自律航行で実現する自由な水上交通の未来
株式会社エイトノット

匠の新世紀

大阪府大阪市

株式会社エイトノット 代表取締役CEOの木村裕人さん。広島観音マリーナで。

島国である日本には400を超える有人離島があるが、その往来を支える海上交通が今、存続の危機に瀕している。
人手不足の船員をアシストする自律航行システムでトップランナーを走るスタートアップを取材した。

自身の「困った体験」で開発と起業を決意

株式会社エイトノット
代表取締役CEO /共同創業者
木村裕人さん

「初めてプレジャーボートを操縦したとき、『こんなに難しいのか』と驚きました」

船舶知能化技術を開発する株式会社エイトノット 代表取締役CEOの木村裕人さんは、起業の経緯をそう振り返る。

昔からダイビングやSUP(スタンドアップパドルボード)などのマリンスポーツが好きだった木村さんは、一級小型船舶操縦士免許を取得し、ボートをレンタルして海に出ようとした。しかし、マリーナから出る際の速度制限や進入禁止エリアなど、覚えるべきルールは想像以上に多い。操船だけでも手いっぱいなのに、複雑なルールにも気を配らなければならないことに戸惑った。

さらに、海上には車線や標識がない。境界線の把握や浮遊物の回避など、初心者にとって不安要素が満載だった。

「プレジャーボートの操船をもっと気軽に楽しめないものか」。そう思った木村さんは、前職で携わっていたロボット技術を応用すれば、誰もが簡単に船を動かせるのではないかと考えた。これが同社設立のきっかけとなった。

もっとも、ビジネスのタネを見つけたからといって、すぐに起業へ踏み切れるわけではない。木村さんは「ビジネス(社会課題)、技術、仲間の3つがそろったことが起業の後押しになりました」と語る。

まず取り組んだのは、市場性と社会課題の調査。島国である日本には400を超える有人離島があるが、人口減少や高齢化が進み、生活を支える定期航路の維持が難しくなっている。また、日本国内で年間1,700件ほど発生する船舶事故の約75%が小型船舶によるもので、その約72%は操縦ミスや不注意といったヒューマンエラーに起因していた。

さらに、船員の高齢化と減少も深刻で、離島航路や海運での減便・運休が相次ぎ、このままでは地域の水上交通インフラが成り立たなくなる可能性があることもわかった。

「水上交通が抱える課題は想像以上に深刻だとわかりましたが、だからこそ、自律航行には価値があると思いました」と木村さんは振り返る。

技術面では、ロボット技術に加えて、最新のAI技術が活かせる見込みがあった。

幸運だったのは、前職でロボット開発をともに行った横山智彰さんが仲間に加わってくれたことだ。横山さんは、ロボカップ世界大会で2度の優勝経験を持つエンジニアで、木村さんには「彼となら必ず目標を達成できる」という信頼があった。

「ビジネス、技術、仲間。この3つがそろったので、『起業するしかない』と思いましたね」

こうして木村さんと横山さんが共同創業者となり、小型船の自律航行システムを開発するエイトノットがスタートした。

エイトノットが自律航行システムを開発するために購入したエイトノットワン(Eight Knot I)。電動船外機が2基あることで、大きな推進力を生み出すと同時に小回りが利き、船のコントロールが容易になる。
マイクロ波の反射で障害物の距離と方向を判断するマリンレーダーとGPS。船の向きや位置を測定する。
船前方に取り付けられたセンサー。白いボックスがカメラ、黒いボックスがLiDAR(各3台)。
船後方のセンサー。白いボックスがカメラ、黒いボックスがLiDAR(各1台)。

試行錯誤で生み出した操船の最適解

モニター上のマップに、現在地や周辺の障害物などが表示される。
左の赤いボタンを押すとマニュアルモードに。中央は舵を切るためのジョイスティック。

起業後、最初に取り組んだのは、実証実験を行う場所探しだった。海が荒れれば実験はできない。開発期間を短縮するためには、海況が穏やかな場所であることが必須条件で、瀬戸内海が最適だと判断した。ちょうどそのころ、広島県が県外のスタートアップを誘致するプロジェクトを募集していた。同県が抱える「離島水上交通の維持・存続」という課題と、エイトノットのビジョンがマッチしたことから、県の支援事業に採択された。

