギー拡大への方策を、髙村ゆかり教授と話し合う。

エネルギー安定供給と脱炭素化の両立に向けて

菅野 髙村さんの最近のご活躍を拝見しますと、エネルギー、環境、社会インフラと多方面にわたり、まさに八面六臂の働きでいらっしゃる。環境省中央環境審議会の会長、経済産業省の再生可能エネルギー(以下、再エネ)調達価格等算定委員会では委員長、さらに国土交通省の国土審議会委員なども務めておられますね。そもそもご専門は国際法ですよね。

髙村 私の専門は国家間の条約などを研究する国際法学、特に国際環境法学なんですよ。そのためか最近では、TCFD(※1)の指針に沿った気候変動リスクに関する情報開示をはじめ、企業のサステナビリティ情報開示の基準の作成や制度の検討などにも関わっています。

菅野 国際環境法学というのはどんな研究でしょうか。

髙村 経済のグローバル化をはじめとして、人間活動の地球規模的な広がりによって、一つの国だけでは解決できない国際的な環境問題が生じています。気候変動問題はその最たるものです。そうした問題の解決に向けて、国家間の法的合意を形成することが国際法の役割ですが、これをいかにして実効性のある枠組みにするかが重要で、そのための研究を行っています。
例えば、オゾン層を保護するための条約などがありますし、ちょうど今プラスチック削減に向けたプラスチック条約の交渉中です。こうした法的枠組みができた後、実際のところ各国政府がどんな対応を取るかは、その国の方針によって異なります。したがって、条約の実効性を高めるには、それぞれの国の法政策にも目を向ける必要があります。そんな研究を続けてきたので、政策を検討する審議会にお呼びが掛かるようになったのかもしれません。

菅野 なるほど。そうした国際的枠組みの中には、気候変動問題に関わる京都議定書(※2)やパリ協定(※3)などもありますから、そこから髙村さんとエネルギー分野との接点が生まれたのですね。

髙村 日本が排出する温室効果ガスの8割以上、世界でも6割以上がエネルギーに由来するCO2だといわれています。気候変動問題とエネルギーの関係は切っても切れません。

菅野 気候変動に関するCOP(締約国会議 ※4)はこの11月にアゼルバイジャンで開かれる会議で29回目となりますが、髙村さんは毎回出席されているとか。

髙村 研究目的での個人参加ですが、COPには必ず参加するようにしています。京都議定書が合意されたCOP3の後1999年からなので、20年以上になります。
ただ、私が日本のエネルギー政策と直接的に関わるようになったのは、2014年に再エネに関する政策を審議する委員会にお誘いいただいたのがきっかけでした。それ以降、国のエネルギー基本計画や温室効果ガス削減目標を議論する場にも参加する機会をいただいています。

菅野 そうしたお立場から今後のエネルギー政策をどう思われますか。各所でのご発言から察して、強い危機感を持たれているようにお見受けしますが。

髙村 エネルギーの安定供給とカーボンニュートラルの実現、この2つをいかにして両立させるか。非常に難しい局面に来ていると思います。ロシアによるウクライナ侵攻、緊迫化する中東情勢など、地政学的リスクの高まりによってエネルギー安全保障の重要性がかつてないほど増している半面、気候変動リスクを少しでも緩和するには化石燃料からの脱却、脱炭素化への取り組み強化は避けられません。
GX投資(※5)によるクリーンエネルギーへの転換と、それによる産業の構造転換、活性化は各国共通する政策でもあります。

菅野 まさに、我々事業者としても問題意識は同じです。
おそらく日本中のほとんどのエネルギー供給事業者が異口同音に、安定供給と脱炭素化を同時に満たす術に頭を悩ませていると言うでしょう。それには社会の動きに目を向け、人々の声に耳を傾ける活動が欠かせません。

髙村 そうですね。DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展でエネルギー効率の改善が期待される一方、AI(人工知能)などの先端技術が普及すればするほど、電力を大量に消費するデータセンターや半導体工場の増設も進み、電力需要は増える可能性があります。そうしたDX関連企業の多くが脱炭素電源による電力供給を求める傾向にある中で、それをまかなう規模と速度で再エネの拡大ができるのか。見通しはなかなか難しく、私自身も悩んでいるのが本音です。

