最先端技術で挑む日本発の農作物ブランド
野秋 収平

Opinion File

CULTAが開発した新品種のイチゴをハウスで栽培。高速育種技術によりPDCAを早く回すことが可能だ。

高速育種技術で品種改良を5倍速に

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(※1)と日本がもてはやされたのは1980年代のこと。米国の社会学者、エズラ・ヴォーゲル氏の著書により日本的経営の優位性が説かれ、バブル経済に突入した日本経済への注目が一気に高まった時代だ。翻って現在、日本が世界に誇れるものとは何だろうか。

農業系スタートアップのCULTA(カルタ)の代表を務める野秋収平さんは、この答えにつながるヒントを20歳の頃に見つけた。きっかけは、フィリピン国に留学中、日本ブランドのグローバルプレゼンスが低下しているのを目の当たりにしたことだ。かつては街中で日本の大手電機メーカーの看板を数多く目にしたが、今ではアジアの他国ブランドに取って代わられている――そんな話を現地の人に聞き、驚いた。

「初めての海外経験で日本を外から見る機会を得ましたが、日本は凋落(ちょうらく)しているのかと愕然とし、20歳の私には衝撃的でした」

同時に、こんな気づきもあった。

「現地で食べたトマトがあまり美味しくなかったんです。その時に、日本の食は明らかに大きな強みなのだと気づきました。当時まだ大学生でしたが、いつか『食』の分野で日本の新しいブランドをつくり、グローバルに展開できないかと思うようになったのです」

その後、野秋さんは東京大学大学院の農学生命科学研究科に進学し、在学中の2017年にCULTAを立ち上げた。

「大学院ではスマート農業(※2)と呼ばれる領域の研究に携わりました。私が所属していた研究室では品種改良に貢献できるデータ取得の技術を開発していたのですが、そこで研究とフィリピンでの思いが結びついたのです。品種といえば、農業領域における日本のお家芸。研究レベルは世界と比べても高い。品種に関する技術を活用して、世界に勝てる日本の食のブランドをつくりたい、そんな願いのもと、起業を決意しました」

CULTAの強みといえば、他ならぬ品種改良の技術にある。従来であれば10年かかるといわれる品種改良を2年に短縮することも可能な「高速育種技術」だ。

「よくゲノム編集(※3)や遺伝子組み換えなど遺伝子を直接的に改変する方法だと思われがちですが、それとはまったく異なります。私たちは150年以上の歴史を持つ『交配育種』(※4)という方法をいかに高速化できるか、という取り組みをしています。これはグローバル展開を見据えた選択です。例えば、ヨーロッパではゲノム編集の規制がまだまだ厳しく、交配育種であれば文化的、社会的な反発を避けられるメリットがあるからです」

では具体的に、高速育種技術とはどのようなものなのだろうか。そこには大きく2つの側面があるという。

「1つは、人工環境で栽培すること。LEDライトが設置された屋内など高度に環境制御できる場所で栽培することにより、PDCA(計画、実行、評価、改善)を早く回すことができます。すなわち、栽培の高速化が可能となります。2つ目は遺伝情報の解析です。これまでの品種改良では、品種の組み合わせは長年の経験と勘に基づいて属人的に判断が下されていました。こうした状況から脱却するためにゲノム情報を解析して予測し、個体のポテンシャルを見抜きます。高速育種技術により、PDCAを高速で回し試行回数を増やすアプローチ、ゲノム解析により確率を上げるアプローチ、この2つを組み合わせてオペレーションを構築しています」

ブランド価値を高める垂直統合型ビジネス

提携農家のもとには足繁く通う。生産者と消費者の双方が幸せでいられるような農業の構造をつくるために、提携農家とのコミュニケーションを大切にしている。

この高速育種技術を武器にCULTAが目指すのは、世界に向けて「日本発のプレミアム農作物ブランド」をつくることだ。そのために、品種開発にとどまらず、生産、販売、マーケティングまで全工程を自社で手がける。

