見えない価値を、社会の希望へ
「融合」から広がる未来への可能性
加藤 英彰 × 奥 秀太郎
Global Vision

J-POWER社長
加藤 英彰
映画監督/映像作家
奥 秀太郎
現実と仮想、人間と機械、アナログとデジタル。異なる二つの世界をつなぎ、融合させる技術によってエンターテインメントの可能性が大きく開かれていく。そこには社会を変え、未来を拓くエネルギーが宿っている。
先端テクノロジーでエンタメの次代を拓く
加藤 奥さんは映画監督であると同時に、舞台やミュージカルの映像プランナー、演出家としての顔もお持ちで、エンターテインメントを中心に多方面で活躍しておられます。この5月にはカンヌ国際映画祭でも新作を発表されるとお聞きしました。具体的にはどのようなご活動をなさっているのでしょうか。
奥 映画監督・映像作家というのが一応の肩書きなのですが、ご紹介いただいたように演劇舞台をはじめ、音楽ライブやプロモーションイベントなどの映像演出も含めて幅広く関わらせていただいております。
映画監督としての作品は『壊音』や『日本の裸族』、『カインの末裔』(ベルリン国際映画祭正式出品)など。映像プランナーとしては東宝ミュージカルや宝塚歌劇団、NODA・MAPなどの舞台作品。演出では『黒猫』(読売演劇賞優秀スタッフ賞)、『ペルソナ』、『吉田兄弟LIVE』などの作品があります。
加藤 まさにジャンルを問わないご活動ですね。そういった創作に、デジタル技術を駆使することにも精力的に取り組んでおられるとか。
奥 いろいろとやらせてもらっているうちに、VR(仮想現実)やXR(クロスリアリティ)、AI(人工知能)といった先端技術を追究する研究者の方々や学術機関とのご縁がありまして、最近ではそうしたテクノロジーを、様々なエンターテインメントに実装する試みにも力を入れています。
加藤 XRというのは、現実世界と仮想世界を融合させる先端技術ですね。エンターテインメントだけでなく、様々な分野での応用が期待されていると聞きました。
奥 ヘルスケアや教育、観光など、いろいろな方面で実装される可能性があって、すでにそうした試みが始まっています。私自身、エンターテインメントとの関わりが強いのですが、一見して社会に役立つことに直結しないように思えるこうした分野に先端技術を取り入れることで、社会をよくする力を生み出していけたらと考えています。それが、私と私のチームが今、近い将来に向けて目指していることです。
加藤 なるほど。今日はぜひ、そのお話も詳しく聞かせてください。
私どもは水力や風力、地熱、火力といった様々な電源から生み出される電気を全国各地にお届けしている会社ですが、昨今の生成AIの進化やデータ利活用の進展に伴って増大する電力需要に、いかにして応えるかが大きな経営課題となっています。新しい発電所をつくって期待に応えたいと思う一方で、カーボンニュートラルへの対応や、不確実な国際情勢の中で高騰する資機材費、経済安全保障の問題など、様々な障壁もあります。
その中で、できるだけ低コストで安定的にエネルギーを供給するにはどうしたらよいのか。その方向を探るには、これから迎えるデータ駆動型社会の中で日本の産業構造がどう変わっていくかを見通さなくてはなりません。奥さんの取り組まれている新しい挑戦との接点が、そこにあるのではないかと思うのです。
奥 貴重な電力を大量に消費している側の身ではありますが、よりよい社会をつくるためのヒントを見つけ、ともに方法を探ることができるのであれば願ってもないことです。
デジタルの力で高まる伝統芸能への没入感
加藤 先端技術とエンターテインメントの融合というお話ですが、日本の伝統芸能である「能」と3DやVRを組み合わせた公演を、もう10年近くも続けておられますね。どちらかというと、西洋文化から生まれた映画やミュージカルの方がデジタル技術との親和性が高いように思えますが、なぜ能だったのでしょうか。
奥 そもそも私自身が、「和」のものに惹かれている部分がありまして。歌舞伎や三味線、落語、書道といった各界の第一線で活躍する方々とお仕事でご一緒する機会もあり、そうした流れで自然に能との出合いがありました。それに、最近の若い人たちに人気のアニメや漫画の中にも、実は能の影響を受けていると思われるものが意外に多いんです。
例えば、士郎正宗さんが描いたSF漫画『攻殻機動隊』。人間の脳がネットワークに直接つながる未来の電脳化社会を舞台に、テロや犯罪と闘う公安組織の姿を追った物語です。そこには、主人公の隊員がサイバー空間と現実空間を行き来したり、義体化(サイボーグ化を意味する造語)した身体パーツを手に入れる人間が登場したりして、現世と冥界の境が曖昧となる夢幻能の世界観や、正体が定かでない能面の世界を彷彿(ほうふつ)とさせています。また、身体と精神の結びつき、魂の存在について問いかけるテーマにも、共通性が感じられて興味深いです。
