奈半利川(なはりがわ)の恵みと村を守る人々の想い
〜高知県北川村と長山発電所を訪ねて〜
藤岡 陽子
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J-POWER長山発電所は高知県北川村にある。日本有数のゆずの産地であり、「睡蓮」の作品で有名なクロード・モネの名を冠することを認められた北川村「モネの庭」マルモッタンを堪能できる村を訪ねた。
小説家 藤岡 陽子/ 写真家 大橋 愛
北川村の生命線 奈半利川の役割
鳥のさえずりしか聞こえない静かな山の中を車で走り、平鍋ダムを目指した。昨年の12月、今年の1月は雨が少なかったそうで、眼下を流れる奈半利川の水量は少ない。それでも青みがかった川の水は美しく、山の緑を川面に映し込んで輝いていた。
奈半利川はいまも昔も、北川村にとっては生命線だ。
明治から昭和にかけて、北川村を含む魚梁瀬(やなせ)地区は日本を代表する杉の産地だった。山から切り出した木材は奈半利川に流して太平洋まで運んでいた。1911年に魚梁瀬森林鉄道が開通し、木材の運搬に川が使われることはなくなったが、それまではこの川が地域の経済を支えてきた。
奈半利川には、短い距離の間に急激に標高が下がるという特徴がある。急流なので、雨が降って川の水が増量しても短時間で海へと流れていく。そこでJ-POWERがこの地形を活かして、下流に平鍋ダム、その約8km上流に久木ダム、最上流に魚梁瀬ダムを建設し、降った雨を蓄え、発電に利用した。
魚梁瀬ダムを有する魚梁瀬発電所、久木ダムを有する二又発電所で使われた水は平鍋ダムに流れ込み、蓄えられる。そしてさらに下流の長山発電所に供給され、もう一度発電を行っている。
曲がりくねった山道をゆっくり上っていくと、4つ並んだ平鍋ダムのブルーの水門が見えてきた。




冬の名物かんばもち 82歳の現役店主
奈半利ブルーを堪能した後は、村内をのんびりと散策。村は日本有数のゆずの産地で、収穫の時期を終えてもまだ、濃い黄色の実が木に残っている。
南天や梅の花の彩りを楽しみながら歩いていると、「かんばもち」という見慣れないお菓子が無人販売されているのを見つけた。
「すみません、かんばもちって何からできているんですか」
販売所のすぐそばの建物から顔を出した女性に尋ねると、もち米に、干したサツマイモと砂糖を加えたものだと教えていただく。
「かんばもちは11月からつくり始め、2月で終わり。寒い時に食べるおやつですよ。冬の間は午前3時から4時の間に起きて、8時までにお餅をついておくんです」
女性は岡島和子さんといい、23歳から82歳の今日までずっと、かんばもちを製造、販売していると話してくださった。
29歳で北海道から移住 伝統の「お弓祭り」を守る
木積地区にある星神社では2年に1度、1月8日に「お弓祭り」が開催される。祭りは912年に始まり1100年以上続いている。
祭りを取り仕切るのは浜渦亮太さん。7年前、29歳の時に北海道から北川村に移り住んで星神社の氏子総代になった。
「以前は私の祖父が氏子総代をしていました。7年前に亡くなったんですが、その祖父が私に跡を継いでほしいと言っていたんです」
自身もお弓祭りに参加したことがある浜渦さんは、伝統を途絶えさせてはいけないという祖父の想いを受け継ぐことに決めたという。
お弓祭りはその年の五穀豊穣や無病息災、家内安全を祈願する新春の行事である。主(おも)川と谷(たに)川に分かれ、それぞれ6人の射手たちが弓で的を射て得点を争うのだが、なんと12人で合計1,008本の矢を放つ。
「一人2本で交代しますが、お祭りは朝から夕方遅くまで続きます。翌日は筋肉痛になりますよ」
射手に選ばれた男性は、元旦から祭り当日までの8日間毎朝、川に入って体を清める。期間中は色恋禁止、鶏以外の肉を食べるのも禁止、自宅でしか食事をしてはいけない、などの規則もある。
「最近は村の人口が減ってきて射手を探すのが大変です」
と浜渦さんは苦笑するが、お弓祭りは県指定無形民俗文化財であり、村の精神ともいえる行事。祭りを存続させたいという浜渦さんの想いは、村の人々にも届いている。
フランスが認めた情熱 モネの精神が庭を彩る
2000年にオープンした北川村「モネの庭」マルモッタンは、世界で唯一本家から「モネの庭」の名称を許された庭だという。およそ3万m2の敷地内には「水の庭」「花の庭」「ボルディゲラの庭」があり、約10万本の草花が植栽されている。
「西日が射す場所には暖色系の花、朝日に照らされる場所は白や青の花など、この庭には絵画の手法が取り入れられています」
