和人はじまりの地で中世の歴史を知る
〜北海道上ノ国町と上ノ国第二風力発電所を訪ねて〜
藤岡 陽子

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夷王山山頂から見た日本海と上ノ国町。

J-POWER上ノ国第二風力発電所が、2024年5月に北海道檜山郡上ノ国町で営業運転を開始した。日本海に臨み、道内で最も早い時期に和人が定住したとされる、歴史ある町を歩いた。

作家 藤岡 陽子/ 写真家 かくた みほ

藤原氏の残党が漂着 和人定住の歴史を知る

標高159mの夷王山(いおうざん)の頂に到着すると、目の前に絶景が広がっていた。
薄い雲が流れる水色の空、蒼い海、遠くに浮かぶ島々の影――。
神の気配を感じる美しい景色に、しばらく言葉が出てこない。いまの自分と同じ場所に立ち、この風景を眺めただろう過去の人々に想いを馳せる。
かつて蝦夷地(えぞち)と呼ばれていた北海道に和人が定住したのは、平安時代末期だと伝えられる。1189年に源頼朝が奥州藤原氏に討ち入り、敗走した藤原氏の残党が移り住んだとされるのが、現在の上ノ国町(かみのくにちょう)。つまり上ノ国は北海道で最も早い時期に和人が定住した土地として知られている。
それ以降、蝦夷地に移住する和人は増えていくのだが、この地で暮らした彼らの胸の内にはどんな想いがあったのだろうか。
諦念、故郷への思慕、あるいは野望……。
だがそのすべての想いを、太陽を映して光る海は、余すことなく受け入れてきたのだろう。
また、和人が定住する以前からこの地にはアイヌ民族が暮らしていたという。アイヌの人々にすれば突然現れた和人は脅威だったに違いない。
海と山に囲まれたこの美しい土地に、かつてどのような歴史があったのか知りたいと思う。

勝山館跡地を歩いて学ぶ 和人とアイヌ民族の共生

武田信廣が勝山館内に創建した上ノ國八幡宮本殿が収蔵されている拝殿。
北海道最古の木造民家、旧笹浪家住宅。
ガイダンス施設から勝山館跡地に続く道。

夷王山の中腹に建つ勝山館(かつやまだて)跡ガイダンス施設では上ノ国町の歴史を学べると聞き、訪ねて行った。
来訪を待っていてくださった学芸員の佐藤貢平さんに、北海道の中世史について教えていただく。
「鎌倉時代、蝦夷地は東北で勢力を誇っていた安東氏が統治していました。ですが室町時代に入ると安東氏は南部氏と対立し、争いに破れ、東北から蝦夷地に逃げてきたんです」
道南を支配下に置いた安東氏は、その後、蝦夷地管領として流刑人の監視や交易で勢力を伸ばしていた。ところが1457年に勃発したアイヌ民族との対立、「コシャマインの戦い」によって、再び窮地に陥る。この戦いで道南に築かれた十二の館のうち花沢館(はなざわだて)と茂別館(もべつだて)以外の十館がアイヌ軍によって陥落したと伝えられる。
「その時、安東氏を救ったのが花沢館に客将として招かれていた武田信廣でした。信廣がコシャマイン親子を討ち取り、安東氏は勝利をおさめました」
戦いの後、信廣は花沢館の主であった蠣崎季繁(かきざきすえしげ)氏に婿入りし、1470年頃に勝山館を築城。上ノ国を拠点に蝦夷地の統治へと乗り出していった。
涼やかな風が吹き抜けていく勝山館跡を歩いていると、
「ここが、和人とアイヌの墓があったところです」
と佐藤さんが足を止めて指差した。その場所からは三つの墓が発掘されたといい、一基は頭が北側に、あとの二基は東側に向けてあった。
「一基は和人式の埋葬で、二基はアイヌ式でした。同じ場所に埋葬してあることから、勝山館では和人とアイヌが共生していたことがわかります」
アイヌ民族が使用していた陶磁器や未完成の骨角器が発掘されたことなどからも、二つの民族が共に生活していたことが考えられる、と佐藤さんが教えてくれる。
これまで和人とアイヌ民族には対立の歴史しかないように思い込んでいたので、佐藤さんの話は安堵と驚きを伴って心に響いた。
夷王山を下った海沿いには北海道最古の民家、1857年以前に建てられたという旧笹浪家住宅の主屋や土蔵がいまも残っている。土蔵に鎮座する円空仏の微笑みが、悠久の時の流れを見守っていた。