加藤 そうした能の世界の奥深さを、奥さんご自身もデジタルの力で再現されたわけですね。能というのは同じ仮面でいくつもの人格や感情を表現したりして、なおかつセリフは極端に少なく、決められた所作があって動きに乏しく、間合いや余白を大切にする芸能ですよね。いろいろな情報を削ぎ落としたぶん、観る人の想像力が試されるというか、誰もがすぐに理解できるものではありません。これは私なりの仮説ですが、奥さんはそうしたわかりにくさを補完するために、デジタルとの融合を考えられたのではないでしょうか。
奥 すごくよくご理解いただけて、大変うれしいです。この世界最古の歌舞劇は日本が誇る伝統文化ですが、当の日本人にさえ難しく、敷居の高いものとなっています。その難解な部分を解きほぐすために、3D映像による演出を試みました。観客には能面型の3Dメガネを着けてもらい、観世流能楽師の坂口貴信さんが実際に演じる舞台を立体的に楽しんでいただくという趣向です。2017年から国内外で上演しており、パリで開催された日本文化紹介イベント「ジャポニスム2018」では、皇太子殿下(当時)やマクロン大統領にもご覧いただくことができました。
加藤 それは素晴らしい。そこからの進化形としての、「VR能」への展開ですか。今度はVRと能と攻殻機動隊をセットで一体化されましたね。しかも、3DメガネもVRゴーグルも着用不要という。
奥 そうなんです。3D演出にも手応えはありましたが、『平家物語』などの古典能だけでは、今一つ若い世代にまで広がっていかない気がして。そこで目を付けたのが、『攻殻機動隊』です。申し上げたように能との親和性があり、私自身が中高生の頃から心酔してきたこの名作を、能にしようと思いました。そして、最先端のデジタル技術を駆使することで、お客様の想像力と没入感を最大限に刺激して、何かを補完するのではなく作品自体を楽しんでいただこうと、そういうものを目指しました。初演は2020年で、これまでに海外も含めて十数回の上演を重ねることができました。
もはや夢物語ではない現実と仮想の往来


加藤 『VR能 攻殻機動隊』には、具体的にどのような先端技術が使われているのですか。
奥 原作の『攻殻機動隊』にも出てくるのですが、人が自在に消えたり現れたりする「光学迷彩(※1)」という技術。これを現実化する研究で知られる東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見昌彦先生に協力いただいて舞台に実装しました。また、2023年からは、何もない空間に映像を映し出す「空中結像(AIRR、※2)」技術も導入し、仮想現実の世界が目の前に広がる舞台を実現させました。原作に描かれていた電脳空間と現実を行き来する、まさにその世界観を視覚的に再現することができたわけです。これにはAIRRを開発した宇都宮大学教授の山本裕紹先生と陶山史朗先生、3D映像技術を先導する明治大学教授の福地健太郎先生と慶應義塾大学教授の杉本麻樹先生のお力添えをいただきました。
加藤 だからVRゴーグルを着けなくても、まるでメタバースのような舞台が観られるのですね。
奥 ユニバース(現実世界)とメタバース(仮想世界)をつなぐインターバースを何によって実現するか。今まではゴーグルやヘルメットなどのヘッドマウントディスプレイ(HMD、※3)が必要だったのですが、それだと装着感によって観ている世界に没入しにくいとか、みんなで同時に同じものを観るわけではないので体験共有がしにくいなどの課題がありました。それを解消したのが、光学迷彩や空中結像の技術です。さらに言うと、VR空間に生身の人間の分身をつくる「リアルアバター技術」もあって、これらを組み合わせることで、現実と仮想の融合が一層進むことになります。
加藤 なるほど。そして、その未来志向の技術はもはや漫画の中の絵空事ではなく、現実に社会実装が可能なレベルに来ていると。
奥 そうお考えいただいてよいと思います。実際、私が代表を務める株式会社EVISIONという会社では、先ほどの先生方や研究機関の協力を得て、何もないところに立体空中映像を映し出す「イマーシブディスプレイ」を開発し、実用化しています。ただ、今はこの技術が生かせるコンテンツが少ないので、その企画や制作、外部への販売・レンタルなどを進めているところです。
