カラフルなクッキー生地が人と人をつなぐ架け橋に
竹内 ひとみ
Opinion File
子育ての期間がキャリアの空白に
とある託児サービスにて。ブルー、グリーン、レッド……テーブルに並ぶ色とりどりの生地をまるで粘土のようにこねながら、子どもたちは猫をつくったりハート形にくりぬいたりして、思い思いの作品に仕上げていく。オーブンで焼けば、世界でたった一つのクッキーのできあがり。部屋は甘い香りと子どもたちのはしゃぐ声で満たされ、子どもも大人も笑顔になる。
このクッキー生地「coloridoh(コロリド)」を開発したのは、竹内ひとみさん。4人の子育てが一段落し、50歳の節目にかねてから温めていた起業の夢を実現した。およそ2年にわたる試行錯誤の末に生まれたのは、遊びながらおいしく食べられる新しい発想のクッキー生地だった。
「コロリドは私にとって、我が子のような存在。これまでの経験のすべてが詰まっています」
そう微笑む竹内さんの原点の一つに、働きたくても受け入れてくれる場所がなかった、苦い思い出がある。
ITベンチャーの営業職として働いていた竹内さんは、第一子を授かったタイミングで仕事を辞め、専業主婦の道を歩み始めた。しかし、働きたいという思いは断ち切れず、料理教室の講師や雑誌のフードコーディネーターとして活動を再開するも、その後さらなる子宝に恵まれ、仕事を辞め、4人の子育てに全力を注ぐ日々が続いた。本格的に仕事を再開しようと考えたのは、夫が始めた事業がなかなか軌道に乗らず、苦しい時期を迎えていた頃のことだ。しかし、子育てに費やした時間が、再出発への大きな壁として立ちはだかった。
「当時まだ40歳になったばかりでしたが、求人の応募条件は〝35歳以下〞という企業がほとんど。営業で培った実績や子育てを通じて得たスキルには自信がありましたが、応募すらできない現実に直面しました。子育てがキャリアブランクとして扱われることに大きなショックを受けたのです」
こうした状況は個人だけでなく企業にとっても損失になり得る。社会を少しでも変えていくためには、自らが影響力を持つことが必要かもしれない――そう考えた竹内さんは、次第に起業へ意識を向けるようになった。そんな折、夫が仕事の拠点を米国シリコンバレー(※1)へ移す決断を下し、家族で新たな環境に踏み出すことになった。

シリコンバレーで「食」の可能性を実感
米国での再出発はまさにゼロからのスタートだった。持っていった荷物は飛行機に預けられる1人2個の段ボールのみ。慣れない異国の地で、子どもたちの学校の手続きを行い、ガレージセールを回り家具や日用品を買い集め、渡米からわずか1カ月後に、夫婦で起業家限定のシェアハウスをオープンした。
当時のシリコンバレーでは、起業家がアイデアを語り合いながら共同生活を送る「ハッカーハウス」(※2)と呼ばれるシェアハウスが広がりつつあった。竹内さんは、ゲストの世話や家事全般を担当し、食事は朝昼晩のすべてをつくっていたという。
「一般的なシェアハウスは、朝食にシリアルを置く程度だそうですが、私は〝食〞こそ人と人がつながるきっかけになると考えていました。だから、家族を含め毎日3食20人分ほどの食事を用意していたんです」
食物アレルギーやヴィーガン(※3)への対応に加え、国や地域によって異なる宗教上の配慮も必要だった食事づくりは、並大抵のことではなかったはずだ。それでも、竹内さんは楽しそうに振り返る。
「『今日の晩ごはんは何?』と、みんなが楽しみにしてくれていました。全員で食卓を囲む時間は、ゲストたちにとっても私にとっても、かけがえのない一時でした」
シェアハウスの運営は7年に及び、その間に迎えたゲストは60カ国、6,000人を超えた。多彩な起業家たちとの出会いを重ねる中で、竹内さんは、「食」が人と人との距離を縮め、心を開く大きな力を持っていることを改めて実感したという。シェアハウスでの経験は、やがて起業のアイデアを育てる大きな種となった。
