100年後を構想する技術と社会と人類の物語
加藤 英彰 × 小川 哲

Global Vision

J-POWER社長

加藤 英彰

小説家

小川 哲

答えのない「問い」を起点として、得るものと失うものの両面から人間の葛藤や社会の危うさを描き出す気鋭の直木賞作家、小川哲さん。
未来を見通す物語はどのようにして紡ぐのか。小説家の思考に耳を傾ける。

これからも輝いていく本を読むことの価値

加藤 本日は小説家の小川哲さんにお越しいただきました。小川さんは東京大学大学院博士課程に在籍中、第3回ハヤカワSFコンテストに投稿された『ユートロニカのこちら側』が大賞に選ばれ、2015年に小説家デビュー。以来、『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞、『地図と拳』で直木賞と山田風太郎賞を受賞されるなど、大変なご活躍です。日本推理作家協会賞の『君のクイズ』は今年、映画でも話題になりました。近く新刊のご予定もおありとか。

小川 『屁理屈と哲学』という題名ですが(9月4日発売)、これ自体は小説ではなく、私がこれまでに書いてきたいろいろな文章の中から、編集者と書評家が面白いと思ったものを選んでまとめたものです。小説とかエッセー、書評、評論、果ては学生時代の修士論文まで、様々な文章を寄せ集めた、いわば「小川哲、切り抜き集」みたいなものです。

加藤 小川さんご自身の思想や経験知、そこに紐づく教訓や格言といったものが詰まった箴言集(しんげんしゅう)のようなものですか。

小川 そうですね。ただ、この一部分だけを読んで、元の文章の全体を知ることはできないし、前後関係がないので書いた意図を誤解されるかもしれません。たとえどのような受け止め方であっても切り抜いた部分をきっかけに、元の本や作品に興味を持ってもらえたらいいと思っています。この本の「あとがき」にも書いたのですが、そもそも作者が意図したとおりにすべての文章が伝わるとは限らないわけですから。

加藤 それは面白い試みですね。最近では若い世代を中心に長い文章を読むのが苦手という人が増えています。SNSなどの普及もあって、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視して、短い文や動画が好まれる傾向にある。私の世代には、これでいいのかと先行き不安にもなりますが、それを逆手にとって断片から全体へと誘うという、画期的な方法ではないでしょうか。

小川 出版物をつくって売るという、これまでのビジネスモデルは早晩限界が来るだろうとは思っています。ただ、本そのものがなくなることはないと思います。大部分の人が短いものしか読めない時代になれば、相対的に長文を読めることの価値が上がります。難しいことを理解するには、ある程度の長い文章を読む必要があります。じっくりと論旨を追い、著者の主張に耳を傾けられることが貴重な能力とされ、それを可能にする本というメディアの価値が今以上に輝いてくるのではないでしょうか。とは言いながら、私は文章を書いて生活をしているので、本が売れないのは困ります。どうしたら読者が増えるだろうと私なりにあれこれと考えて、その中の一つのチャレンジとして『屁理屈と哲学』もあるといったところです。

加藤 なるほど。それで小川さんの作品には、ご自身の生き方を綴った『斜め45度の処世術』や、何人もの著名作家との対談で小説技法を明かしていく『こうやって作家は言葉を紡ぐ』というような、小説の枠を飛び越えたものも多く見られるのですね。

技術と社会が織りなすダイナミズムを小説に

加藤 私が今回、小川さんとぜひお話ししたいと思ったのは、小説の面白さもそうですが、エネルギーや科学技術といった、J-POWERが日々向き合っている課題への関心が大きいようにお見受けしたからです。例えば、満洲の架空都市を舞台とする『地図と拳』には、石炭を思わせる「燃える土」をめぐる国家の思惑や人々の葛藤が描かれています。

小川 そうですね。日本はなぜ戦争へと突き進んだのか。その問いについて考えることを出発点として書いた小説ですが、それにはやはり資源というものを抜きには語れません。私は技術そのものにも関心がありますが、その技術がどうやって社会を変えてきたか、あるいは社会の変化によって技術がどう扱われてきたかといった、社会と技術の関係性に表れるダイナミズムにひときわ興味があるので、小説の中でもそれを扱うことが多いのかもしれません。