さらに、横山さんが大崎上島(おおさきかみじま)にある広島商船高等専門学校の卒業生だった縁から、町役場や同校の協力を得ることができ、大崎上島で実証実験を行う環境が整った。

ボートを購入し、機材を載せて大崎上島周辺の海で実験を重ねたが、当初は船が思い通りに動かないことも多かった。得られたデータを基にプログラムを書き直しては再び試すという作業を幾度となく繰り返した。

「当時は、着岸にも今の何倍も時間がかかりましたし、小さなゴミを障害物と誤認識して船が止まってしまうこともありました」

こうした試行錯誤の末、なんとか満足のいくプログラムが完成。2022年11月、同社は自律航行プラットフォーム「エイトノットAI CAPTAIN」を正式に発表した。

マニュアル時の船のコントロールはジョイスティックで。

タブレットで目的地設定 あとは自動で航行

船の進行方向は太いラインで表示される。
定点保持を選択すると、表示される画面。

今回の取材では、広島市にある広島観音マリーナで、同社所有のエイトノットワン(Eight Knot I)に乗船させていただいた。エイトノットワンは、全長7.47mのクルーザーで、電動船外機2基を搭載。LiDAR(レーザー光を照射し、対象物までの距離や形状を高精度に測定)やデジタルカメラ、GPS(全地球測位システム)、IMU(船体の傾きや加速度を検知)などのセンサーの情報を組み合わせ、自船の位置や周囲の障害物を正確に把握し、目的地まで自動的に、そして安全に航行できる。

運転席に設置されたタブレットで目的地を設定すると、船は自動で動き出し、マリーナ内のルールを守りながら航行し外海へ出た。この間、操縦者はハンドルから手を離して操船を自律航行システムに任せ、周囲の状況確認に集中できる。

このシステムで特筆すべきは、特定の地点にとどまり続ける「定点保持」と、船を埠頭に着ける「自動着岸」の機能だ。風や波がある中では、ベテランの航海士でも技術と神経を使う操作だが、システムはいとも簡単に、しかも自動でこなしてくれるのだ。

2025年10月、同社は大崎上島で自律航行船による、旅客輸送と商品宅配サービスの試験運航を実施し、その効果を証明した。同社の「AI CAPTAIN」は、すでに実験段階を終え、社会への実装に向けて動き始めている。

国内での普及と海外への展開

木村さんは、同社の「AI CAPTAIN」の優れた特長として2つの点をあげる。一つは「既存の船舶に後付けできること」、そしてもう一つは「AIによって制御パラメーターを最適化できること」だという。

「後付けできるので、どんなタイプの船にも設置できます。さらに私たちが開発したAIによって、新しい船に導入する際も、一度テスト航行を行うだけで、最適な制御パラメーターを割り出せます」と木村さんは自信をのぞかせる。これらの特長により、多様な船舶にスムーズに導入できるという。

今後は自社による直販だけでなく、国内の船舶メーカーとの連携を進め、システムを組み込んだ船の販売を行うことで、このシステムの普及を図る方針だ。

さらに世界最大のプレジャーボート市場を持つ米国や、水上交通が生活インフラとなっている東南アジアへの展開も視野に入れる。だが、木村さんが見据えているのは、ビジネスの拡大だけではなく、その先にある未来だ。

木村さんが瀬戸内海を初めて訪れた時、多くの島が目の前にありながら、自由に行き来できない現実を目の当たりにした。実験のために滞在した大崎上島では、学生たちはフェリーの時刻を暗記し、その時間に合わせて生活していた。病院へ通う高齢者は、予約時間によっては病院の近くに前泊せざるを得ないこともある。

「私たちが実現したいのは、エレベーターに乗って移動するように、気軽に水上を横に移動する世界。桟橋に小さなボートが並んでいて、『乗りたい』と思ったらすぐに乗れる。目の前の島へも気軽に行ける。そんな世界をつくりたいんです」

自身の「困った体験」から始まった技術開発は、離島の暮らしや物流、さらには世界の水上交通を変える挑戦へと広がった。エイトノットが目指すのは「誰もが自由に水上を移動できる社会」の実現だ。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

株式会社エイトノット

「知能化技術で、安全な運航を当たり前に」をミッションに掲げ、船舶知能化技術の開発により、船の新しいスタンダードの実現を目指す企業。2021年3月創業。本社は大阪だが、東京都江東区や広島県広島市にもオフィスがある。