にかほ第二風力発電所(秋田県にかほ市)。鳥海山の景観に配慮し、風車が設置されている。2020年運転開始。

水力から洋上風力へ 再エネ先駆者のあゆみ

髙村 再エネ拡大への取り組みでいえば、J-POWERには長い歴史がありますね。最初は水力発電の開発から始まったと伺っています。

菅野 J-POWERの創立は1952年ですが、戦後経済復興の最中にあった当時、高まる電力需要に応えるために大規模水力を全国に整備する国策のもと、特殊法人「電源開発株式会社」として設立されたのが始まりです。

髙村 その名のとおりの電源開発ですね。水力による発電量は今でも日本の電源構成の約8%を占めていて、太陽光と並んで再エネの主役といってもいい位置にあります。

菅野 J-POWERはその中で、設備出力でも発電電力量でも国内2位のシェアを有します。それを支える大規模水力の開発は国内ではほぼ終了しましたが、運転開始から数十年が経つような発電所は順次更新して、最新式の発電機で効率を高めるなどしてリパワリングをしています。未利用の中小河川に新たな電源を求める取り組みや、揚水発電といって、需要の少ない時間帯に余剰電力を使って水を汲み上げておき、必要に応じて発電に使う方式の重要性も上がっていますので、まだまだ可能性はあると思います。

髙村 揚水発電も以前のように、夜間の余剰電力を使うのではなく、今は反対に、昼間に余る再エネ由来の電力を使っていますよね。

菅野 天候などの自然条件に左右されやすい太陽光や風力は出力調整が難しく、その調整役として、いわば巨大な蓄電設備として、揚水発電の役割が注目されています。

髙村 風力は、洋上風力を中心に、政府が言う「再エネ主力電源化」の牽引役として期待されています。J-POWERはどのように対応していますか。

菅野 2000年に運転開始した北海道の苫前ウィンビラ発電所を皮切りに、これまでに全国23カ所で陸上風力の拠点をつくり、その合計出力では国内シェア2位となりました。当社の民営化が決まったのは1997年ですが、社内には新しい挑戦を求める気風が満ちていて、これまでの水力で培った建設技術や発電技術、地域との信頼関係づくりといった経験知が生かせる分野として、風力開発に先鞭をつけることにしたのです。

髙村 洋上風力はいかがですか。私は北九州GX推進コンソーシアムという組織の顧問を務めている関係で、北九州響灘(ひびきなだ)洋上ウインドファームのお話をよく耳にするのですが。

菅野 J-POWERや九電みらいエナジー株式会社などが出資する共同事業体によって建設中で、2025年度中の運転開始を見込んでいます。国内初の設備容量1万kW級大型風車を響灘の沖合に25基並べ、最大出力22万kWという日本で最も大きな洋上風力設備を完成させる計画です。また、男鹿市、潟上市および秋田市沖でも洋上風力事業を進めることが決まり、こちらは株式会社JERAなどと共同でさらに大規模な世界トップレベルの設備を目指しています。

佐久間ダム・発電所(静岡県浜松市)。1956年、戦後の旺盛な電力需要を賄うため着工からわずか3年で完成させた日本を代表する大規模水力設備。

官民一体で高めたいエネルギー事業の予見性

髙村 日本は海に囲まれた国ですし、風況に恵まれた陸上の適地が次第に減る中で、洋上風力への期待はますます大きくなっています。メンテナンスを含めた関連産業の裾野も広く、政府や自治体も高い経済効果が望めると見ていますね。
ただ、開発には時間とコストがかかり、特に洋上風力は工期が長く、建設費も大きい。技術開発などで再エネの発電コストは下がる傾向にありますが、最近の資材費高騰や円安、人手不足などの影響もあり、事業環境は厳しくなっていると感じます。再エネ発電事業者の声をうかがうと、そうした事情も反映し、事業環境を整えるエネルギー政策をとることが、再エネ拡大への大きな課題の一つだと思います。