加藤 確かに、社会と技術の接点において、エネルギーは大きなテーマになりますね。我々も気候変動への対応を迫られる中で、水力・風力・地熱・太陽光といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)の開発や、石炭火力発電における脱炭素技術の開発などにしのぎを削っているところです。
ただ、技術開発には時間もお金もかかりますし、エネルギーというのは公共財で、人類の文明や生活に非常に大きな影響を及ぼすものであるだけに、短期決戦的に事を運ぶわけにはいきません。長い時間軸で先を見て、じっくりと考えて意思決定をする必要がある。ところが、資本市場では株主の要求に応え、事業の効率性を高め、短期的に決断することが迫られます。その両立をどのようにして図るのか。我々エネルギー企業が抱えているジレンマです。

小川 わかります。現に社会に必要なインフラとなっている以上、資本主義といえども利益だけを追求するわけにはいかない。これはテクノロジー全般にいえることかもしれませんが、ある一定の段階まではその技術をもって人々の関心を引き、人気を集め、お金を引き出すことに全力を注げばいいとしても、それが定着してある種のインフラと化したらもう、それだけではやっていけない。倫理や道徳の領域に踏み込まざるを得ない部分が出てきます。便利で使い勝手の良いものを提供するだけでは許されません。GAFAM(米国の巨大IT企業5社)がそうであるように、そのインフラをどうやって社会に活かし、地球の未来にどうつなげるかの視点が求められることになります。

加藤 おっしゃるとおりです。電力事業でいえば、経済性・環境性・安全保障(安定供給)に安全性を加えた「3E+S」が要諦とされ、それらのバランスを保つことが大命題です。どれか一つに偏れば、そのしわ寄せが他にいく。経済一辺倒では見限られるし、環境対応だけでも立ち行きません。そうした均衡は時代や社会によっても変わり、絶対的な答えがない中で常に最適解を求めて努力を続けるしかありません。

欲望とリスクの狭間で私たちは何を選ぶのか

小川 電力といえば、これからAIの活用がますます進むと、データ処理に使われる電力消費が膨大になるのではありませんか。

加藤 そうですね。AIに特化したデータセンターを一つ建設すると、そのエリアの電力需要が一気に増えますし、高度な冷却システムを併設するので大量の水も消費します。私たちは普段、進化する生成AIのすごい能力ばかりを見せられて、これからはソフトウェア重視のデータドリブン型社会になるのだと思わされています。ですが、その生成AIを動かすのに必須の電力が、ハードウェア産業の最たる存在である発電所から生まれていることも、忘れないでほしいと思います。

小川 AIを利用している人にとって、電気を使っているという感覚はまだないと思います。エアコンをつけっぱなしにすることには気後れしても、AIを使い続けることは気にしない。本当はAIのほうが多くの電気を消費しているのに。

加藤 電気がもったいないからAIを我慢しよう、とはなりませんね。

小川 窓を開けて換気をしている時、エアコンは止めるのが当たり前。でも、AIの場合はその感覚が働かず、窓を開けたままエアコンを使っているのに等しい状態ともいえます。今はまだAIの利便性や投資効果が先に立ち、押せ押せで走っているのだと思いますが、いつかどこかでリターンの局面に至った時、自分たちがどれだけ多くの電力を消費していたかを思い知る。そういうことを可視化する仕組みも、つくる必要があるように思います。

加藤 それは電気代の問題だけでなく、電気をつくるのに伴う資源の消費や、温室効果ガスの排出といった問題にもつながりますね。それを認識した上で、電気を生み出す電源をどう組み合わせ、どのように電気を使うのかを考えなくてはなりません。気候変動対策は必要不可欠ではありますが、再エネだけではまだ電力需要は賄えず、化石燃料も使わざるを得ないのが現実です。

小川 我々はもう、電気のない世界で暮らすことは不可能なところまで来てしまいました。その電気を生み出す行為は多かれ少なかれ、地球に負担をかける行為でもあります。利便性を追い求める人間の欲望と、その裏側にあるリスクとの関係をどう調整していくか。つまり、自分たちにとってリスクを冒しても手放したくない利便性とは何か、電気を使う国民自身が選び取っていかなくてはならないのだと思います。今後100年先、200年先の未来に向けて、それをどうするのか、私自身の関心あるテーマでもあります。