「品種を販売して終わり、ではグローバルに展開できるブランドはつくれないと思っています。世界中の農家の方々と連携して、生産指導、クオリティコントロールを行い、農作物は当社がすべて買い取ってマーケットで販売します。マーケティング、ブランディングも含め一気通貫で行うことにより農作物のクオリティを高く保ち、農家の収益性に貢献できるよう努めています。品種というのはあくまでもポテンシャル。雑につくれば美味しくないものが容易にできあがってしまう。クオリティを担保した商品を届けることがブランドの本質だと思いますので、垂直統合型(※5)のビジネスが不可欠だと考えています」

こうした信念のもと、CULTAがまず挑んだ農作物はイチゴだ。東南アジアでの販売を見据え、すでに日本国内で試験量産を始めている。

「グローバルに展開する品目として、高付加価値のフルーツに着目しました。イチゴは『あまおう』や『とちおとめ』など有名な品種が多数ありますが、いずれも日本のみに適応した品種ばかり。東南アジアの高温多湿な気候や日長条件においては生産することが困難です。東南アジアの生産環境に適応した品種をつくるのであれば、私たちの技術は大いに優位性があると判断しました」

東南アジアに輸出されている日本の農作物は、日本市場に出回っているのと同じものが販売されている。例えば、シンガポールで売られている日本産イチゴは、日本国内なら500円で売られるところ、現地では3,000円の値段がつく。専用の輸出ルートがないためリードタイム(※6)が長く、高価でありながら鮮度が落ちた商品が並ぶこともある。一方、CULTAが目指すのは、品質の高いイチゴの「近産近消」。今はマレーシアでの生産態勢を整え、シンガポールで販売できるよう準備を進めているところだ。すでに東南アジア各国から、CULTAのイチゴを待ち望む声が寄せられているという。

「日本の農作物の品質に対する信頼感は高く、期待が高まっていると感じます。また、近くでつくって近くで売ることで中間コストが省けるため、現地マーケットにおいて価格適合しやすい。一般的に日本産の農作物を輸出すると富裕層しか手に取れない価格帯になってしまいますが、私たちはミドルアッパー層にも刺さるような身近なプレミアムブランドをつくっていきたいと思っています」

マレーシアでの生産を端緒にグローバルビジネスの道を切り拓く野秋さん。一方で、日本の農業に目を向けてみれば、担い手不足や輸入農作物の脅威など不安要素は少なくない。野秋さんは日本の農業について、どんなふうに見ているのだろうか。

「衰退産業などと言われることもありますが、私は日本の農業には十分に希望があると思っています。CULTAは海外だけでなく、企業の農業参入支援なども含め日本での生産も精力的に進めています。そのような過程で、経営マインドを持って意欲的に経営規模を拡大していこうという若い農家の方々と出会うことも少なくありません。志ある若手農家の成長を支えるためにも、私たちが目指す垂直統合型での支援が重要になってくると考えています」

交配育種中のイチゴ。植物工場のような人工環境で育種を進める。従来の交配育種を高速化しているため、様々な作物への応用が期待できる。

農業の未来を拓く 農学の社会実装

こうした事業を通してCULTAが実現したいのは、「『未来の適地適作』(※7)で生産者と消費者を幸せにする」こと。このミッションには、起業当初の野秋さんの思いも込められている。

「当時一番強く感じていたことは、生産者と消費者が両方とも得をするバリューチェーンをつくりたい、ということだったんです。そこに『未来の適地適作』という文脈を当て込み、生産者と消費者が未来においても幸せな状態を保つことができる農業の構造を構築したい。それが私たちの願いです」

イチゴなどの農作物は、その土地の気候に適した品種を栽培する「適地適作」が原則だ。しかし近年では、気候変動や社会変動の影響で、こうした原則を維持するのが困難になってきている。そこで生まれたのが「未来の適地適作」という構想だという。品種改良の技術を武器に、今後も起こりうる大変動を見据えた農業生産をすることで、CULTAが目指す未来へと近づくことが可能となる。

そして、野秋さんが「CULTAのいわばサブテーマ」だと話すのは、農学の社会実装への思いだ。

「実はアカデミアの世界に埋もれている農学の技術や研究結果はたくさんあります。でも、農学のための農学になっていて、農業のための農学になっていないのが実情です。こうしたリソースを社会実装する装置として私たちの事業が機能するのではないかと考えています。品種をつくるだけでなく、生産を支援し、高品質な状態をキープして消費者に届ける。こうしたフローの随所に様々な技術を活用する可能性があるはずです。農学の知見を現場実装することで農業に価値を生み出す。こうしたことも視野に入れて進めていきたいですね」

