御母衣発電所・荘川桜 60周年~受け継がれる歴史と思い~

戦後の急速な復興による電力需要の増大に対応するため、J-POWERは胆沢第一発電所を皮切りに、全国各地に大規模な水力発電所を建設していきました。中でも奥只見・田子倉・御母衣発電所を「O.T.M」と呼び、J-POWERを代表する大規模水力発電所となりました。その一つである御母衣発電所が2021年1月で運転開始から60年を迎えました。

御母衣発電所の歴史を、同じく移植から60年を迎えた荘川桜と一緒に振り返ると共に、「歴史」と「思い」が受け継がれる御母衣発電所と荘川桜の「いま」を紹介します。

日本初となる大規模ロックフィルダムの建設に挑戦

水に恵まれた地域

御母衣発電所が計画された庄川は、飛騨高地の一角にそびえる烏帽子岳(えぼしだけ)を水源とし、岐阜県北部から富山県西部を通って日本海に注いでいます。飛騨高地は、冬季は雪が深く積もるだけでなく、梅雨や台風の季節にも雨量に恵まれ、加えて流れが急で落差も取りやすく、水力発電所の建設地点に適していました。

庄川流域の電源開発は平瀬発電所(関西電力(株))に始まり、下流域に発電所が建設されていましたが、いずれも貯水容量が小さいため、雪解けや台風の時期に、その豊富な流量を蓄えることができず、既設発電所の能力をフルに生かすことができていませんでした。

この問題を解決するためには、上流に年間を通して流量を調整する大貯水池をつくることが必要であり、御母衣地点はそうした要請に応える唯一の地点として、終戦直後から注目されていました。

大規模ロックフィルダムの先駆け

調査をした結果、御母衣地点はあまり良い地質状況ではありませんでした。そのため、佐久間ダムなどで採用している重力式コンクリートダムを建設した場合、掘削量が膨大なものになり、工期・工費共に空前のものになる恐れが多分にありました。そこで、J-POWERは米国へ技術者を派遣し、地質の悪い地点でも高さのあるダムを建設することが可能といわれていた、ロックフィルダムの調査研究を実施。地震国の日本で前例の無い初の大規模ロックフィルダムをつくることは、極めて難しい選択でしたが、J-POWERは日本初となる大規模ロックフィルダムの建設を行うことを決定。1957年6月にダムの建設に着工、土木工事としては未曾有のものでした。

4.5m3の岩石の積み込みが可能な電気ショベルや22トンの大型ダンプトラックなどを使用し工事が進められ、1960年10月、ロックフィルダムとしては当時日本一の高さを誇り、二十世紀のピラミッドと形容された131mのダムが完成。発電所はダム左岸直下約210mの地下に建設されました。1961年の1月に出力16万kWで一部運転を開始し、同年5月に21万5,000kWの運転に入りました。その後、庄川水系では御母衣第二発電所が1963年12月に、尾上郷(おがみごう)発電所が1971年11月に運転を開始しました。

大規模ロックフィルダムという新しい試みに挑戦したことにより、地形や地質、資材の輸送条件など、開発地点の特性に合った経済的なダム型式が採用できるようになったことは大きな成果でした。

自然や文化との調和を図りながら、電力の安定供給を続ける御母衣発電所

日本有数の規模を誇る御母衣ダム

御母衣発電所・ダムの周辺は、霊峰白山や白水の滝など素晴らしい景色が広がる自然の宝庫であり、また世界遺産「白川郷」で知られる歴史ある場所です。この自然豊かな場所で、御母衣発電所は、2台の発電機で最大出力21万5,000kWの発電を行っています。

ロックフィルダムは裾野が広いため、ダムの体積は重力式コンクリートダムとは比較にならないほど大きく、御母衣ダムの体積は795万m3あり、佐久間ダム(112万m3)の7倍以上の大きさです。建設当時、日本初の大規模ロックフィルダムであった御母衣ダムは、現在においても堤高、体積、全貯水容量の面で日本有数の規模を誇っています。ダムの一部は、展望台として開放され、御母衣湖の広大な眺めが楽しめます。

新しい入口弁。直径約3.5m、重さは約50トンあります

今後もエネルギーを不断に提供し続けるために

御母衣発電所を含めた庄川水系に所在する3つの発電所の保守管理は、J-POWER御母衣電力所とJ-POWERハイテック御母衣事業所が担っています。御母衣発電所では運転開始から約60年間使用し、経年化した水車発電機の入口弁更新工事を実施した他、河川維持流量放流設備設置工事や現在地下にある送電線設備制御装置の地上への移設更新、圧油装置共有化、そのほか多くの工事を現在実施しています。

