見つめて見つめられる 対話のある日本画
絹谷 香菜子
Rising Stars

従来の日本画のイメージを刷新する新進気鋭の作家のテーマは「いのち」。
日本画という表現を選んだ理由とは?
作品にかける思いについて聞いた。
取材・文/ひだい ますみ
写真/竹見 脩吾
ヒョウやシマウマなどの顔面にフォーカスした作品など、ユニークかつ魅惑的な作品で注目を浴びている日本画家 絹谷(きぬたに)香菜子さん。
日本画の魅力に出合ったのは、中学生の時。幼い頃から石に興味があり、ポケットは拾った石でパンパンだったという少女は、日本画が岩石を砕いてつくる「岩絵具(いわえのぐ)」で描かれると知り、興味を抱いた。特に惹かれたのは宝石でもある「ラピスラズリ」。大好きな海を想起させるような瑠璃色に夢中になった。
「石と海という自分の好きなものが自然に重なり合う日本画という世界こそ、これから生きていく道だと直感しました」
日本画は、重ね塗りが可能な油絵やアクリル画とは違い、筆に含ませる水分を意識し、一発勝負で描く。絹谷さんには、その緊張感も、水をコントロールする感覚も好ましかった。
早々に「自分らしさ」を発揮できるベストな表現を見つけた絹谷さんだったが、大学時代は高名な洋画家である父を意識して苦しんだ。
「父の作品は、鮮やかな色彩や発色が特徴の一つです。父と比べると、自分の色遣いがすごく下手に思えて落ち込みました。『色を出す』ことにばかり囚われて、混乱と戸惑いの日々が続きました」
転機となったのは、水墨画の授業だった。紙の白と墨の黒色だけで織りなす表現に、心がすーっと落ち着いた。また、墨の濃淡を意識することで、日本画を始めた時の水をコントロールする快感も思い出した。
それからは、日本画を下敷きにした作品を描き続けた。モチーフは、ニワトリやツル、フクロウなどの鳥類。その後、イギリス留学を経て、ゾウやトラ、サルなど他の動物も描くようになった。
「無心に絵を描いていくうちに、自分でもはっきりとは意識していなかったコンセプトがだんだん見えてきました」
例えば、大きなキャンバスに動物の顔をアップで描く「瞳のさきに潜む思い」のシリーズには、動物と対峙しながら鑑賞者の心の中を映し出したいという思いが込められている。
「絵を『見る』ことは、すなわち『見られること』でもあると思います。鑑賞者は、動物の澄んだまっすぐな瞳を見て勇気づけられ、鼓舞されていると同時に、動物から見つめられることで、自分がしっかり生きているかどうか、内面を見つめ直すことになる、そんな作品を描きたかったのです」
心おもむくままに独自の作品制作を続ける一方で、様々な分野でのコラボレーションも考えている。
「ワインのラベルなど、暮らしに溶け込むアートも手掛けてみたいです」
今後、どんな作品が生み出されるのか。その世界観に圧倒される喜びをぜひ味わいたい。





PROFILE
絹谷 香菜子
日本画家
きぬたに・かなこ
1985年、東京都生まれ。2007年、多摩美術大学絵画科日本画卒業。2009年、東京藝術大学大学院美術研究科博士前期課程芸術学美術教育研究室修了。2011年、吉野石膏美術財団在外研修員として渡英。2013年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術教育研究室満期退学。世界、日本各地で個展、グループ展を多数開催。全国で日本画出張授業を行い、美術の普及活動にも力を入れている。
2025年8月20日〜26日 松坂屋名古屋店 個展
2025年9月24日〜30日 大丸心斎橋店 個展
2026年4月 下瀬美術館 展覧会開催予定