「共感を生む発信」で地方の未来に光を
三輪 武寛

Opinion File

高校時代には動画配信で反響を得たことも。「誰に・どんな切り口で・どう届けるか」が情報の要だと話す三輪さん。

コロナ禍のマスク事業で地方の底力に出合う

静かな農村に、ひときわ長い行列が映し出される。列の先に控えるのは、出荷されたばかりの艶やかな桃。場面が切り替わると、生産者から届いたばかりの新鮮な桃が、人の手によって丁寧に選別されていく――。

これは、桃の産地として知られる山梨県韮崎(にらさき)市の公式インスタグラムに投稿されたリール動画(※1)。カメラは生産者の笑顔や声も捉え、わずか数十秒の映像に桃の瑞々しさや、この土地が醸し出す温かさが凝縮されている。公開されると50万回以上も再生され、県内外から多くの人が訪れるようになったという。

この動画を制作したのは、三輪武寛さん率いる地方創生ラボ株式会社だ。「その地方に、貢献したい人の力になりたい」とのミッションを掲げ、地方の課題解決に取り組んでいる。三輪さんが地方創生に力を注ぐようになったのは、コロナ禍における、ある挑戦がきっかけだった。

大学在学中から日本のECモールで海外雑貨の輸入販売を手がけていた三輪さん。卒業後は大手通信会社グループで、メディア運営や新規事業の立ち上げ、開発ディレクションに従事した。一方で、会社が推奨する副業制度を活用し、SNSを起点としたアパレルブランド事業を立ち上げると、事業は着実に成長を遂げた。2019年には会社の後押しを受けて業務委託契約に切り替え、独立を果たす。しかし、その直後、世界はコロナ禍へと突入した。

「ちょうど独立したタイミングで、世界が一変しました。5つほど展開していたアパレルブランドの需要は一気に落ち込み、次の一手を考える必要に迫られたのです」

その時、三輪さんが着目したのはデザイン性の高いマスクだった。当時は白い不織布のマスクが主流。そこで、アパレル事業で培ったネットワークを活かし、数万人のフォロワーを持つインフルエンサー(※2)やクリエイターたちとコラボレーションすることで、まだ世の中にないマスクが生み出せるのではないかと考えたのだ。

「みんな、何かしたいけれど動けないというもどかしい思いを抱えていたようです。わずか1カ月で100人ほどのインフルエンサーと連携することができました。彼らのフォロワーを合計すると500万人は下らなかったと思います」

個性豊かなデザインの種と、それを受け止めるファン層は確保できた。残る課題は製造を担うパートナーを探すこと。三輪さんは全国のマスクメーカーに連絡を取り、福井県坂井市で浴衣帯を手がける老舗メーカー・小杉織物株式会社との協業にこぎつけた。そこから1カ月かけて100種類のマスクを制作。発売日はあえてユニクロの「エアリズムマスク(※3)」と同じ日に設定し、SNSとマスメディアの双方で話題を集めた。結果的にマスクは数カ月で1万枚売れたという。

この成功が転機となり、三輪さんは福井県あわら市(※4)から広報戦略アドバイザーとして迎えられることになった。

「マスク事業で初めて地方のメーカーさんと協業しましたが、その熱量やスピード感に圧倒されました。同時に、全国のインフルエンサーの中には、地方に貢献したいと考えている人が多いことにも気づきました。広報戦略アドバイザーのお話をいただいた時に、地方とインフルエンサーをつなぐことで、あわら市の広報に新しい風を吹き込めるのではないか、地方創生の可能性を広げられるのではないかと感じたのです」