これまで農学が社会実装しきれなかった理由について、野秋さんはこう分析している。

「農学の知見を一つ社会実装するだけではさほどインパクトがありません。私たちはこれを『点の実装』と呼んでいますが、これからは『線の実装』にしていく必要があります。例えば、品種改良の技術を売っただけでは点の実装で、いい品種が完成しても正しく栽培できなければブランド価値は下がります。これを線の実装にするために、私たちの場合はバリューチェーンを構築してブランディングにもコミットする。さらに他の作物や他の地域に展開されれば『面の実装』になります。現状は点の実装に限られていることが、農業分野における大きな課題だと捉えています」

農業界の理想の未来について尋ねてみると、野秋さんの答えは極めて明快だった。消費者がいつでも高品質な農作物にアクセスできること。生産者はそれに応えることで収益性を保ち、自分の仕事に誇りを持てること――。

常に消費者と生産者の双方に思いを馳せる野秋さん、実は祖父はサツマイモ農家を経営していた。幼い頃から畑に出て手伝いをすることもあり、植物が育つのを間近に見て、おもしろいなと感じていたそう。土を触ることや虫に対する苦手意識はなく、大人になって農場に行っても困ることがなかったのは、少年時代の経験があったからだろう。

「今でもなるべく農業の現場に足を運ぼうと心がけています。農家の方に話を伺うことは、自分の経営を進めていくうえで何より重要だと考えています。これからも現場から離れないようにしたいですね」

自分たちが目指すビジョンに共感し、ともに農業界を変えようと前のめりになって話を聞いてくれる農業家との出会いが、野秋さんがこの仕事を選んでよかったと思える瞬間だ。

CULTAが生産を予定しているマレーシア・キャメロンハイランドの農地。現地の気候に適した新しい品種でジャパンクオリティに挑む。

取材・文/脇ゆかり(エスクリプト) 写真/ご本人提供

KEYWORD

  1. ※1ジャパン・アズ・ナンバーワン
    戦後の日本の高度経済成長の要因を分析したエズラ・ヴォーゲル氏の著書。1979年に刊行され、大ベストセラーに。著書名はそのまま日本経済の最盛期を表す言葉として使われた。
  2. ※2スマート農業
    農林水産省では「ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業」と定義。作業の自動化により人手不足を解消したり、データの活用により農業経営の高度化が可能になったりする。
  3. ※3ゲノム編集
    ゲノム(遺伝子をはじめ遺伝情報の全体)を構成するDNAを切断して遺伝子を書き換える技術のこと。
  4. ※4交配育種
    性質の異なる品種同士を掛け合わせ、その子孫から目的の性質をもつ品種をつくる方法。本格的な品種改良が始まった明治時代から用いられている。
  5. ※5垂直統合型
    製品の開発から生産、販売にいたる上流から下流のプロセスを単一企業、もしくはグループで行うビジネスモデル。
  6. ※6リードタイム
    発注から納品までの所要時間。例えばシンガポールでは、長いリードタイムを経て届いたイチゴが高値で販売されている。輸送距離が長く地球環境への負担も懸念される。
  7. ※7未来の適地適作
    園芸作物には土地の気候に合った作物をつくる「適地適作」が原則だったが、CULTAは、昨今の気候変動や社会変動に適応できる「未来の適地適作」という構想のもとサステナブルな農業を目指す。

PROFILE

野秋 収平
株式会社CULTA
代表取締役CEO

のあき・しゅうへい
株式会社CULTA代表取締役CEO。1993年、静岡県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科卒業。研究はスマート農業分野。農業分野への画像解析技術の応用で修士(農学)を取得。在学中にタイ国の農業スタートアップ、東京都中央卸売市場、イチゴ農家での業務を通してグローバル農業ビジネス、農業生産、流通を学ぶ。2017年に株式会社CULTAを設立。日本発のプレミアム農作物ブランドの創出を目指す。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」(世界を変える30歳未満30人)のSCIENCE & TECHNOLOGY & LOCAL部門に選出。