豪雪地帯で学ぶ雪解け水の恵み〜新潟県魚沼市と末沢発電所を訪ねて〜
藤岡 陽子
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J-POWER末沢発電所は日本屈指の豪雪地帯、新潟県魚沼市にある。江戸、明治時代に活躍した天才彫刻家の作品が残る寺や、雪を使った昔ながらの製法で酒づくりをする酒蔵などを訪ねる旅に出た。
小説家 藤岡 陽子/ 写真家 かくた みほ
ハーブ香園の展望台から魚沼の名峰を眺める
標高約440mの丘陵にある展望台に立ち、清らかな空気を思いきり吸い込んだ。
眼前には浅草岳、守門岳(すもんだけ)、そして魚沼アルプスと呼ばれる越後駒ケ岳、八海山、中ノ岳の青々とした山並みが広がっている。
畏怖と恩恵――。
大自然の中にいると縮こまっていた心が膨らみ、不安や不満やささいな悩みが薄れていく気がする。
私は登山をしないけれど、山に登る人は日常を離れ、新しい自分に出会うために頂を目指すのかもしれない。
夏の間は美しい山と田園の風景が続く魚沼市だが、冬は積雪3mを超える豪雪地帯として知られる。山々にもたくさんの雪が降り積もり、雪解け水が川へと流れていく。