加藤 『VR能 攻殻機動隊』の他にも、いろいろな作品で体験できるようになるわけですね。カンヌで発表されるというのも、それですか。
奥 カンヌでは毎年、映画祭の期間中に並行して「マルシェ・デュ・フィルム(※4)」という映画見本市が開かれるのですが、今年はそのカントリー・オブ・オナーを日本が務めます。その一環で、イマーシブ部門のスペシャルパフォーマンスとして私たちの新作を発表する機会をいただきました。野坂昭如さんの小説『火垂るの墓』を原作として、空中結像技術などを使って演出した「Grave of the Fireflies」という作品です(5月16日上演済み)。
加藤 悲しい物語ですが、目の前にその情景が浮かび上がることでイマーシブ感が高まり、観る人の感情移入もひとしおでしょうね。
奥 その作品が持つ物語性との結びつき、英語ではナラティブ(narrative)といいますが、作品に込められる意識や視点を技術によってどう表現するかが大事になるのだと思います。そうしたことも踏まえて、今回のマルシェ・デュ・フィルムではもう一つ、発表の場をいただきます。「Cannes Next」という、エンターテインメント・テクノロジー関連のカンファレンスに登壇することになりまして。「AIと先端科学技術が映画を変える」をテーマに、CNRS(フランス国立科学研究センター)のゴウリシャンカー・ガネッシュ先生や、AIスタートアップ企業である株式会社Jizaiの石川佑樹さんを交えてお話をします(5月13日実施済み)。
「自在化身体」で広がる人間と社会の可能性

加藤 奥さんは、先ほどお名前の挙がった稲見先生の研究室が進めている「自在化身体プロジェクト」にも参画されていますね。研究室の説明によると、「超スマート社会に適用可能な『自在化身体』を構築する技術基盤を確立する」とあるのですが、具体的にはどういうことですか。
奥 稲見先生は人間がロボットやAIなどと一体化する「人機一体」という概念を提唱し、それを現実のものにする研究にいろいろな方面から取り組んでいます。例えば、義足を着けた人がVR映像の中で、本物のバレリーナさながらに踊ることができたらどうでしょう。これが義足なのか、生身の足なのかわからなくなるくらいの自己主体感が得られたら、ものすごい希望につながるように思いませんか。これまではハンディと思い込んでいたことが、実はアドバンテージに変わる可能性を秘めているというような。
この試みはすでに2022年に実現して、稲見先生監修の下、義足モデル海音さんの出演で、私が総合ディレクターを務めた舞台『自在化コレクション』の中で上演しました。
加藤 確かに、リアルとバーチャルの世界が境目なくつながり、そこを行き来できる身体を手に入れることで、人の行動範囲がとてつもなく広がる可能性がある。そういう意味での「自在化身体」なのですね。このプロジェクトの中には、「第6の指」を手に装着する実験もありますね。筋肉の電気信号をうまく制御すれば、人工指を思い通りに動かせる、脳がその指を認識するようになる、というのに驚きました。
奥 これは先ほどのガネッシュ先生と、電気通信大学教授の宮脇陽一先生たちの研究グループの成果です。単に機械を身体化するのでなく、心理面や生理面への影響も含めて掘り下げているのが、このプロジェクトの特徴です。このようにして、現実と仮想という、本来はつながり得ない二つの空間を結ぶ、もしくは結んだと感じさせる仕掛けをつくることによって、人間がより自由になれるという考え方が、私たちが取り組んでいる活動の根底にあります。
加藤 そう考えると、おっしゃるようにこれはエンターテインメントに閉じた話ではなく、医療や福祉の可能性にもつながりますし、例えば、障がいのある方の社会参加に道を開くというような、生き方の広がりや、ウェルビーイングの追求にもつながっていくように感じられます。
奥 もともとは人の想像力をかき立てたりして楽しませるためのものだったフィクションが、現実の世界を変えるだけの力を持ち始めた、というようにもいえるかもしれません。身近な例でいうと、VRセラピーなどは、もう実際の医療の場で活用されていますよね。VR吹き矢によるリハビリで呼吸機能を回復させたり、運動機能を高めるのにVRけん玉でトレーニングしたりという実証例もあると聞きました。
加藤 ゲーム療法のようなものですね。教育への展開にしても、フライトシミュレーターや重機の操作訓練、工場の保守点検などにはすでにVRが使われているようですし、当然の流れといえそうです。そうしてみると、先端技術とエンターテインメントの組み合わせで社会をよくする、社会課題を解決するという冒頭のお話が、ぐっと現実味を帯びてきます。
