肥大化した金融経済の危うさ
~なぜ金価格が9倍になったのか~
寺島 実郎

Global Headline

今、金価格が高騰しているが、様々な金融商品の価格推移を調べてみると実に興味深いことがわかる。仮に2000年に1億円を投資し、それを運用したら今現在の価値がいくらになっていたのか。株(東証プライム)は1億8,435万円、原油(WTI価格、円建て分含む)は3億3,093万円になったが、金は9億3,550万円、約9倍になっていた。利息も配当金もない金がなぜ、こんなに高騰しているのか。

ここに21世紀の世界経済および政治の構造変化が絡んでおり、大きなリスクが見え隠れしている。かつて炭鉱で一酸化炭素発生のリスクセンサーとして使われたカナリアのように、金価格は何かのリスクを象徴しているのではないだろうか。

金価格が指し示すリスクの一つは言うまでもなく戦争、地政学的リスクへの不安である。1970年代の中東戦争に始まり、9.11米国同時多発テロ、イラク戦争、そして現在進行しているウクライナ戦争、イスラエルのガザ侵攻という世界各地で勃発する戦争やテロが人々の不安をあおっている。

もう一つはインフレへの限りなき予兆だ。20世紀の終盤、1989年の東西冷戦の終結と時を同じくして、資本主義に大きな変化が起こった。一つはニューヨークのウォールストリートに代表される「金融資本主義」、そしてもう一つはビッグテック(ITプラットフォーマーズ)に代表される「デジタル資本主義」だ。金融工学を駆使した金融派生商品の多様化は、金融のあり方そのものを大きく変容させた。また、情報によって世界を支配するプラットフォーマーの出現によって、たった5つの企業が一国の国内総生産(GDP)を超えるような時価総額になっている。これら信用経済が肥大化するのを見るにつけ、いつかそれが崩壊し、大規模なインフレが起こるのではという不安が底流にある。

一方で、このような米国中心の動きにあらがう動きを見せているのがロシアであり、BRICSに代表されるグローバルサウスと言われる諸国だ。これらの国々ではドル基軸経済に対抗し、米ドルに代わる新しい通貨の発行を検討するほか、多様な通貨で決済できるシステムも模索している。興味深いのは、これらの国々は金の消費量が多いことだ。2023年の金の国別消費需要ランキングでは、1位中国、2位インド、3位米国に続き、トルコ、イラン、ロシア、エジプト、サウジアラビアなどの中東諸国が並んでいる。こうした国々が経済規模を拡大するにつれて、金の需要はさらに増加すると予想される。「炭鉱のカナリア」とも言える金価格の推移が指し示す世界のリスクを我々はどう考えるべきだろうか。

(2024年2月20日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ダビデの星を見つめて 体験的ユダヤ・ネットワーク論』(2022年、NHK出版)、『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)など多数。メディア出演も多数。
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