アートと伝統技術の融合で越境する発酵文化
匠の新世紀
ヤマモ味噌醤油醸造元/髙茂合名会社
秋田県湯沢市
“しょっつる”や“いぶりがっこ”など、ユニークな発酵食品で知られる秋田県は「発酵の聖地」と言われる土地。伝統の発酵文化をアートで再構築するなどユニークな取り組みをする企業を訪ねた。
約160年の歴史と伝統に変革をもたらす
7代目/代表社員 髙橋 泰さん
秋田県の南部、湯沢市にあるヤマモ味噌醬油醸造元は、江戸時代末の1867年(慶応3年)に創業した味噌醤油の蔵元。取材に対応してくださったのは、同社を率いる7代目髙橋泰(やすし)さんだ。
「髙橋家は江戸時代に苗字を名乗ることを許された家で、当社はその分家筋にあたります」
湯沢市には、一級河川、皆瀬川があり、その流れは奥羽(おうう)山脈に発し湯沢市を流れて、雄物(おもの)川などと合流し、最後は秋田市周辺で日本海にそそぐ。湯沢周辺は、古くからこの水系を利用した水運業や問屋業で栄えるとともに、名産の米を利用した日本酒や味噌・醬油の醸造が広く行われてきた。
髙橋さんは、大学で建築を4年、その後醸造も2年学び、27歳で家業を継いだ。それ以来、パッケージのリニューアル、海外への輸出、主屋のリノベーションなど、様々な改革を行ってきたが、中でも多くのメディアから注目されたのが、同社の味噌から発見された独自の酵母を使った商品開発だ。
発見されたヴィアンヴァー酵母(Viamver®)は、「うま味成分であるコハク酸の生成能力が高い」、「10%以上のアルコールの醸成ができる(一般的には3%未満)」、「高い塩分濃度でも、無塩環境でも活動できる」などの特徴を持つ。さらに同社の研究により、フルーツや吟醸香に似た華やかな芳香があることや、肉質改善やマスキング効果など複数の効能を持っていることもわかった。これらの特性を活かし、革新的な味噌や醤油のほか、発酵調味料を開発、他社とコラボしてワインやどぶろくの醸造なども行っている。
ユニークな酵母を使用した発酵食品は、ヨーグルトや健康飲料では耳にするが、伝統食品である味噌や醤油では珍しい。
「味噌や醤油、日本酒などの伝統食品は、伝統的なものの再生産が求められ、新製品の開発があまり期待されていないからだと思います」と髙橋さんは語る。
他社がやらない改革を積極的に進める──その理由は、ヨーロッパで開催された見本市に出展した経験にあった。ジェトロ(日本貿易振興機構)が主催した見本市には選ばれた味噌メーカー5社が参加したが、そのブースの内容も主張もほぼ横並びで、髙橋さんは恥ずかしさすら覚えたという。
「世界に出しても恥ずかしくないアイデンティティが必要だと強く感じました」
帰国すると、ホームページをリニューアルし、日本語、英語、中国語の3カ国語で表記、製品のパッケージデザインも一新して、英語表記を標準とした。この努力が実り、2012年には海外への輸出もスタートした。さらに、このような活動が評価され、同社は2013年度のグッドデザイン賞を受賞している。髙橋さんは、このころからアートやデザインをベースとして同社のアイデンティティを再構築できないかと考えていた。その思いを強くしたのは2017年に米国のニューヨークとデトロイトを訪問した際のこと。荒んでいたブルックリン地区を再生したプロデューサーと出会い、「アートを用いて伝統をリビルド(再構築)することは自分たちと同じ手法だ」と後押ししてもらったのだ。
米国から帰国すると、2016年から開始した主屋のリノベーションに加え、カフェやアートギャラリーをオープン。インバウンド向けのファクトリーツアーを開催した。さらに、コロナ禍の際にはヴィアンヴァー酵母を使った料理を開発するなどして、日本の醸造文化を積極的に海外に発信している。
伝統の醸造工程にも最先端の技術を導入
取材の日は、ちょうど味噌用の出麹(でこうじ)の作業が行われていた。出麹は、蒸した米の中で味噌に合うように麹菌を約2日間繁殖させ、頃合いを見計らって繁殖を止める作業。