菅野 同感です。政府は今、新しいエネルギー基本計画(※6)の策定を進めていますが、そうした視点からの見直しも待たれるところです。

髙村 脱炭素社会のマーケットをどうつくるか、その中で産業競争力をどう高めていくのか、国として明確に方向性を示す時期にあると思います。そうでなければ、事業者が将来を予見することができません。

菅野 発電設備は開発するのに10年から20年、運転開始後も20年、30年と長期にわたり使われますから、電力市場の見通しを立てることは本当に難しい。初期投資が上がれば、電気の販売価格も上げざるを得ない場合があるでしょう。しかし、再エネのFIT(固定価格買取制度、※7)が終了に向かう一方、市場価格と連動する形で売電を促すFIP(※8)が始まっていますので、上げるといっても市場価格を無視するわけにはいきません。それだけでなく、価格に影響する環境価値をどう見るかという視点も必要です。

髙村 おっしゃる通りですね。炭素を排出しない電力に対して市場価値をどうつけるかが、大切になってきます。排出量取引制度などのカーボンプライシング(炭素価格付け、※9)に関する議論もこれから本格化していきます。供給側も需要家も、環境価値、すなわち排出のコストを考慮して事業の戦略を考えることが必要になるでしょう。

菅野 そこまでの見通しが立たないと、カーボンニュートラルの動きは加速しない。やがて日本でもカーボンプライシングが制度化された時、脱炭素コスト込みで経済性を比較してくださいと、我々が言えるようでないといけません。

髙村 電力も含め、製品・サービスが環境価値を組み入れてそのコストが評価される、そのような市場・制度を作ることが必要でしょう。

鬼首地熱発電所(宮城県大崎市)。更新工事を経て2023年4月に運転再開。タービン・発電機に地域伝統工芸品の「鳴子こけし」をかたどる装飾を施すなど、地域に愛される発電所を目指す。

地域共生に託される日本の再エネの未来

髙村 ところで、先日ある委員会で地熱発電が話題になりまして、開発リスクの高い試掘などの初期段階ではまずJOGMEC(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)が事業を進め、目処がついたら民間に引き継ぐという案が出ました。J-POWERは地熱開発にも力を入れていますが、事業の予見性が高まるという意味で、これはとてもいい案ではありませんか。

菅野 実現したら大変ありがたいですね。地熱もやはり開発投資や工期がかさみますので。地熱は天候に左右されずに安定的に発電できる利点があり、地域からの期待も高い再エネですから、開発の意義は大きいと思っています。この3月にJ-POWERが一部出資する安比地熱株式会社によって運転が開始された安比地熱発電所(岩手県八幡平市)の竣工式に出席した時、佐々木孝弘市長がこんなお話をされていました。地熱は、稼働率が9割もあるので、同じ出力でも太陽光や風力に比べて年間で数倍もの発電電力量が得られると。「どんどん頑張ってください」と励まされました。

髙村 そういうお話を伺うと、地域との関係づくりは大切だなと思います。これも再エネ拡大への課題といっていいでしょう。その点、J-POWERの創業以来70年を超える蓄積は強みといえますね。

菅野 ありがとうございます。そこは、J-POWERが持つ競争力の一つだと自任しています。水力、風力、地熱もそうですが、我々はその土地の自然資源を使わせていただく立場です。地元の方々が暮らしをともにする自然環境を、開発を通じてエネルギーに変えるという行為をしている以上、設備を通じて地元に何ができるかを真摯に考える責任があります。
そんな思いもありまして、社長に就任した昨年来、全国の発電拠点を訪ねています。例えば、水力発電所やダムが歳月を経て、その土地の風景の一部になっていると感じるのはうれしいものです。観光資源として定着している場合もあります。
反面、ダムには治水の役割もありながら、豪雨などで被害が出た時には地元の方々から厳しい声をいただくこともあり、一定の緊張感を伴う関係でもあります。その中で、我々も地域の一員であると自覚を持ち、共生の道を探ることが、J-POWERの新しいテーマの一つです。