起業を考える上で、もう一つの軸となったのは「子育てが楽しくなるようなサポートを届けたい」という思いだった。たとえ短い時間でも、目の前の子どもとしっかり向き合い、質の高いコミュニケーションをとれる仕組みをつくれないだろうか。食への思いと子育てへの願いが交差して生まれたのが、コロリドだった。
「クッキーづくりは親も子も同じ目線で楽しめるところが魅力だと思っています。
ママ友と話していると、『クッキーなんてつくったことがない』、『難しそう』という声をよく耳にします。だからこそ、誰でも簡単に、楽しくつくれるクッキー生地を目指しました。
親御さんにとっては『クッキーづくりをするなんて、私っていい親だな』と感じられる時間に。お子さんにとっては『小さい頃にママと(パパと)クッキーをつくったな』という温かな記憶になるように。親も子も互いに自己肯定感を高め合えるひとときが生まれたらと考えました」

原材料にこだわった世界初のクッキー生地
コロリドは、6色の生地をこねて自由に形をつくれるクッキー生地だ。解凍や材料の計量は不要で、好きな形に成形してオーブンで10分ほど焼けば完成する。思い立ったらすぐにクッキーづくりを楽しむことができる。
着色料は一切使わず、レッドはいちご、イエローはかぼちゃ、グリーンはユーグレナなどすべて天然由来の着色成分を使用。28品目のアレルゲン(※4)を含まず、ヴィーガンにも対応し、「すべての人に、気軽に安心して楽しんでほしい」という竹内さんの思いが凝縮されている。
しかし、ここにたどり着くまでには多くの試練があった。シェアキッチンを借りるためには米国の食品衛生資格が必要だったため、シェアハウスの仕事を終えた深夜2時以降を勉強時間に充て、慣れない英語の専門用語と格闘した。生地づくりでは、アレルギー対応でもおいしさに妥協せず、自然素材であってもより鮮やかな発色を求め、試作を繰り返した。ようやく完成した冷凍のクッキー生地をクラウドファンディングの支援者に送ろうとしたところ、米国をはじめ多くの国では日本のようなクール便がないことが判明。ゆくゆくはこの商品を世界中の人に届けたいと考えていた竹内さんは、常温で保存できる生地を目指して、さらに研究を重ねたという。
「挑戦には失敗がつきものです。でも、失敗を恐れるのではなく、誠意を尽くして取り組んだかどうかが何より大切だと思っています。私を信じて投資してくださった方々や、アレルギーで悩むお子さんとそのご家族のことを思いながら、決して手を抜かず、真摯に向き合ってきました。
商品化に至るまで多くの困難がありましたが、今は挑戦そのものを楽しめている実感があります。苦難があっても、自分の力で道を切り開くことができる。それは、子育てや家事、夫の仕事サポートなど自分の人生を一度脇に置く経験があったからこそ得られた感覚かもしれません」
今も新しい食材が見つかると試作を行う。つい先日も生地のアップデートをしたばかりだ。コロリドは今なお進化しているのだ。


クッキーづくりがチームビルディングに
竹内さんはコロリドを単なる「食品」にとどまらず、「コミュニケーションツール」だと表現する。「何をつくる?」、「この2つを混ぜたらどんな味になるかな?」といったやりとりが自然に生まれることを意識しながら、商品開発を進めてきた。
「親子プログラムなどで活用していただけたらと考えています。子どもへの声かけや接し方など、ペアレンティング(※5)を考えるきっかけとしてコロリドが役に立つのではないかと期待しているんです」
最近では、企業研修の場で活用されることもあるそうだ。