この麹菌を繁殖させる“製麹(せいきく)”に同社では研究者と共同開発した独自のセンサーを使用している。他社では温度と湿度をデータ化することが多いが、同社ではそれに加え、酸素や二酸化炭素の濃度などをモニタリングして管理し、麹菌の成育度を調べている。
「製麹は、麹菌に様々な酵素をつくらせる工程ですが、酵素の中でも特にアミラーゼとプロテアーゼが大事です(アミラーゼはでんぷんを糖に変え、プロテアーゼはタンパク質をアミノ酸に変える)が、それぞれの適温が異なります。さらに酸素などの濃度によって麹菌の呼吸状態を把握することもできます」
温度や湿度、換気などを調整しながら、菌の状態を正確に把握することで、アミラーゼとプロテアーゼの割合を同社の味噌に最適なものに調整するのだ。このシステムを3年前から使い始めたが、データが蓄積されてきたことで、これまで勘と経験だけでやっていた作業を科学的に再現することが可能になった。
「どのデータを重視し、どのデータは無視していいかがわかってきて、今は最適な状態の米麹をつくれるようになりました」
伝統を重んじながらも、最新のテクノロジーも併用していくのが髙橋さんのやり方だ。
若き日の建築の学びを文化の世界進出に活かす
こうした改革を次々と行ってきた髙橋さんだが、家業を継ぐために湯沢に戻ってきた時に、こうしたビジョンがあったのだろうか。
「海外輸出など、やってみたいことはありましたが、ビジョンというほどのものではありませんでした。それどころか、自分の美意識との違いに愕然とし、数年間は自己肯定感もほとんどありませんでした」
大学で建築学科に進んだものの、卒業後の進路を考える時期になり、本当に後悔しないのかと悩み、最終的に家業を継ぐことを決心、醸造学科に再入学した。湯沢に戻ってきた時には、建築学科での4年間を無駄にしたのではないかと思っていたという。
髙橋さんが自己肯定感を取り戻すきっかけの一つになったのが、庭園の改修だった。同社には先代から続く立派な回遊式庭園がある。湯沢は秋田県内でも豪雪地帯として知られ、毎年1mを超える雪が降るが、蔵の屋根から落ちた雪が庭に滑り落ち、屋根を超える高さになることもある。この問題を解決するために、髙橋さんは庭師と相談し、効率的に融雪する仕組みをつくったのだ。屋根の長さを調節し、雪が落ちる場所に融雪口を設置、井戸水でその雪を溶かし、融雪口から池を経由し、家の前の側溝に流す仕組みだ。
「雪国では、雪かきや雪下ろしなどに人手を取られ、それが企業にとっても大きな負担です。この仕組みによって雪を片付ける手間が大幅に削減されました」
大学で建築を学んだことが家業に活かされたのだ。ほかにも、これまで米の貯蔵に使用していた蔵をリノベーションし、インバウンド客用に一棟貸しする改修工事を現在進めている。インテリアは髙橋さんが若き日に憧れた建築家 白井晟一氏を彷彿とさせるような仕上がりになるという。インバウンド客向けにファクトリーツアーとレストラン、宿をセットで提供したいと考えている。
「当時はスティーブ・ジョブズの『Connecting the dots』など知りませんでしたが、建築学科で学んだことや自分の美意識が今、こうした仕事に活かされて、人生に無駄なことはないと、改めて思っています」
と力強く語ってくれた。
取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉
PROFILE
ヤマモ味噌醬油醸造元/髙茂合名会社
秋田県湯沢市にある、1867年(慶応3年)に創業した味噌と醤油のメーカー。先祖伝来の味噌、醤油のほか、同社の味噌から2020年に発見されたヴィアンヴァー酵母を使った製品も開発。2022年には同酵母の製法特許を取得。「Life is Voyage(人生は航海)」が理念。

