ウェアラブルセンサーで人々の健康を守る
ミツフジ株式会社
匠の新世紀
ミツフジ株式会社
京都府相楽郡精華町

人体からの様々な情報を正確に取得することで人々の健康に貢献する──。
そんなウェアラブルデバイスを開発・製造し、熱中症に悩む企業や子どもたちの健康を守りたい。
そんな思いで活動するIoTソリューションメーカーを訪ねた。
腕時計型デバイスで子どもを熱中症から守りたい

代表取締役社長
三寺 歩さん
「この40年間で170人以上の子どもがクラブ活動中の熱中症で亡くなっています。親からしてみたらたまらないですよね。朝、『がんばってね』って送り出した子どもにそんなことが起こるなんて。そういう親子を減らしたいという思いで開発したのがこのhamon bandというウェアラブルデバイスです」
そう熱く語るのはIoTソリューションメーカー、ミツフジ株式会社代表取締役社長の三寺歩さん。IoTは、Internet of Things(モノのインターネット)の略で、様々なデバイス(機器)をネットワークに接続し、データ収集やデータ交換を行う技術を指す。ミツフジでは衣類や腕時計などの身に着ける(ウェアラブル)デバイスから生体データを収集し、体調を可視化できるアルゴリズム開発および健康に役立てる製品を開発している。hamon band 2はリストバンド型のデバイスで、あえてネット接続不要の仕様だ。なぜなのか。それはインターネットが苦手な人でも手軽に使えるようにして敷居を低くすることで、不慮の事故が起きるのを防ぎたいという思いからだ。



祖父や父のおかげで現在の自分がある




「父から『金を貸してくれ。それがないと2週間で会社がつぶれる』と言われた時には、『つぶしたほうがいいよ』と答えました」
と語る三寺さん。現在の三寺さんからは想像できない言葉だが、そこには子ども時代からの葛藤があったという。
「私が子どもの頃、同級生の親はサラリーマンばかり。地元は大手メーカーの下請け工場が多く景気がよかったので、なぜウチだけ貧乏なんだ、絶対にサラリーマンになると決めていました。父は祖父から受け継いだ会社で、様々な事業に取り組みながらも失敗が多かったのです。そうした中で父が活路を見出したのが米国企業と提携して開発した『AGposs(エージーポス)』という銀メッキ繊維です」
AGpossは、ナイロンの芯材に銀を被膜し撚(よ)り合わせたフィラメントの糸で、繊維の表面がすべて銀でおおわれているため、銀が持つ抗菌性や導電性、電磁波シールド性などの性能も保持しながら、繊維らしい軽量性・柔軟性も兼ね備えている。いわば「糸の顔をした金属」であり、「金属のような糸」でもある。
「“機能性繊維”の先駆けでした。私が中学生ぐらいの時に、父親が『抗菌機能があって電気を通し、燃えないすごい糸ができた』と喜んでいたのを覚えています。私は、そんな画期的なものを開発したのに、どうしてウチにはお金がないんだと思っていました」
1995年には日本国内でAGpossの製造・販売を開始。抗菌防臭靴下などのヒット製品を生み出し、宇宙飛行士の下着に採用されるなど、注目された。だが、その後、化学薬品による抗菌剤が開発されると、AGpossの売上げは次第に低迷する。
父親から電話があった当時、IT企業でサラリーマンをしていた三寺さんだが、その日帰宅して自分の過去をふり返り、その気持ちは大きく変わったという。
第2次世界大戦後、満州から引き揚げてきて京都の地場産業である西陣織の工場をつくった祖父母、絶対に跡継ぎにはならないと決意していた気持ちを押し殺して跡継ぎになり、様々な事業を手がけながら銀メッキ繊維にたどり着いた父。それを支えた母親や親戚の人たち……。
自分が大学に行けたのも、優良企業からキャリアをスタートし、外資系IT企業の正社員としての今があるのもすべて、先の世代のおかげではないか。自分だけが利益を享受し、悠々と生活していていいのか。そう考えると、自分が社会で学んだ経験や知見を活かして、親や故郷に恩返しをしなければならないのではないか。三寺さんは、京都に戻って父の会社を継ぐことを決意する。
「父の開発したAGpossでどこまでやれるか挑戦してみようと思いました」
2014年、父親の会社、三ツ冨士繊維工業株式会社に入社し、新社長に就任。まず始めたのはAGposs以外の事業をすべて廃業し、AGpossに専念すること。さらにAGpossの販売価格を見直し、利益が出るように設定した。離れていく取引先もあったが、AGpossの価値を認め、取り引きを継続してくれる企業も多く、赤字は次第に減っていった。