近年では、再生可能エネルギーとして水力発電の重要性が再認識され、純国産エネルギーとしての高い価値も持っています。御母衣発電所は、運転開始から約60年経過しましたが、今後も水力発電のエネルギーを不断に提供し続けるため、Jパワーグループが一体となり保守管理を行っています。

御母衣発電所概要
所在地:岐阜県大野郡白川村
水系-河川名:庄川-庄川
発電所形式:ダム水路式
許可出力(最大):215,000kW
使用水量(最大):130.0m3/秒
有効落差(最大):192.2m
主要貯水池全貯水容量:370百万m3
有効貯水容量:330百万m3
主要ダム名称:御母衣
形式:ロックフィルダム
着工年月:1957年6月
運転開始年月:1961年1月

チャレンジ精神で、個々の能力を高め組織レベルを上げる

木村 功

J-POWERハイテック 御母衣事業所長
木村 功

今までの諸先輩方のご尽力と地域の皆さまのご理解・ご協力により、2021年の1月で運転開始60周年を迎えました。地域や関係者の皆さまのご協力が無ければ、長きにわたり運転し続けることはできなかったと思います。今後も関係を大切にすると共に、積極的に地域行事に参加していきます。

御母衣事業所は御母衣発電所をはじめとした3発電所の保守業務を担っています。取水設備が22ヵ所と大変多く、月に1度の点検には10日ほどかかります。車の通行が困難で、2~3時間かけて歩いていくような場所が半数近くあり、場合によってはヘリを利用することも。日々安全第一を心掛け、作業に当たっています。

御母衣事業所には約40人が在籍しており、中でも若手の所員が多くいます。若手の皆さんには、失敗を恐れないで、どんどんチャレンジしていってほしいです。失敗することで、多くのことを吸収し、仕事を覚えていくため、チャレンジ精神がとても大事です。

また、若手の所員が多いからこそ、着実に技術を継承していくことが重要です。土木部門の定例打ち合わせでは、ベテラン社員が月に1度、若手社員を対象に勉強会を開催したり、現場に行く際は、極力ベテラン社員と若手社員が組む体制を取ったりしています。一人ひとりの知識や技術を高め、組織全体のレベルを上げ、不具合などが発生した際は皆で対応できるようにしていきたいです。今後も日々の保守業務を着実に行い、電力の安定供給に寄与していきます。

移植60年を迎える荘川桜 エネルギーと環境の調和の原点

末永く咲き誇るために

荘川桜は樹齢450余年の老桜で、また移植の際、太根・太枝を切断した巨樹です。(株)庭正造園の皆さまには、移植から長年にわたり桜の維持管理を担っていただいており、近年は樹木医の先生の協力も得て、専門家による助言に従い取り組んでいます。

桜は1990年ごろから毎年満開にならず、隔年で咲くようになりました。移植から現在に至る長い年月の間に、主幹の内部が部分的に腐朽し空洞化が進み、樹勢も衰えてきている状況が分かり、さまざまな対策を行っています。しかし、主幹内部の空洞化に伴う主幹座屈の懸念という深刻な問題も抱えており、今後対策を急ぐ必要があります。

桜の樹勢を回復させるためには、根圏土壌の環境を良くすることが特に大事であり、より有機質に富んだ豊かな土壌や水資源を豊富にすること、加えて樹木内部を腐朽させているマスタケ菌の対応などが必要です。約4年前から本格的に土壌改良に取り組むほか、雪つり支柱の設置・追加、木の負担を低減させるコブラツリーケーブリングシステムの導入、マスタケ菌対策、萱敷き、更には空洞内部に発根する不定根を地面に導き、主幹を支える新たな根幹の育成など、関係者が力を結集し維持管理に取り組んでいます。それらの成果もあり、荘川桜は以前より葉の数が増え、2018年から3年連続で満開の花を咲かせています。

また、桜を通じた地域共生の取り組みとして、地域の小・中学生たちに桜と触れ合う機会を提供し、地域の若い世代に荘川桜の歴史や現在の桜の状態を伝えています。

現在も多くの桜守たちによって、移植当時の荘川桜に込められた思いや精神が引き継がれ、地域に根付いた活動が行われると共に、荘川桜が末永く咲き誇れるよう、たゆまぬ管理が続けられています。

桜の維持管理にご協力いただいている(株)庭正造園と樹木医の先生方

先生方
左から樹木医 安田 邦男さん、多賀 正明さん、(株)庭正造園 丹羽 英之さん

樹木医 多賀 正明さん

荘川桜の維持管理に携わって約12年。桜にとって土壌環境は大事であり、特にクリンカアッシュ(石炭灰)は根の環境をつくるのに非常に良い効果をもたらします。新しい技術も取り入れるなど、いろいろ試みその結果、ここ3年続けて満開の花を咲かせています。