髙村 それは非常に大事な視点ですね。再エネ開発の成否を左右する要かもしれません。再エネが開発される地域は高齢化や過疎化の問題を抱えることも多い。電源の開発を通じて新たな産業や雇用が生まれる可能性があれば地域のあり方も変わります。その仕組みをどうつくるか。この先何十年にもわたる日本の将来を決める大きな課題だと思います。

地域を起点に拓ける再エネ導入拡大への道

菅野 多くの地域での再エネ開発にお詳しいと思いますが、ほかにご指摘いただけることはありますか。

髙村 国や自治体、公的機関による政策的な関与も重要です。先ほど挙げた響灘の風力事業では、北九州市が洋上風力をテコに港湾地区に新たな産業集積地を築くことを目指して旗を振りました。その課題意識、あるいは危機感を事業者と共有できたところに成功要因があると思えます。地域経済へのプラス効果はやはり無視できません。

菅野 その点では風力設備に期待されるメンテナンス分野において、我々の知見が生かせる可能性もありますね。また、地域と一緒に取り組む形に変えることが再エネ拡大には実効的だと思います。

髙村 そう思います。地域の経済力を上げるため、積極的に再エネ事業に関わる地銀も増えています。事業者と地域住民、行政、地場産業が一体となって進む先に、再エネ拡大への新しい道が開けるのでしょう。また、そのためには、国が掲げる高い政策目標と、そこに向かう現実的な政策の積み重ねが重要だと思います。

菅野 髙村さんのそのお考えを、どうぞ多くの場所で発信してください。本日はありがとうございました。

(2024年8月15日実施)

構成・文/松岡 一郎(エスクリプト) 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1TCFD
    企業が事業活動の気候変動リスクについて分析し、情報開示するための指針。Task Force on Climate-Related Financial Disclosures
  2. ※2京都議定書
    1997年に京都で開かれたCOP3で採択された国連気候変動枠組条約の議定書。先進諸国における温室効果ガス削減目標を定めた。
  3. ※3パリ協定
    2015年開催のCOP21で採択された気候変動問題に関する国際的枠組み。産業革命後の地球温暖化を2℃以内(努力目標1.5℃以内)に抑える目標で合意。
  4. ※4COP
    締約国会議(Conference of the Parties)の略。国際条約の最高決定機関であり、環境分野では国連気候変動枠組条約締約国会議がよく知られる。
  5. ※5GX投資
    温室効果ガス排出を抑制し、自然エネルギー中心の産業構造への転換を促すGX(グリーントランスフォーメーション)に関わる取り組みへの投資活動。
  6. ※6エネルギー基本計画
    政府による中長期的なエネルギー政策の方向性を示した指針。約3年ごとに改訂され、2024年度中に第7次エネルギー基本計画の策定が予定される。
  7. ※7FIT(固定価格買取制度)
    再エネで発電した電気を電力会社が一定価格で買い取ることを国が保証する制度。
  8. ※8FIP
    フィードインプレミアム(Feed-in Premium)の略。再エネで発電した電気を電力市場で販売する際、一定のプレミアム(補助額)を上乗せする制度。
  9. ※9カーボンプライシング(炭素価格付け)
    企業などが排出するCO2に価格を付けることで排出抑制を促す制度。炭素税や国内排出量取引、クレジット取引などの手法がある。

PROFILE

髙村 ゆかり(たかむら・ゆかり)

東京大学未来ビジョン研究センター教授。1964年、島根県生まれ。京都大学法学部卒業。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。龍谷大学教授、名古屋大学大学院教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)教授などを経て、2019年4月より現職。専門は国際法学・環境法学。ロンドン大学客員研究員(2000~2001年)。環境省中央環境審議会会長、東京都環境審議会会長、企業のサステナビリティ情報開示の基準を策定するサステナビリティ基準委員会(SSBJ)委員など各方面で活躍。経済産業省再生可能エネルギー買取制度調達価格等算定委員会委員長も務めた。2018年度環境保全功労者環境大臣賞受賞。