シティマラソンに貢献する通信技術とは
マイクロ・トーク・システムズ株式会社
匠の新世紀
マイクロ・トーク・システムズ株式会社
東京都千代田区
マラソンやトライアスロンなどの競技でタイム計測を行う際に、選手が付けたICタグの情報を活用する非接触の通信技術が活用されている。
この分野で開拓者とも言えるマイクロ・トーク・システムズを訪ねた。
マラソンの大衆化によって必要となったタイム計測
数千人、数万人が走るシティマラソンでランナーたちのタイム計測はどのように行われているのだろうか。それを可能にしているのがRFID(Radio Frequency Identification:無線周波数識別)という通信技術だ。小さな半導体にIDを記録し、短距離&非接触でデータ交換をする通信技術で、我々の身近なところでは交通系ICカードに代表される。
マラソンのタイム計測の分野で世界最高レベルのシェアを持つマイクロ・トーク・システムズ株式会社を訪ね、代表取締役社長の橋本純一郎さんにお話を聞いた。
「マラソンという競技はもともとはエリートのもので、一般の人がやるものではなかったのです。参加者の数が少なければ、タイム計測もそれほど大きな問題ではありませんでした。マラソンのタイム計測が問題になったのは市民マラソンが始まってからで、実はそれほど昔のことではありません。
最初の市民マラソンは、1970年のニューヨークシティマラソンと言われています。ニューヨークにあるセントラルパークの周囲が約10kmで、それを4周して42.195kmを走るというので、最初の参加者は127名でした。そのころからマラソンブームが起こって、80年代、90年代と参加者がどんどん増えてくる。そうすると、参加した市民ランナーからも自分の走行タイムを知りたいという声が出てきたわけです」
1993年に、オランダの企業が開発した「チャンピオンチップ」という製品が登場。ランナーのシューズにRFIDタグを取り付け、地面に設置したセンサーで信号を読みとるという製品だった。同製品はアトランタオリンピックで使用されたほか、ニューヨークやロンドン、ベルリン、シカゴ、ボストンなどの世界5大マラソンでも使用されるようになっていた。だが、陸上では胸(トルソー)がゴールラインを通過した時にタイム計測するのが原則で、シューズにRFIDタグを付けたチャンピオンチップでは正確なタイムとは言えなかった。この胸でタイムを計測するトルソーシステムの開発に挑戦したのが橋本さんが社長を務めるマイクロ・トーク・システムズだ。
5年がかりで開発した世界唯一のトルソーシステム
橋本さんがRFIDの存在を知ったのは1990年ごろだったという。RFIDは、米軍が砲弾を識別するために開発した技術を民生化したもので、短距離の電磁波でデータのやり取りをする通信技術。当時、この技術が米国で民生化されたことを知った橋本さんは、それを活かした製品を開発・販売する会社を模索し、賛同者を得て1994年に創業。
同社が最初に取り組んだのは、電気錠の開発だった。バッテリーを持たないパッシブ型と呼ばれるICタグを内蔵したカギを、扉に設置した受信機にかざすと、そこから出た電磁波に反応してICタグがデータを返し、それによって開錠ができるもの。
2年がかりで開発し、1996年に発表。マンションやスポーツジムなどで使用され、2000年には年間約3万個、2005年には30万個まで売上を伸ばした。そのほか、物流分野でもRFID技術を使用したフレコンバッグの所在管理を行う製品なども開発した。
同社がマラソンのタイム計測用トルソーシステムの開発に取り組み始めたのは2000年頃。同社の電気錠はバッテリーを持たないパッシブ型だったが、パッシブ型は半永久的に使用できるものの、タグから発信できる電磁波は数cmしか飛ばない。先行したチャンピオンチップが、シューズにタグを付けたのは、地面に置いたアンテナ(センサー)でこの数cmの電磁波をキャッチするためだ。一方、胸で計測するためには、200cm程度の通信距離が必要になるため、バッテリーを内蔵したアクティブ型のRFIDタグを開発する必要があった。マラソンで使用するための要件を洗い出し、技術開発をスタートした。
開発にあたっては、
① 衣服やゼッケンなどに付けられるように小型であること
② 防水や耐衝撃性など厳しい環境に対応できること
③ 地面に置くマット型アンテナから胸の高さまで電磁波を飛ばせること
④ 同時に多人数の測定に対応できること
などを目標にした。一番苦労したのは、複数のランナーがほぼ同時にゴールする場合の正確性だったと橋本さんは語る。
「マラソンでは複数の人が同時にゴールすることもあるわけです。そうした場合に、10人なら10個のタグが同時、または短時間のうちにゴールを通過するので、それを正確に記録しなければなりません。正確性が99.99%、いわゆる『フォーナイン』であることを条件に開発しました」
その実験のために多摩川の河川敷にゴールを設定し、複数のタグを持った社員に通過させ、センサー感度などのチューニングを何度もくり返したという。開発には5年ほどかかり、2004年11月に商品として出荷できるところまでこぎ着けた。
J-chipの計測システムは、主にJ-chipタグ、J-chipマットアンテナ、J-chip計測受信機の3つから構成されている。
J-chipタグは、ゼッケンなどに取り付ける縦28×横44×厚さ7㎜のプラスチック製の部品で、ICタグとバッテリーを内蔵。計測地点を通過した時にランナーのIDナンバーを受信機へ発信する。
J-chipマットアンテナは、計測地点に敷くマット型のアンテナで、ランナーがマット上を通過すると、ICタグが発信した固有のIDナンバーを受信する。
そして、J-chipマットアンテナが受信した情報を記録するのがJ-chip計測受信機。
当時、東京都が行っていた中小企業支援事業を利用し、ミラノとマドリッド、ニューヨークなどの展示会に参加し、日本だけでなく、イタリア、米国、台湾、オーストラリア、シンガポール、フィリピンなどで採用され、20カ国以上、海外で数千大会、国内でも数百大会で使用されるようになった。
精度の高さがウリのJ-chip 新分野に活躍の場を広げる
「2004年の発売から20年経ち、競争相手も増えてきました。J-chipはデータの正確さがセールスポイントですが、バッテリー内蔵のため、最後にICタグを回収しなければいけません。一方、正確性には欠けても回収しなくてもいい、安価な使い捨てタイプの製品も出てきました。5万人、10万人が参加する大会ではタグの回収も手間がかかるので、使い捨てタイプに移行し始めました」
そんな中、今J-chipがシェアを広げているのがトライアスロンやアイアンマンレース、トレイルランニングなどの世界だと橋本さんは語る。
「安価なパッシブ型のチップではどうしても1%くらい、データが取れないことがあります。でも、山の中を走るトレイルランレースなどでは様々な危険があり、人命に関わりますから、そういうレースではチェックポイントごとの精度が求められます」
さらに、同社が最近開拓したのがサラブレッドなどの競走馬を育てる育成牧場の分野だという。自動的にタイム計測、記録することで、馬の調子を把握したり、トレーニングなどに活用しているという。
橋本さんは、今後について「人に役立つことをベースとしながら、新しい技術を活用し、技術力で世界的に負けないものをつくっていきたい」と意気込みを語ってくれた。
取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉
PROFILE
マイクロ・トーク・システムズ株式会社
RFID技術を活用した機器を企画・販売する電子機器メーカー。マラソンなどでタイム計測に使用されるJ-chipは、世界のスポーツタイム計測の業界で約40%のシェアを持つ。最近では省エネ・環境改善機器の販売も手がける。