ウェアラブルデバイスを自社内で研究開発する


立て直しの中、電気を通す「導電性」という特性を活かし、銀メッキ繊維をウェアラブルセンサーとして編み込んだ衣類を身に着け、人体の生体データを取得できる「ウェアラブルデバイス」の研究開発もスタートさせた。
生体データとは、心拍、心電、血圧、体温など生体が発する様々な情報のこと。医学の診断や治療などに必要な情報だが、これまでは短時間の計測で得られる情報しか活用されてこなかった。それは計測機器が大きく重く、24時間身に着けることが困難だったからだ。しかし、「ウェアラブルデバイス」を身に着ければ、患者の生体データを24時間記録することも可能だ。そうすればもっと正確なデータを集積し、適切な診断や治療ができるはずだ。
三寺さんは、他社に開発を委託するのではなく、エンジニアを社員として採用し、自社内で開発し始めた。それは着衣型生体センサーだけでなく、関連する電子製品、ソフトウェアまでをトータルで製品化することを目指したからだ。核となる技術を自分たちが持たなければ、結局は下請けの部品メーカーとなってしまうことを学んでいたからだろう。
2015年には、社名をミツフジ株式会社に変更。1月に開催された第1回ウェアラブルEXPO「装着型デバイス技術展」に「皮膚非接触型センサーシャツ」を出品した。その構造は胸にAGpossで編んだ布(センサー)を取り付けた初期型のセンサーシャツだ。
さらに、2016年12月には着衣型生体センサー、トランスミッター、ソフトウェア、クラウドまで、トータルで自社開発したウェアラブル総合ブランド「hamon」を発表する。
すると、興味を持った企業や大学、研究機関などからオファーが寄せられた。
「儲かるような話はあまりないのですが、私はそれでいいと思っています。最初に入った会社で『社会奉仕が先、利益は後』という教育を受けたので、まず社会の役に立つことが大切という思いで話を進めています」
例えば、女性用下着メーカーとは働く女性の健康管理を目的とした下着型ウェアラブルデバイス、子ども服メーカーとは保育園の子どもの見守りソリューション、医療機関や大学とはてんかん発作予知向けデバイスなど――。
そのうちの一つが2017年から建設会社との共同研究でスタートした熱中症対策の実証実験だった。hamonウェアを着用した職人の生体データを収集し、このデータを医科大学と共同研究した結果、心拍情報から深部体温上昇変化の推定ができることが判明。このアルゴリズムを活用して開発したのが冒頭に紹介した「hamon band」だ。現在は年間約10万台が出荷され、熱中症の危険を知らせることに役立っている。
現在も様々な研究機関と共同研究を続けている同社。
「ウェアラブルデバイスを活用して収集できる生体データで、これからも人々の健康に貢献していきたい」と力強く語ってくれた。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉
PROFILE
ミツフジ株式会社
銀メッキ繊維「AGposs」を活用したIoTソリューションメーカー。1956年、京都で西陣織の帯の工場として創業。1995年、米国の銀メッキ製造会社と独占販売契約を締結し、銀メッキ繊維の製造販売を開始(AGpossの商標登録は2002年)。2016年、AGpossを活用したIoTソリューション「hamon」発表。