広報担当の牛窓孝寿(うしまどたかとし)さんに、庭の特徴や施設がつくられた経緯について教えていただく。
「1997年頃から、北川村は急激な過疎化が進んできました。それで村を活性化させる施設をつくることになりました。ワイン工場を建てる計画もありましたが、事情により難しくなり、ワインつながりでフランス、モネの庭という発想になったと聞いています」
フランスのジヴェルニーにあるモネの庭を、この北川村で再現できないか。そんな壮大な夢を持った関係者たちがフランスに出向き現地と交渉した。ツテもなければコネもない。だが、村に全国から人が集まる空間を生み出したい、という熱意を持って海を渡った。
「施設がオープンした2000年当時はガーデニングブームで、モネの庭をつくりたいというオファーが世界各地からあったそうです。その中で本家は北川村を選んでくださった」
ジヴェルニーは人口500人ほどの小さな村。だからこそ小さな村の頑張りに応えることが、人として正しい。モネもきっと喜ぶだろう――。本家の関係者たちはそう口にして、この地にモネの庭を再現する手助けをしてくれたという。
訪れた日は冬季休園の時期にあたり、園内では「水の庭」の池の水が抜かれ、睡蓮の株分けが行われていた。鉢いっぱいに株が大きくなると成長が妨げられるため、年に一度花つきを良くするように植え替えを行う。
庭の管理の責任者である町田結香さんは、
「自分の思い描いたように花が咲いてくれた時は嬉しいです」
と仕事のやりがいを語ってくださった。春になるとチューリップ、初夏はバラ、夏は睡蓮にヒマワリ、秋は紅葉……と季節の花が次々と咲く美しい庭は、町田さんたちが緻密につくり上げたものだ。辛い仕事をやり遂げた後、お客さんが喜び、庭を褒めてくれるのが嬉しいんですよ、と町田さんは微笑む。
北川村は規模こそ人口1,200人ほどの村だが、この地への強く大きい想いを持つ方々が多くいらっしゃる。60年間かんばもちの味を守り、1000年以上続くお弓祭りを次世代に伝え、フランスの本家に認められ、日本ではこの村にしかない「モネの庭」をつくり上げる。
今回の旅では、この地の方々のそうした大きな志に直接触れることができた。日本にはこんなに素敵な村がある。感動を胸に抱き、ゆずの香りに別れを告げた。
昨年10月に更新工事が完了 未来のために技術を継承する
2025年10月、長山発電所は2年間におよぶリパワリング(更新)工事を終えた。今回は、1、2号機の発電機、水車、付属設備を最新のものに置き換えた発電所内を見学させていただいた。
「2号機、1号機の順に更新工事を行ったんですが、作業スペースが狭いので工夫が必要でした。もともとあった機器をばらし、撤去し、新たな機器を導入する。資材を置いておく場所も少ないので、作業の順番を間違えないよう細心の注意を払いました」
発電所内を案内してくださった國﨑剛俊所長は、「パズルを組むイメージで作業を進めた」と話してくださる。
現在、国内の水力発電所はこれ以上新たに増設するのが難しい。だが、いまある設備を最新の機器に置き換えることで、電力量の増加が期待できる。長山発電所は今回の更新工事によって、3万7,000kWから3万8,500kWまで出力を増やした。
「最新の機器に替えると発電効率が上がります。ただ、こうした古い機器を新しいものに置き換える工事を継続するためには、人材が必要です。更新工事を経験した者が、未経験の者にノウハウを伝えていくことが重要になってきます」
更新工事は通常の保守とは違う。今回の工事に立ち合った社員が経験を活かし、次の現場を支えていく必要がある。
新しくなった1、2号機の発電機には、更新時に北川小学校の6年生だった子どもたちからの応援メッセージが飾られていた。
彼らが大人になる10年後、さらに20年後、30年後――その先のためにも技術を継承し、技術力を上げていくことが大切なのだと、國﨑所長に教えていただく見学となった。
長山発電所
所在地:高知県北川村
発電所形式:ダム水路式
運転開始:1960年7月1日
認可出力:38,500kW

PROFILE
藤岡 陽子 ふじおか ようこ
報知新聞社に勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年、『いつまでも白い羽根』で小説家に。2024年、『リラの花咲くけものみち』で吉川英治文学新人賞受賞。最新刊は『青のナースシューズ』(KADOKAWA)。京都在住。