加藤 何かそのまま小説の題材にもなりそうなお話ですね。

小川 実は、9月にもう一つ新刊を出すことになっていて、エネルギー問題が主題ではないのですが、温室効果ガス削減に向けて「光合成するセメント」を開発したベンチャー企業の思惑と、その企業価値をめぐって展開する物語。新聞連載をまとめたもので『オルロージュ』といいます(9月30日発売)。

加藤 ぜひ読ませていただきます。タイパの良い短い文章では著せない世界に没入できそうです。

小川 ありがとうございます。結局、心地良い話だけでなく、何かを得れば何かを失う、便利なことの裏側には負の側面もある、そういうことを暴いたり投げ掛けたりしていくことが、小説やメディアの役割だと思います。

答えのない問いから未来への物語が始まる

「燃える土」をめぐる満洲・架空都市の興亡
日露戦争前夜から第二次世界大戦まで、満洲へと呼び寄せられ、「燃える土」をめぐって殺戮の半世紀を生きた男たちの運命を描く歴史×空想巨編。第168回直木賞受賞作。『地図と拳』(2022年/集英社)
小川哲の真髄を知る前代未聞の哲学的断片集
デビューから現在までの小川哲のあらゆる作品および東大時代の修論まで含む膨大な文章群から精選した、123個の格言・寓話・断片をリミックス&マッシュアップ。『屁理屈と哲学』(2026年/集英社)

加藤 小説を書かれる時、どんなことを大事にされていますか。

小川 会社は利益を出さなくてはなりませんよね。理念やビジョンを語っても、利潤を生まなくては空虚に聞こえます。それと同じで、小説家は面白いものを書かなくてはいけない、ということを大前提としています。もちろん、先ほど言った社会とテクノロジーの結びつきとか、そこから生まれるダイナミズムといったことも小説を書く上で大切ですが、それを知りたくて小説を読む人はほとんどいないでしょう。やはり面白いものを読みたい、読むことを楽しみたいと思って人は本を手にするのだと思います。だったら、まず楽しんでもらう。そこでようやく、私が書いたことに目を向け、考えてもらうことができる。その順序は崩さないようにしたいと思います。

加藤 物語のつくり方という意味ではいかがですか。何か書きたいこと、知りたいこと、興味のあることのパーツが頭の中にたくさんあって、それらをつないだり重ねたりしながら形をなしていくのでしょうか。

小川 そういう部分は確かにありますね。その発端には小説を通じて問いたい物事があり、それに対してどこに視点を置き、どんな角度からどのようにして見るかを考える。

加藤 まず大きな問いのようなものを立て、それを有効にするための設定や方法を考えながら物語を組み立てていくのでしょうか。

小川 そんな感じです。例えば、AIがこのまま広がった社会はどうなるんだろう、みたいな。ただし、その問いには答えがないのがベスト。私は、簡単には答えの出ないもの、最後まで答えにたどり着けそうにないものこそ、長い文章を通じて考えるべき問題だと思っているので。多種多様な人々が暮らすこの社会において、自由と不寛容はいかにして両立できるのか――これって答えはありませんよね。誰かにとっての自由は、別の誰かの自由を妨げてしまうわけで、全員が完全に自由に生きられる世界はない。それでも、どこかに線引きをしなくてはならない。私はそういったことを問いに設定するケースが多いですね。

加藤 エネルギー問題はそこに通じるものがあります。その問いを、どのような物語を通じて需要家や投資家の皆様、そして発電設備を置く地域の方々に対して投げ掛けるのか。実は私たちもそのことを意識していまして、流行りの言葉では「ナラティブ」というのでしょうか、ある種の物語を通じて長期的なビジョンを伝えることを少し前から始めています。
J-POWERが2021年に発表した「J-POWER 〝BLUE MISSION 2050〞」という長期戦略もその一つです。発電事業から排出するCO2を2050年までに実質ゼロとすることを目標に、再エネや水素などのCO2フリー電源の拡大を核としてカーボンニュートラルと水素社会の実現を目指していく、という筋書きです。ただ単に数値目標を挙げて事業計画を説明するよりも、流れのある一連の物語として表現したほうが訴求できるように思います。

