デジタル経済下で求められる「知の再武装」とはなにか
寺島 実郎

Global Headline

本年8月、国際決済銀行(BIS)は、2018年の金融機関を除く世界全体(企業、家計、政府部門)の債務残高が180兆米ドル(約1京9000兆円)に達し、リーマン・ショック前の07年の1.6倍に増大したとの調査結果を発表した。
金額が天文学的数字で実感に乏しいが、この数字を見て思うことは、世界的な低金利の時代には、借金をしてでも景気を刺激し、経済に活力を与えることがよいことだとする風潮があること、特に中国をはじめとする新興国でこの傾向が顕著なことだ。
だが、借金による景気刺激策は子や孫の代にまで借金を残す“後代負担”を増大させている可能性も大きく、未来に責任を持つという意味で、本当に正しいことなのかを一歩立ち止まって考えてみる必要がある。
さらに、中国などの新興国ではキャッシュレス化が急速に進んでいることも見逃せない。キャッシュレス化は、支払いの感覚が現金とは異なり、経済を活性化させると言われているが、同時に個人の債務を増大させている可能性がある。
折しも本誌が発行される10月は、消費税が10%に引き上げられる月だが、それに伴い日本においてもポイント還元をクレジットカードなどのキャッシュレス決済だけで行うことで、社会全体のキャッシュレス化を進めようとしている。
付け加えるならば、カードやスマートフォンアプリの決済によって貯まるポイントやマイレージが、これを発行する企業の債務残高を増大させている可能性があること、またポイントやマイレージが金融のセカンドライン(第2の金融)ともいえる存在になりつつあることにも注目しておきたい。
さらには、世界的な低金利の時代に、マネーゲームと言われるような極端な自由主義経済をいかに制御するのかも重要な課題だ。
デジタルエコノミーの時代に生きる我々は、スマートフォンやパソコンがあれば、様々な情報に容易にアクセスできる。だが、瞬時に検索できるこうした情報は細分化・断片化された情報でしかない。こうした情報から世界を俯瞰して見るような「全体知」へ近づく方法は、歴史の流れを理解し、なぜそれが起きているのかという裏側を知ること、そして一歩踏み込んで様々な事象のつながりを考えるというアプローチによって得られる。容易に情報にアクセスできる時代だからこそ、強い問題意識を持って、多くの資料を読み込み、自分の足で歩いて様々な話を聞き、自分の頭で考え、体系的に整理して本質を理解する「知の再武装」が重要なのだ。
(2019年8月22日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)、『ひとはなぜ戦争をするのか 脳力のレッスンV』(2018年、岩波書店)、『ユニオンジャックの矢 大英帝国のネットワーク戦略』(2017年、NHK出版)、『シルバー・デモクラシー ―戦後世代の覚悟と責任』(2017年、岩波新書)など多数。メディア出演も多数。