山梨県韮崎市の公式インスタグラムに投稿された桃のリール動画。地方創生ラボからの派遣で写真家のSOLAさんが制作。

AIとSNSの活用で自治体の広報を革新

あわら市の広報戦略アドバイザーとして三輪さんがまず行ったのは、職員へのヒアリングだ。そこで耳にしたのは、「広報の仕事は難しそうで、何から手をつければいいかわからない」、「広報業務に割く時間が確保できない」という声だった。そこで、広報業務を身近に感じてもらえるよう会話形式で広報記事の作成をサポートするAIツール「広報丸くん(※5)」を開発。例えば、イベントのチラシを読み込ませると、わずか数分でプレスリリースが出来上がる。これまで2時間かかっていた業務が、ものの5分で終わるというわけだ。

こうしたツールを活用しながら、積極的に発信を続けた結果、プレスリリースのアクセス数は飛躍的に伸び、市役所内の広報業務は大幅に効率化されたという。

「多くの自治体がプレスリリース配信サービスと有料契約を結んでいるものの、十分に活用できていないケースが少なくありません。あわら市では、すでに導入済みのサービスを最大限に活用しました。また、広報丸くんはChatGPTをベースに開発しているため、追加費用は発生していません。既存の資源を活かし、余分なコストをかけずに支援することを大切にしています」

さらに、地方創生ラボの強みであるインフルエンサーの活用も戦略の柱となった。福井県にゆかりのあるインフルエンサーを起用し、公式インスタグラムを開設。地元グルメや温泉、イベントなど、あわら市ならではの魅力を次々と発信していった。

「連携したインフルエンサーの中にはSNSで話題のカメラマンもいます。地方の何気ないお祭りも彼が切り取ると、『こんなに魅力的なお祭りだったんだ』と思わせる1枚になるんです」

1カ月でおよそ10件の投稿を重ねたところ、フォロワーは3,000人に到達。自治体広報としては異例のスピードで成長を遂げた。

地方創生ラボの特長は、影響力のあるクリエイターやインフルエンサーが「裏方」として地方に入り込み、地方とともに課題解決に取り組む点にある。「地方に貢献したい」という強い思いと、それぞれの得意分野や個性を掛け合わせ、課題に応じて最適な人材をマッチングする。こうした手法は全国の自治体から注目を集め、地方ごとの多様な課題に対応すべく、活動の場を広げている。2025年度は、三重県、神奈川県、福井県、長野県、山梨県、佐賀県、京都府内のおよそ10の地方自治体を支援。今後、支援先はさらに増える予定だという。

マスク事業のパートナーとなった小杉織物の代表・小杉秀則さん(右)と三輪さん(左)(写真:ご本人提供)。

「信頼」と「共創」は現場から生まれる

事業の性格上、遠隔地との仕事が中心となるが、三輪さんは「信頼は現場からしか生まれない」という信念のもと、現場に足を運ぶことを何よりも大切にしている。

「オンラインがどんなに発達しても、言葉だけでは伝わらない熱量や、現場でしか味わえない空気感があります。地方の課題に向き合ううえで不可欠な『信頼』と『共創』は、直接会って話すことからしか生まれないと考えています」

その姿勢は、幼少時代の経験も影響しているのかもしれない。三輪さんの実家は、京都で「三輪紙店」という卸売業を営んでいた。ティッシュペーパーやトイレットペーパーを学校や病院、自治体などの公共機関だけでなく、買い物に行くのが困難な高齢者の家にも届けていたという。採算が合うかどうかではなく、困っている人がいるから届ける。そんな仕事に対する姿勢は、幼い三輪さんの心に深く刻まれた。

「家族の姿を通して、地方の日常を下支えする仕事への敬意や関心が育まれたのだと思います。地方の基盤を支えることの尊さを、肌で感じていたのでしょう」

暮らしの場所を選べる社会の実現に貢献したい

あわら市の職員と話し合う三輪さん。(写真:ご本人提供)
韮崎市で開催した「スマホ写真の撮り方とSNS活用講座」。フォトグラファーとインフルエンサーによる実践的な講義が好評を博した。(写真:ご本人提供)