再生可能エネルギーへの期待高く評価される水力発電
雨も雪もよく降るこの地域は、戦前から水力発電が盛んである。私が今回訪れた小出電力所は、阿賀野川水系と信濃川水系を合わせて8か所の水力発電所と、渓流取水ダムを含めた22基のダムの保守・管理を行っていると聞いた。
昨今、二酸化炭素を出さずに発電する水力発電の価値はより高く評価されるようになってきた。それに伴い、再生可能エネルギーを使用したいと考える企業が増えてきたという。
このような社会の流れの中で、2026年4月、JR東日本グループの小売電気事業者であるJR東日本商事が末沢発電所から電気を購入し、同グループの複数の施設に供給する取り組みがスタートした。
末沢発電所がつくった電気は、只見線の8つの駅舎や越後湯沢の商業施設「CoCoLo湯沢」、「ルミネ新宿」など、他にも多くの施設で使われている。
また、JR東日本びゅうツーリズム&セールスと連携してインフラ見学ツアーを企画し、普段は一般開放していない末沢発電所の設備を案内するなど、発電と観光を繋げた地域活性化にも力を入れている。
水力発電に関わる諸設備の保守・管理は山奥での作業が多い。また豪雨や雪害による被害もあるため、作業員の方々の苦労は大きい。だからこそグリーンエネルギーが高い評価を受け、その使い道が可視化される意欲的な取り組みに今後も期待が高まる。
自然を学び、楽しむエコ・ミュージアム
周辺の自然についてより深く知るため、「新潟県立浅草山麓エコ・ミュージアム」を訪れた。こちらの施設は自然そのものが展示物になっていて、バリアフリーの遊歩道を歩いて動植物を観察することができる。
「熊は自ら個体調整をするんですよ。ブナの実が豊作だった年に妊娠した母熊は、翌年、3頭の子どもを産むと言われています。不作の年は妊娠しないし、通常の年は1、2頭の子どもを産むんですよ」
施設の管理人、星野隆さんが話してくださる自然界の不思議がおもしろく、子どものように夢中になって聞き入った。
浅草山麓のブナはかつて材木用に大量に切り出された時代があったものの、現在は見事な二次林を形成している。星野さんによると樹齢200年のブナの木は8tの水を蓄えられるそうで、土砂災害を防ぐ力を持つという。
施設内にあるエコ・ミュージアムセンターでは1960年代に実施した熊狩りの記録映像を観ることもでき、自然の脅威を知った上で共存する大切さを学ぶことができた。
赤城山西福寺に残る名匠石川雲蝶の彫刻
大自然を堪能した後、魚沼市内にひっそり佇む古刹、赤城山西福寺(さいふくじ)に出合った。
こちらは1534年に開創した曹洞宗の寺院で、幕末の名匠、石川雲蝶(うんちょう)の作品が多数残っている。
欄間や板張りの廊下、いたるところに雲蝶の作品が彫られているのだが、最も心を動かされたのは開山堂の天井に施された大彫刻、「道元禅師猛虎調伏(どうげんぜんじもうこちょうぶく)の図」だ。
曹洞宗の開祖、道元禅師が虎に襲われた1シーンを留めた彫刻なのだが、虎、龍、猿、鷲、雀、亀などの生き物がいまにも動きだしそうな迫力である。岩絵具で塗られた朱、緑青、群青、黄土、白土……は幕末に完成したままの状態らしいがまったく色褪せていない。
雲蝶は「彫りの鬼となり作品と向き合った」人だと伝えられているが、開山堂の天井を見上げていると、まさに鬼になった雲蝶の息遣いが聞こえてくるようだった。
雪を使った冷蔵貯蔵庫 雪室で熟成した酒
旅の終わりに立ち寄ったのは、雪を使った貯蔵庫でお酒を熟成させている地元の酒蔵、玉川酒造。従業員の上村祥峰さんに酒蔵の成り立ちやお酒の特徴について、話を聞かせていただいた。
「最初にこの場所で酒づくりを始めたのは、豪農、目黒家の当主でした。1673年のことです。その後、1912年に当酒造が目黒家から酒蔵を譲り受けました」
玉川酒造で現在も酒づくりに使われている酒蔵は、1912年に目黒邸から現在地に移築されたものだそうで、築160年以上の歴史があるという。
「新潟県は日本でいちばん酒蔵の数が多くて、89軒あるんです。うちはその中で3番目に古いと言われています。冬になると酒蔵の吹き抜けの天井から雪が降ってくることもあるんですよ」
原料は新潟産の米にこだわり、玉川酒造を代表する大吟醸原酒「越後ゆきくら」は、昔ながらの雪の貯蔵庫「雪室(ゆきむろ)」の中で熟成させていると上村さんが教えてくださる。
敷地内にある雪室に案内してもらうと、特殊なシートに覆われたこんもりとした山があった。
「夏の間も溶けないんですか」
シートに覆われた雪山を指差して上村さんに尋ねると、
「1年中雪は残ってますね。でもこれでも溶けたほうですよ。3月に雪室用の雪山をつくった時は、建物の2階までありました」
と笑顔が返ってくる。
雪室は1年を通して2℃に保たれているといい、中に入ると汗がすっと引いていき、じきに寒さに耐えられなくなった。
「雪室で貯蔵されたお酒は、まろやかな味になるんです」
と上村さん。
試飲させていただいた「越後ゆきくら」は柔らかな風味とすっきりした後味で、試飲にもかかわらず、「もう一杯」とおかわりしそうになった。
玉川酒造から歩くこと5分。目黒邸が見えてきた。1970年まで目黒家の使用人が暮らしていたそうだが、いまは重要文化財として観光名所になっていた。
旅の終わりが刻一刻と迫ってきて、今度はどの季節に来ようかと魚沼アルプスに視線を伸ばす。
次回はやっぱり雪の季節だろうか――。いつの日か、雪国を走る只見線に乗ってみたい。
2024年にリパワリング 自然の恵みを最大限に活用
今回の取材では小出電力所を訪れ、平石取水ダムと末沢発電所を見学させていただいた。
「こちらの設備は大規模なものではありません。ですが水の一滴は血の一滴のごとくと、川の水を少しでも無駄にしないよう先代が築いた取水設備です」
佐藤浩之所長の説明を聞きながら、吊り橋を渡って平石取水ダムへと近づいていく。前日に大雨が降ったそうで、取材当日は川の上流から運ばれてきた水がなみなみと流れていた。
次に向かった末沢発電所は2024年に2台の水車発電機のリパワリング(更新)工事を終えたばかり。1958年に運転を開始した時は1,500kWだった出力が、現在は2,200kWに増加した。新しい発電機を間近で見て、水力発電の可能性を実感できた。
「発電所の巡視点検は1か月に1回実施します。冬になるとこの辺りは雪が3m以上積もるので、ヘリコプターでここまで来るんですよ」
道路に雪が残っている間は車が通れないので、毎年12月からゴールデンウィーク前までヘリコプターを使って巡視点検の現場まで移動すると教えていただく。
これまでも何度か雪深い土地にある水力発電所を見学してきたが、ヘリコプターで現場に向かう話は初めて聞いた。かんじきを履いた職員の方がまず降り立ち、足で雪を踏み固め、機体が着陸する場所をつくるという。
取材をさせていただき毎回思うのは、私たちの知らないところで、職員の方々が懸命に作業をされているということ。電気を滞りなく使える日常は当たり前ではない。炎天下の夏、雪深い冬、1年を通して設備を保守・管理し、電気をつくり続けてくださる職員の方への感謝を忘れてはいけない。
末沢発電所
所在地:新潟県魚沼市
発電所出力: 2,200kW(1号機と2号機の合計出力)
最大使用水量:8.6m3/s
ダム:平石取水ダム(堤長38.5m、高さ11.0m)
運転開始:1958年2月
Focus on SCENE ブナの森を通り抜ける散策路
「コシヒカリ」の産地として有名な新潟県魚沼市は、周囲を高い山々に囲まれた日本有数の豪雪地帯だ。春になると山地に積もった雪が解け、川となって魚沼盆地の水田を潤す。山の水が一気に流れず、ゆっくりとしみ出すのに貢献しているのが広大なブナの森。落ち葉がスポンジのように雨を受け止め、地中に蓄える。ブナの森が「緑のダム」と呼ばれる所以(ゆえん)だ。写真は、新潟県立浅草山麓エコ・ミュージアムにあるブナの森の散策路。魚沼の豊かな自然を学べるスポットだ。
文/豊岡 昭彦

写真 / かくた みほ

PROFILE
藤岡 陽子 ふじおか ようこ
報知新聞社に勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年、『いつまでも白い羽根』で小説家に。2024年、『リラの花咲くけものみち』で吉川英治文学新人賞受賞。最新刊は『青のナースシューズ』(KADOKAWA)。京都在住。