勝山館跡ガイダンス施設。
学芸員の佐藤貢平さん。大学時代に上ノ国町の遺跡発掘に参加した経験がある。
施設内には和人とアイヌの墓を復元したものが展示されている。
実際の勝山館跡を200分の1の大きさで再現した模型。
旧笹浪家住宅の囲炉裏。
旧笹浪家の土蔵に保管された円空仏。円空は17世紀の遊行僧。
道の駅「上ノ国もんじゅ」近くの海岸にあるもんじゅ岩。
上ノ国町のシンボル日方泊岬灯台。

宿泊施設のあるワイナリー ワインづくりに懸ける想い

上ノ国ワイナリーに併設する葡萄畑ではピノ・ノワールが栽培されていた。
地元の人々や観光客の拠点となる道の駅「上ノ国もんじゅ」。
上ノ国ワイナリーを運営する郡司さん(左)と平野さん(右)。

上ノ国町湯ノ岱(ゆのたい)で、廃校になった小学校をリノベーションして建設されたワイナリーを訪れた。こちらは2021年に創業された「上ノ国ワイナリー」で、どんなワインがつくられているのだろうかとおじゃましてみた。
「どうぞー」
と出迎えてくれたのは平野文博さんと郡司丈(ぐんじたけし)さん。平野さんが主に施設の管理を、郡司さんがワインの醸造を担っているという。
「うちのワイナリーの特別なところは宿泊施設があることです。フリースペースも備えているので、会社の説明会など自由な使い方をしてもらえればと考えています」
ワイナリーでありながら、人が交流できる、地域の拠点のような場所づくりを目指していると平野さんが話す。
郡司さんはこの土地ならではのワインづくりを目標に、葡萄の栽培、醸造、出荷と忙しい日々を送っている。
「自社畑で栽培している葡萄はシャルドネ、シラー、ピノ・グリ、ピノ・ノワール、ゲヴュルツトラミネール、アコロンなど7種類です。いまいちばん育っているのが3年目なので、自社の畑でできた葡萄からワインをつくるのはあと少し先なんですけど」
郡司さんは東京都出身で、ワインの醸造をするためにこの地に移り住んだ。一方、平野さんは中学生まで上ノ国町で育ち、高校進学を機に地元を離れた。
平野さんが故郷に帰ってきたのは、40歳の年。
「自分がここにいることで、若い年代の人たちが地元に興味を持つきっかけになってほしい。いろいろな経験をして戻ってくるのもありだよ、こういう働き方もあるよと伝えたいんです」
という想いがある。
郡司さんの目標は、自社畑で採れた葡萄でワインを醸造し、北海道産のミズナラ樽で熟成させること。大学院を卒業してからシステムエンジニアとして働き、それでもワイン醸造への憧れがやまず、いま夢を実現しようとしているその目には静かな闘志が宿っていた。
現在44歳の郡司さんと41歳の平野さん。二人の想いはそれぞれだけれど、ゴールは同じ。上ノ国ワイナリーを国内外の多くの人たちに知ってもらうことだ。
「種を蒔かないと、花は咲きませんから」
と平野さんが夏の花のような笑顔を見せた。 
旅もいよいよ終わりが近づき、最後に道の駅「上ノ国もんじゅ」に立ち寄った。
地元の人や観光客で賑わうこの道の駅では、新鮮な野菜やアワビ、ホタテなどの海産物、国内では上ノ国町でしか採掘できないブラックシリカなどが販売されている。道の駅から続く石の階段を降りていくと日本海に繫がり、再びの絶景に言葉を失った。
(また来るね)
海に向かって囁くと、
(またおいで)
と白い波が押し寄せてくる。
蒔いた種が花開くのを見るために、数年後、神の気配が宿るこの町を訪れようと思う。