未来へつないでいきたい日本と日本人の物語
加藤 先ほどのナラティブのお話を聞いて思ったのですが、私どもの電力事業にとっても実は物語性というのはとても大事で、どのようにしてそれを需要家や投資家の方々に伝え、共感していただくかが、事業の成長にも関わってくると感じています。というのも、電気というのは目に見えませんから、差別化しにくい商品なんです。どの電力会社から買っても同じと思われてしまう。ですから、料金に差をつけるのも難しい。しかし、本当は豊かな水源から生まれた環境に優しい電気であったり、牧場の上に立つ風車がつくる地域共生の象徴であったり、あるいは世界最先端の火力発電所による脱炭素技術の結晶であったりして、それぞれの電源に秘められた物語があります。こういうことを価値の一つとして伝えられたらと思うのです。
奥 それはいいですね。今すでにあるもの、自分たちが持っているものを見直して、もっと大切にするという姿勢が、日本や日本企業が世界で存在感を高めていくうえで重要になると私は思っています。それは古いもの、伝統芸能もそうですが、例えば寺院などの建築物でもよいですし、企業が残してきた事業活動の軌跡のようなものでもよいかもしれません。そこにナラティブを見出し、先端技術の力も借りて新しい形で甦らせる仕掛けが施せたら、より広く伝えられるのではないでしょうか。
加藤 その意味では、当社の祖業ともいえる、戦後間もない経済成長期の日本を支えた大規模水力発電の象徴的な設備が、静岡県浜松市の天竜川水系にありまして。佐久間ダム・発電所というのですが、昨年、その70年前の建設当時の記録写真を集めてきて、生成AIを使って動画化するということをやりました。驚くほどリアルに仕上がって、奥さんのおっしゃることがよくわかります。
佐久間ダムの建設は日本の土木建築史に残る難工事で、快挙とまでいわれましたが、大きな電力を必要とした産業界の成長に加え、土木技術の発展にも大きく貢献することになりました。その物語を礎に、今まさに、高経年化した設備を一新して、発電所と地域が一体となって新たな価値を生み出すコミュニティを目指して、「NEXUS佐久間プロジェクト」が動いているところです。
奥 映像作品にできそうなお話ですね。電気がない世界というのは、もはや私たちには想像もできません。電気がなければ、映画も舞台もできないし、AIもまったく働きません。その裏側には、発電所やそれを支える人たちがいて、見えない電気を安定供給してくれている。そうした人間の営みこそが大事だと思っています。私は先端技術を追いかける場所にいますが、デジタルの世界が好きなのではなく、デジタルとアナログの境界をなくすことで、むしろアナログで人間的なものを浮き上がらせたいと考えています。
加藤 元気が出るお話をありがとうございます。米国型の市場原理主義によって、短期的な利益が重視される風潮が続いてきましたが、やはり日本は日本らしく人間力や現場力を大切に、長く時間をかけて価値を生み出していく風土を守っていかなければと思いました。
奥 そうですね。私自身、現場に立つ方々との出会いに導かれてきたからこそ、「先」を見て走れているのかなと思います。
加藤 現状維持バイアスが強くなっている世の中ではありますが、ともに未来を見て進んでいきましょう。

(2026年5月8日実施)
構成・文/松岡 一郎(株式会社エスクリプト) 写真/竹見 脩吾
KEYWORD
- ※1光学迷彩
背景にある景色を対象物の表面に投影したりすることで、視覚的に物体を透明化する技術。 - ※2空中結像
光源からの光を空中で集めることで実像を浮かび上がらせる技術。 - ※3ヘッドマウントディスプレイ
頭部に装着し、目に直接映像を投影する表示装置。 - ※4マルシェ・デュ・フィルム
カンヌ国際映画祭に併設される世界最大級の映画見本市。

PROFILE
奥 秀太郎(おく・しゅうたろう)
映画監督/映像作家。劇場公開作品として『壊音』、『日雇い刑事』、『日本の裸族』、『赤線』、『カインの末裔』(ベルリン国際映画祭正式出品)、『USB』など15作を監督。舞台演出作品は『黒猫』、『ペルソナ』、『仁義なき戦い』など、NODA・MAP、東宝ミュージカル、宝塚歌劇団、大人計画の演目から、能、歌舞伎、落語などの伝統芸能まで多岐に及ぶ。最近では『VR能 攻殻機動隊』をはじめ、VR、3D映像など最新技術を駆使した能舞台の演出により日本および世界各地で話題を呼んでいる。東京大学先端科学技術研究センター、科学技術振興機構(JST)などによる「稲見自在化身体プロジェクト」に参画し、多方面で活躍している。