小川 私もそう思います。人間は脳の構造的に、物事を物語として理解するようにできているんじゃないかなと。逆に言えば、物語になっていないと理解が進まない。だから歴史の教科書なども、一貫した流れの中でいろいろな事件や出来事を関連づけて学ぶようになっています。この時この事件が起きたから、後でこんな世の中になり、こんなことも起きました、というように。でも実際には、それぞれの事件はさほどの関連もなく別個に起きたのかもしれないし、それ以外の無関係な出来事も無数に起きていたはずで、その中からめぼしいものを抜き出して、物語として編み直したのが歴史の教科書だったりするわけです。

加藤 そうだとすると、過去の話はもとより、未来に向けての話も物語として読み聞かせるほうが説得力が増しますね。特に企業が長期的な展望を語る場合、50年先、100年先の日本や世界のことを考えたら、今はこうすることが最も合理的な道筋ですと説明すれば、とかく短期的な成果に目を光らせがちな株主も納得してくれるかもしれません。

小川 おそらく。でも、そうやって腑に落ちてしまうのが物語の怖いところでもあって、陰謀論のようにそれを悪用した例もたくさんあります。ゲルマン民族の東方生存圏拡大を構想して侵略戦争を展開したナチス・ドイツ、そして五族協和を掲げて満州国建設を正当化した日本。そこにもやはり物語があった。物語は毒にも薬にもなるということを自覚しないといけません。

いくつもの可能性から次代の社会を構想する

加藤 人間は物語によって理解をする生き物だというお話ですが、そうなると、小説家というのはかなり重要な役割を持つ職業といえます。

小川 人間のその根源的な力を頼りに、娯楽や教訓や啓蒙といったいろいろなものを物語に変えていく商売、ということになりますか。

加藤 だからこそ、なくならない。

小川 私は何かがいつまで続くかを考える時、それが過去に何年続いてきたかを見るのですが、小説の場合は1,000年の歴史がある。

加藤 『源氏物語』から1,000年。

小川 はい。だから、この先それくらいは続くのかなと。核家族はせいぜい数十年の歴史だから、数十年後には別の家族の形が一般化しているかもしれないし、インターネットもまだ約30年で、もしかしたらAIが近くその概念を覆すようなことがあるかもなどと考えたりします。電気はどうでしょう。エネルギー自体はなくならないとしても、電気に代わる革新的な動力源が現れるかもしれません。

加藤 それこそ100年先かもしれませんが、核融合技術の実現は期待されています。太陽と同じ原理で水素のような軽い原子核同士を合わせてつくるエネルギー。フュージョンエネルギーとも呼ばれますが、J-POWERもその支援のため、技術開発のスタートアップ企業に出資をしています。

小川 私が生きている間には実現しないかもしれませんが、それまでの時代をどう過ごすかを考えるのも面白いですね。核融合も含めて様々に考えられるシナリオの中で、自分たちがどのような選択をするかによって社会との関わりを構想していく。J-POWERはそういう仕事をされているわけですよね。それは、いくつもの筋書きを考えて選び取る小説家の仕事にも通じているような気がします。

加藤 確かに接点がありますね。電力事業の場合、未来に向けた絶対的なソリューションはまだ見えないので、試行錯誤をしながら道筋を探っている状況です。

小川 それでも、未来の姿を想像して、どんな物語を紡ごうかと考えをめぐらせることは面白そうです。

加藤 小川さんの小説のような、ワクワクする展開を考えます。ありがとうございました。

(2026年8月10日実施)

構成・文/松岡 一郎(株式会社エスクリプト) 写真/大橋 愛

PROFILE

小川 哲(おがわ・さとし)

1986年、千葉県生まれ。東京大学理科一類を経て教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程退学。博士課程2年次の2015年、『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し、小説家デビュー。2018年『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。2022年『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、翌年に第168回直木三十五賞を受賞。同年『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞。他の著作に『嘘と正典』、『君が手にするはずだった黄金について』、『スメラミシング』、『火星の女王』、『こうやって作家は言葉を紡ぐ』などがある。