「主にチームビルディング(※6)の研修に使っていただいています。例えば、『人生の最後に食べたいものをつくろう』というテーマを投げかけると、年配の男性が思いがけずかわいらしいお寿司をつくったり、若い女性がたくさんの棒をつくって『肉』と書き込んだりするんです(笑)。発表の場を設けると、『このカレーにはおばあちゃんとの思い出があって』といった話が飛び出すこともあります。私たちは〝内面の可視化〞と呼んでいますが、クッキーづくりを通して、普段の仕事では見えなかった一面に出合えることがあるのです」
竹内さんが目指すものは、レゴブロック(※7)に通じるところがあるという。レゴは子どもの想像力を育む玩具だが、近年では企業研修にも取り入れられ、問題解決やチームの結束を高める手法として注目されている。コロリドもまた、人と人をつなぎ、新しい対話を生み出すツールへと成長しつつある。最後には食べられる喜びがあることも重要なポイントだ。完成したものには失敗も成功もなく、焼けばすべておいしくいただける。味わうことで、共有した時間がより深く心に刻まれることになる。
コロリドという名前はスペイン語で「カラフル」を意味する言葉から着想したものだ。将来的なグローバル展開を見据え、人と人をつなぐ〝虹の架け橋〞をイメージして名づけたという。また、「カラフル」という言葉には、それぞれの個性を大切に、尊重し合える世界をつくりたいという思いも込められている。
パッケージを開くと、目に飛び込んでくるのは「NO BORDER BE COLORFUL」というメッセージ。国境や垣根を超え、一人ひとりの個性が輝き合う世界へ――。コロリドに託した思いは、そのまま竹内さん自身のミッションでもある。
取材・文/脇 ゆかり(株式会社エスクリプト) 写真/山本 嵩
KEYWORD
- ※1シリコンバレー
米国カリフォルニア州サンフランシスコの南部に位置し、半導体やIT 企業などが集積するエリア。「スタートアップの聖地」とも呼ばれ、イノベーションの中心地として知られる。 - ※2ハッカーハウス
起業家やエンジニアが共同生活をしながら、意見を交わし合ったりプロダクト開発を進めたりするための短期滞在型のシェアハウス。シリコンバレーには多くのハッカーハウスが存在する。 - ※3ヴィーガン
肉や魚介、乳製品、卵などの動物性食品を一切摂らず、毛皮や羽毛のような動物由来の製品も利用しない完全菜食主義者、あるいはそうしたライフスタイルのこと。 - ※428品目のアレルゲン
食品表示法で定められたアレルギー表示の対象となる食品のこと。表示義務のある「特定原材料」は8品目、表示が推奨されている「特定原材料に準ずるもの」は20品目ある。 - ※5ペアレンティング
子どもの成長にあわせて親や養育者が行う関わりやサポートを指す。子どもとのより良い関わり方などを学ぶペアレンティングトレーニングが注目されている。 - ※6チームビルディング
メンバー間での信頼関係やコミュニケーションを深めて協力体制を強化し、各々の個性やスキルを最大限に発揮させて共通の目標を達成するためのチームづくりのこと。 - ※7レゴブロック
デンマーク発祥の知育玩具。近年は「レゴシリアスプレイ」として企業研修にも取り入れられ、アイデアを可視化し、チームの課題解決やビジョン共有などに活用されている。

PROFILE
竹内 ひとみ
コロリドージャパン合同会社代表
たけうち・ひとみ
コロリドージャパン合同会社代表。1974年、兵庫県生まれ。ソフトウェアベンチャーの営業職に従事。結婚後は4人の子育てをしながら大手料理教室の講師、フードコーディネーターとして活動。2014年に家族で米国シリコンバレーに移住。起業家向けのシェアハウスを運営。世界各国からゲストを迎えた経験から「食」が持つ可能性に着目し、コミュニケーションツールとしてのクッキー生地「coloridoh(コロリド)」を開発。2020年にcoloridoh Inc.を米国で設立。2021年に帰国し、生地の改良などを重ねて、翌年に日本で新発売。東京都女性ベンチャー成長促進事業 APT Women 7期生。