天然鉱石のブラックシリカ。日本では上ノ国町でしか産出されないとされ、遠赤外線やマイナスイオンを高レベルで放射する。
道の駅「もんじゅ」の特産品販売所では地産の農産品、水産品の販売を行っている。
上ノ国ワイナリーのワイン。上の泡セイベルロゼスパークリング2022(左)、上の赤(中央)、上の白ナイアガラ2022(右)。
元小学校をリノベーションして建設された上ノ国ワイナリー。

2地点目の風力発電所 10基が営業運転開始

上ノ国第二風力発電所(写真後方)と上ノ国ウインドファーム(写真前方)の風車群。

今年の5月18日に運転を開始した上ノ国第二風力発電所は、上ノ国町2地点目となる風力発電所だという。
1地点目は2014年に運転を開始した、上ノ国ウインドファーム。今回はこの2地点の発電所を見学させていただいた。
「風車ほど大きいものはなかなかないですから、運ぶのにも準備が必要です。山の中は風車の羽根を寝かせては運べないので、起立台車に載せて、縦にして運ぶんですよ」
発電所の建設について詳細に教えてくださったのは、着工から運転開始まで5年間工事の指揮を執っておられた川﨑昌三さん。土の中に埋まっている風車の基礎が約900m3、2,000トンもの大きさであることを初めて知った。
新しい風車は、ナセルという風車の中心にある発電機などの機械が入る部位までの高さが約85m、羽根(ブレード)が約60m、回転部分の直径が約120mなので、運搬や組み立てにも相当な準備が必要だという。
そしてこの2地点の風車の保守と管理を担われている菅股公昭(すがまたきみあき)さんには部品の修理や交換についての話を聞かせていただいた。
「羽根を外したり、ナセル内の機械を交換する時は200トン、500トンのクレーンを使います。羽根を外すと風車のバランスが崩れるので、何時間以内で作業を終えなくてはいけないなど、時間制限もあるんです」
川﨑さん、菅股さんから話を伺い、風車の建設や保守、管理には膨大な時間と労力が費やされていることを学んだ。
風を受け、優雅に回る風車の背景に、その安全を守り続ける社員の方々の存在があることを忘れずにいたい。

上ノ国町にある風力発電所および主な取材先・撮影地の分布図。
上ノ国第二風力発電所の風車。
風車の前に立つ川﨑さん(左)と筆者(中央)と菅股さん(右)。
風車の保守と管理を担う「株式会社ジェイウインドサービス」。
上ノ国第二風力発電所と上ノ国ウインドファームを運営する上ノ国事業所。
事業所内で発電の状態が確認できるシステム。
予備に保管された風車のブレード。
上ノ国ウインドファームの風車、3号機の出入口。
風車内に設置されている昇降装置。
発電所内の遮断器および変圧器。
風を受けて回る風車。発電に最もベストな風速は12m/秒。


上ノ国ウインドファーム

所在地:北海道檜山郡上ノ国町
運転開始:2014年3月
最大出力:28,000kW(2,333kW×11基、2,337kW×1基)


上ノ国第二風力発電所

所在地:北海道檜山郡上ノ国町
運転開始:2024年5月
最大出力:41,532kW(4,300kW×10基)
※ 発電所全体の出力合計を41,532kW以内に制御します。

Focus on SCENE 龍神伝説が残る海辺の窓岩

北海道南西部、日本海に面した上ノ国町(かみのくにちょう)は古くから和人とアイヌが共生していた町で、多くの伝説が残る。その1つが大澗ノ崎(おおまのさき)にある「神の道(かんのみち)」と呼ばれる奇岩だ。岩を横から見ると穴が空いており、その上が階段のようになっている。海の神「龍神」が龍燈となってこの階段を登り、太平山の女神に逢うために八幡牧野という丘陵地を通っていくという。周辺にはもんじゅ岩と呼ばれる岩など、珍しい形の岩が点在。誰もが物語を想像したくなるような場所なのだ。

文/豊岡 昭彦

写真 / かくた みほ

PROFILE

藤岡 陽子 ふじおか ようこ

報知新聞社に勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年、『いつまでも白い羽根』で作家に。2024年、『リラの花咲くけものみち』で吉川英治文学新人賞受賞。京都在住。最新刊は『森にあかりが灯るとき』。