DX推進や移住・定住促進、空き家対策、ウェルビーイング政策の支援など、多岐にわたる地方課題に取り組む三輪さんが、今もっとも深刻に捉えているのは東京一極集中の問題だ。地方の存続に直結し、その解決は容易ではない。しかし、地方の魅力を丁寧に掘り起こし、積極的に発信することで、その流れをわずかでも食い止められるのではないかと考えている。

「地方にはもともと価値があります。足りないのは魅力ではなく、その価値が掘り起こされ、きちんと伝えられていないことが問題なのです。地方の未来に新たな可能性を生み出せるような、〝共感を生む発信〞を続けていくことが、私たちの役割だと思っています」

地方創生の現場では、交付金(※6)の獲得までは華々しく進んでも実行や効果検証が伴わないケースは少なくない、と三輪さんは危惧する。だからこそ現場に足を運び、地方の声を直接聞きながら、実効性のあるプロセスを着実に積み重ねることを重んじている。地方に根づき、持続的に動き続ける取り組みをともにつくることーーそれが、揺るがぬ基本姿勢だ。

そして、最終的な目標は、人々が地方の魅力を知ったうえで、どこで暮らすかを選べる社会の実現だ。

「それぞれの地方が自らの魅力を正しく発信し、互いの個性や価値を高め合う〝地方の正しい競い合い〞を促したいと考えています。大都市での暮らしが合う人もいれば、地方でこそ力を発揮できる人もいるはずです。それぞれの場で輝けるよう、暮らしの選択肢が多様に広がる未来が理想です」

三輪さん自身は現在、自然に囲まれた静かなエリアで暮らしている。周囲には子どもが安心して遊べる場所があり、近所の人が子どもの面倒を見てくれる温かなコミュニティも存在する。子育てをするなら東京でなくてもよいと考え、自ら選んだ暮らしの場所だ。

その日々の確かな充実感こそが、三輪さんが描く理想の社会を後押しする、大きな力となっている。


取材・文/脇 ゆかり(株式会社エスクリプト) 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1リール動画
    https://www.instagram.com/nirasaki_official/reel/DLqPLtvSGRd/?hl=ja
  2. ※2インフルエンサー
    SNSなどで多くのフォロワーを持ち、発信する情報や意見が購買行動や価値観に影響を与える人物のこと。近年では、企業のマーケティングや商品開発などに起用されることも。
  3. ※3エアリズムマスク
    2020年6月にユニクロが発売した布製マスク。当時は不織布マスクが主流で品薄が続く中、高性能フィルターを内蔵し、洗って繰り返し使える布マスクとして注目を集めた。
  4. ※4福井県あわら市
    福井県の最北端に位置し、「関西の奥座敷」と呼ばれる名湯・あわら温泉を擁する。公式インスタグラムでは、観光スポットや地元グルメなどユニークなPR動画を発信している。同市にはJ-POWERの「あわら北潟風力発電所」もある。
  5. ※5広報丸くん
    地方創生ラボが開発した自治体向けAI 広報支援ツール。会話形式のサポートにより、専門知識がなくてもスムーズに運用できる。
  6. ※6交付金
    地方創生推進交付金は2014年度に新設され、自治体に対して、地方が抱える課題解決や活性化に向けた事業を支援するために交付する公的資金。

PROFILE

三輪 武寛
地方創生ラボ株式会社代表取締役社長

みわ・たけひろ
地方創生ラボ株式会社代表取締役社長。1993年、京都府生まれ。大学卒業後、KDDIグループの株式会社medibaに入社。会員数1,000万人を超えるauサービスの企画・運営・開発ディレクションに加え、新規事業の立ち上げに従事。副業ではアパレル事業やマスク事業を展開し、全国のインフルエンサーと協業。そのノウハウを活かして2019年に独立し、地方創生ラボ株式会社を設立。その地方に貢献したい人々とともに地方自治体や地方企業の支援事業を行う。「行政デジタル推進顧問(神奈川県真鶴町)」「情報発信DX戦略顧問(山梨県韮崎市)」
「広報戦略顧問(福井県あわら市)」などを務める。