100%天然素材で林業の魅力を伝える
株式会社しんち林業
匠の新世紀
株式会社しんち林業
石川県白山市

枝打ちなどの林業の作業から出たスギやヒノキの葉材からアロマオイルを生成し、ビジネス展開している女性がいる。
林業の魅力を広く伝えたいというその熱い気持ちを聞いた。
試行錯誤の末に生まれた唯一無二の香り

「夫の仕事を手伝い、枝打ち作業の現場に行き、切り落としたスギの枝を破砕した時、自分の周り一帯がすごくいい香りで満たされていたんです」
進地(しんち)由佳さんの言葉からは、林業の現場でスギの香りに感じた感動が鮮やかに伝わってくる。その強烈な印象が、彼女をアロマの世界へと導く挑戦へとつなげていった。
由佳さんの夫である進地文博さんが経営する株式会社しんち林業は、森林組合からの依頼で、木の育成、枝打ち、下草刈り、伐採などの森林の整備作業を請け負う会社だ。文博さんは、林業関係の企業数社で修業したあと、2018年に現在の会社を創業、3人の社員とともに事業を行っている。
由佳さんがアロマづくりを始めたのは2022年頃。きっかけは、先に述べた夫の仕事の手伝いで山に足を踏み入れた時のことだった。
「それまで知っていたスギの木の香りじゃないというか、なんとも言えない、本当にいい香りだったんです」
それはまさに衝撃的な出会いだった。この感動を多くの人に伝えられないかと思った彼女は、アロマオイルをつくれば可能かもしれないと思ったという。
しかし、アロマづくりは決して平坦な道のりではなかったようだ。知識も経験もなかった彼女は、まず隣県の富山県でアロマオイルを製造する企業に見学に行き、教えを請うた。
そこで「水蒸気蒸留法」という手法を学び、さっそく設備を購入。実際にアロマオイルの製造を始めてみたが、それはまさに試行錯誤の連続だった。
水蒸気蒸留法は、圧力釜の中に原材料(スギの葉)と水を入れて加熱し、原材料に含まれる香気成分と水分を蒸発させ、その蒸気を冷却して液体に戻してエッセンシャルオイル(精油)を分離する方法。
「何回も試作を繰り返しましたが、火力の強さ、加熱時間、加える水の量によってできあがるオイルの香りが違うのはもちろん、できあがるオイルの量も毎回違います。同じ種類の木でも、採取する場所や季節によって香りが異なります。様々に条件を変えながら試行錯誤を繰り返し、納得いくものができるまでに6カ月ほどかかりました」
抽出方法や手順、時間、温度など、わずかな条件の違いを記録し、実験を数百回も繰り返した結果、ようやく自分なりのノウハウを確立し、商品として出せるものができあがった。




キャンプに発想を得たディフューザーの開発


スギのアロマオイルが完成したものの、由佳さんの前には、販路開拓という新たな課題があった。地元の商工会議所に相談すると、スギだけでなく、それ以外のアイテムをつくること、さらにクラウドファンディングに出してみたらと提案された。
そこで、由佳さんは、ヒノキやクロモジ(クスノキ科。日本の固有種で香りが良い)などのアロマオイルの開発にも着手。一方、アロマオイルはすでに世の中に多く存在し、しんち林業ならではのオリジナリティがないことに気づく。
「こういうものは世の中にいっぱいありますから。何か自分らしい特長のあるものが欲しいと思いました」
そこで由佳さんが考えたのがたき火をモチーフにしたディフューザー(香りを空間に拡散させるための器具)だった。
きっかけは、近くのキャンプ場での光景だった。白山市には手取川という石川県最大の一級河川が流れており、周辺にはキャンプ場が点在、昨今のキャンプブームで、多くのキャンパーが訪れていた。
「子どもと散歩していたら、キャンプをされている皆さんがたき火をしていて、とても楽しそうでした」
たき火をする人々の姿を見て、由佳さんはひらめいた。
「たき火をモチーフにしたディフューザーはどうだろう」
完成したアロマオイルを提供した知人たちの中にも、それをどのように楽しめばいいのか困る人が何人もいた。何より、たき火や薪は、林業にふさわしいアイテムでもある。
知り合いの鉄工所に相談し、ステンレスでミニチュアのたき火台を作製してもらった。平面だけで構成され、簡単に組み立てられるところがミソだ。薪は文博さんの作業で出た間伐材を利用。ミニチュアとはいえ、実際に乾燥させ、薪割りもして本物同様につくった。
「実は、この薪を紐で縛る作業が一番大変なんです」
と由佳さんが笑う。
さらに、実際にストーブとして使用できる五徳パーツまでつくってしまった。こうしてこれまでにない独創的なディフューザー「アロマデキャンプ(AROMA de Camp)」が生まれた。


白山の自然の恵みを香りとして届ける


2022年5月から7月にかけて、クラウドファンディングにアロマオイル単体と、「アロマデキャンプ」を出品すると、期間中に目標金額の約3倍のオーダーがあった。その内訳のほとんどが「アロマデキャンプ」で、約500セットも注文が入った。
この成功が同社の名前を広めることになり、日本各地のセレクトショップなどから注文も入るようになった。さらに、アロマオイルだけではなく、その副産物である芳香蒸留水やルームスプレーなどの新製品も開発した。ちなみに、同社でもっとも人気の商品はクロモジの芳香蒸留水で、特に海外からのインバウンドなどに好評だという。クロモジは、江戸時代には菓子楊枝などの原材料として重宝された。クロモジの芳香蒸留水は、国内だけでなく、少量だが海外にも輸出されるようになったという。
だが、由佳さんの本意はこの商品を売ることとは別にあるようだ。
「アロマ関連の商品が売れることはもちろんうれしいですが、商品を売ることだけが目的ではないんです。私は、このような山林から生まれた商品を世の中に届けることで、多くの人に林業に目を向けてほしいんです」
日本の森林面積は約2,500万ha、国土の約67%が森林だ。その森林がいま林業従事者の減少により、危機に瀕している。山林の荒廃によって川に流木が増え、豪雨の際には土砂崩れが起こりやすくなっている。そのため、事故が起こった時には「林業を守れ」という声が一時的に大きくなるが、それも長くは続かない。林業従事者の高齢化、そして後継者不足。日本の林業が抱える課題は少なくない。しかし、由佳さんは悲観していない。
「林業は四季の移ろいを感じながら、樹木の成長を助け、森の恵みを受け取る、魅力的な職業だと思います」
由佳さんのアロマ関連商品の開発には、林業に対する強い危機感と、それを守りたいという熱い思いが込められている。
「アロマ関連商品を届けることによって、自宅でも山やアウトドアの雰囲気を感じてもらい、それによって白山の自然の魅力が伝わったら、それを楽しいと思ってもらえたら、そのほうが『大変だ、大変だ』と騒ぐよりも世の中が山林に目を向けてくれることにつながるのかなとも思うんです」
間伐材などを有効活用しながら、山の恵みを新たな価値へと昇華させるしんち林業の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉
PROFILE
株式会社しんち林業
石川県白山市にある林業の会社。森林組合からの依頼で、白山市を中心に周辺の山の管理、樹木の育成などを行う。間伐材などを活かしたアロマ製品やインテリアアイテムなども製造販売。2018年創業。従業員3名。