取り組みを継続するために一番大事なことは地域の皆さんとの関係です。J-POWERグループは2018年より、地域の小・中学生が桜と触れ合うイベントを企画しています。こうした地域に密着した取り組みはとても素晴らしいことですし、若い世代も実際に桜に触れ合うことで愛着を感じることができます。今後もイベントを継続すると共に、引き続き桜が末永く咲くよう一緒になって維持管理に取り組んでいっていただきたいです。

(株)庭正造園 常務取締役 丹羽 英之さん

私が桜の管理を始めたのは1985年からです。その時は荘川桜を35年も管理し続けるとは思ってもいませんでしたが、今では大変愛着がわいています。1985年からの主な管理内容は除草や施肥、消毒、剪定(せんてい)など。近年は樹木医の先生からの指導により、土壌分析試験や土壌改良、コブラツリーケーブリングシステムの導入、マスタケ菌対策などにも取り組んでいます。

私の祖父が移植に携わり、その精神を受け継ぎ代々(株)庭正造園が維持管理を担っています。地域の皆さんの心の支えになっているこの荘川桜を、地域の皆さんをはじめ、移植工事に携わった方々、現在維持管理に力を注がれている方々のために、一生枯らすことなく守り続けていかなければなりません。関係者のお知恵をお借りしながら、まだまだ咲き続けるよう努めていきます。

受け継がれる歴史と思い「咲けとこしへに」

土壌の水分管理

土壌の水分を測定する「テンシオメーター」。J-POWERグループの社員が、定期的に確認し、水分が少ない時期にはスプリンクラーで散水しています。

土壌改良

根圏周囲は栄養や保水力が無い土壌であるため、掘削し黒土とクリンカアッシュ(石炭灰)を混ぜたものに置換しています。石炭灰には、土壌の保水力を高める効果があり、長崎県の松浦火力発電所が提供しています。

地域共生

荘川桜の歴史や桜の話を熱心に聞く、地域の小・中学生たち。J-POWERグループは地域の若い世代に桜と触れ合う機会をつくり、桜に対する思いを深めてもらいたいと、2018年に萱敷き作業を実施。翌年には「荘川桜とふれあう会」と命名し、樹木医の先生から桜について学んだり、聴診器で木の音を聞いたりするなど桜と触れ合いました。

マスタケ菌対策

長年の腐朽による樹木の空洞部分。菌は湿度が高い環境を好みます。菌が繁殖している個所の除去や内部湿度計測、乾燥処置、拮抗菌による繁殖抑制に取り組んでいます。

雪つり支柱とコブラツリーケーブリングシステムの設置

雪や強風の対策として雪つり支柱を設置しています。2019年よりコブラツリーケーブリングシステムを新たに導入し、緩衝材と伸縮性のあるポリプロピレン製ロープで、瞬間的に木にかかる負担を低減させ、枝折れや亀裂予防などの対策も行っています。

使命と誇りを胸に、電力の安定供給に努める

宮地 直人

J-POWER 御母衣電力所長
宮地 直人

人で言えば還暦を迎える設備たちに、60年という長い年月にわたり電力を供給し続けてくれたことへの感謝の気持ちと、これまでの間たゆまぬ努力で建設から維持管理にご尽力いただいた諸先輩方や関係者、地域の皆さまに対して御礼を申し上げたいと思います。

御母衣地区の発電設備は庄川水系の最上流部に位置しており、関西方面への重要な電源として安定供給を担っています。

所員の皆さんには、日々電力の安定供給という使命の下、設備の保安、維持管理に努めていただいていることに感謝すると共に、それを支える事務業務の皆さんの力添えにも強い結束力を感じ、60年の節目を迎えられたことを大変光栄なことに思っています。今後もグループ一体となり、電力の安定供給に努めていきます。

また御母衣地区には、故郷を失った人々の心のよりどころであり、J-POWERグループの地域共生を象徴する荘川桜があります。移植から60年経過する今も、地域のシンボルとして大切に守り続けられ、後世に残したいという思いが地域の方々に受け継がれています。高碕総裁の行われた桜の移植こそ地域共存の原点であると認識し、その思いが詰まった桜を今後500年、1000年と咲き続けられるように維持管理を続けること、荘川桜にまつわる物語を未来へ伝えていくことがわれわれの使命であり、誇りだと思っています。

移植から現在まで維持管理に長年にわたりご尽力いただいている(株)庭正造園の皆さま、そして近年維持管理に加わっていただいた樹木医の先生方には大変感謝しています。今後も関係者の皆さまの力を結集し、知恵とアイデアで困難を乗り越え、荘川桜を守っていきます。